第8話 ドキドキ☆男3人!恐怖のお泊り会
「えっ、それ本気で言ってるの?w」
「流石にレベルが低すぎない?ww」
「幼稚園児の方がまだマシだよwww」
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お約束のひどい寝覚めだ。俺はこれから毎日ずっとこの苦しみを背負って生きていかないといけないのか。
それならせめて、幼稚園児にマウントを取る快感で上書きしてやろう。うん、それが良い。
もう幼稚園に通うのも慣れたもんで、良い感じに準備を進め、良い感じに幼稚園に着いた。
着くやいなや砂糖先生の元気な声が聞こえてきた。彼女の声ももう随分と耳になじんできたものだ。
ちなみに何度でも言うが、砂糖先生というのは誤植ではない。本当にそういう名前なのである。
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知っての通り幼稚園児相手にマウントを取るのを生業としている俺だが、今日はなかなかちょうど良いマウンティングチャンスに巡り合えなかった。たまにはそういう日もあるというものだが、やはり不完全燃焼感が拭えない。
ただ、やはりマウンティングの神は俺を見放していないのだ。そういう日だろうと、いつか良いチャンスをもたらしてくれると相場は決まっている。
……そう、きっとそろそろ幼稚園で一番騒がしいアイツの声が聞こえてくるのではなかろうか。
「おーい、ヅキーっ!!」
ほら言わんこっちゃない。マウンティングチャンスが俺を呼んでいる。
声をかけてきたのはお馴染みの彼、澤我塩だった。
「ヅキさぁ、今日ってヒマ?」
「やることは特にないな。空いてるぞ」
「それなら今夜うちに泊まっていかないか? 池照男も来るぞ!」
これは存外いいチャンスなのではないだろうか。お泊り会という特殊なシチュエーションでこそできる特上のマウントというものがきっと存在するに違いない。
「いいよ、俺も行く。とりあえず親に聞いてからになるけど……」
「よっしゃ! それじゃ5時にうちに来てよ! 待ってるからな!」
澤我塩はそれだけ言い残して、返事も聞かないままに走り去っていった。相変わらず騒がしい奴だこと。
ーーー
帰宅後、無事に止まりに行く許可を取り付けた俺は、お泊りセットを準備していた。もちろん、今日おこなう予定のマウンティングに向けた準備も怠ってはならない。なんたって俺は対園児マウンティングのプロフェッショナルだからな。
思うものを色々詰め込んだのちに、俺は澤我塩の家に向かって歩を進めていった。
彼の家は実はそれほど離れていない。幼稚園児の足でも5分ほど歩いたらすぐに着いてしまうスーパーご近所さんなのである。俺の母親が簡単に外泊許可を出してくれたのもこれが理由としてかなり大きいらしい。
ほどなくして澤我塩の家の前に着いた。時間は4時54分。我ながら完璧だ。
持ってきた腕時計の表示が55分になった瞬間を見計らって、俺は彼の家のインターホンを押した。
ピンポーンと小気味いい音をたてながら応答が始まる。
「どちらさまですか?」
「鈴木です」
「あぁヅキくんね。いらっしゃい」
澤我塩の母親とのやり取りを済ませたのちに、彼の部屋へと向かった。部屋に入ると、彼の騒がしい声が耳に飛び込んできた。
「おーヅキ! よく来たな!」
「あぁ、特に問題なく泊まれるようだ」
そんなやり取りをしているうちに、池照男も到着したようだ。
「おっ、ヅキも来てたんだ。これは楽しくなりそうだな」
「帰り際に見かけたから誘っといたんだ」
「それは良いとして、僕は遅刻していないはずなのに既にヅキくんが居るとは用意周到だね。流石だと思うよ」
その一言を待っていた。ここが今日のファーストマウンティングポイントだ!
「優秀な人間は5分前行動というのを心がけるものなんだ。そうすれば、予定に遅刻して相手の信頼を失うリスクが減るからな」
「流石はヅキだぜ! そこまで考えているなんてな!」
相変わらず澤我塩はマウンティング礼賛の流れに乗せやすくて助かるな。
ーーー
着いてから軽く遊んだら、あっという間に夕食の時間になった。澤我塩の母親が作ってくれた美味しそうな料理が並んでいる食卓について、俺たち3人と彼の母親の4人で食事をとった。
この家の住人である澤我塩はそうではなかったが、客である俺と池照男の箸は割り箸だった。これも使えそうだなと閃いた俺は、割り箸の袋を折りたたんで箸置きを作り始めた。
「ヅキ、何やってんの?」
興味を示した澤我塩が話しかけてきた。
「箸置きを作っているんだ。こうやって折るといい具合に箸が置けそうだろ?」
これを聞いて、同じく割り箸で食べている池照男も声をかけてきた。
「へぇ~、凄いね! 僕もやってみようかな」
見よう見まねで俺の箸置きと同じような物体を作りだした。こいつ、できる!
そんな池照男を眺めつつ、俺は仕上げの一言を放った。
「箸置きを作ることで、机を汚さずに箸を置くことができるんだ」
それに対して澤我塩が反論してきた。
「でもさー、茶碗の上とかに置けばよくねぇか?」
その一言を待っていた。ここが最高の山場だ。今回のマウンティングのサビともいえよう!
「茶碗やお椀の上にお箸を渡すのは食事終了の合図ともとられてしまうのであまりいい行為ではないんだ。特にマナーが求められるような場所で食事をするときには気を付けた方が良いんだよね」
……決まった。美しいコンボだ。
「へぇ~、やっぱりヅキって物知りだよな~!」
「すげーすげー!」
ふたりの称賛を受けながら気持ちいい食事は進んでいった。
ちなみに頂いたハンバーグはめちゃくちゃ美味しかった。うちの親にも見習ってほしいところである。
ーーー
食事と風呂を終え、夜も深くなってきた。布団を敷いてあとは寝るだけとなったところで、澤我塩が声を発した。
「なーヅキー。何か面白いことないかー?」
ここで今日のシメに相応しい良いマウンティングチャンスが巡ってきた。こういう流れがあろうと予測して、あらかじめ仕込みをしてきたのだ。
「そうだなぁ。夜だし、怪談でもしてみないか?」
「カイダン……?」
「怖い話のことだよ」
ポカンとしている澤我塩にすかさず池照男がフォローを入れる。こういうことができるからこいつはモテるんだよなと思い知らされるばかりだ。
「そう、怖い話だ。夜のお泊り会にはピッタリだろ?」
「確かに!」
いい具合に流れができてきたので、このまま一気に詰めていこうと思う。
「言い出したのは俺だし、まずは俺からひとつ話そうかな」
「おっ、楽しみだね!」
「すっげーの聞かせてくれよな!」
期待のまなざしで見つめられるだけでも物凄く気持ち良いのだが、ここで満足してはいけない。帰るまでが遠足であるように、しっかりとキメるまでがマウントだ。
「それじゃ、始めるぞ……」
そう言うと俺は電気を消し、自宅から持ち込んだ懐中電灯で雰囲気を演出する。この雰囲気だけで少し怖気づいたのか、いつもはうるさい澤我塩がとても大人しい。
「これは、登山が趣味のとある男性のお話である……」
それっぽい導入から話を始めると同時に、あらかじめ音楽再生端末にダウンロードしておいたヒュ~ドロドロ的な音声を小さい音で流し始める。
「その日は途中まで快晴だったのに、中腹に差し掛かったころにひどい吹雪となってしまった……」
少しずつ話を盛り上げていくと、池照男がぼそっと呟いた。
「なんか寒気がしない?」
それを聞いた澤我塩が、いつもの彼からは想像できないような消えそうな声を出した。
「えっ……おばけ……? 怖い話してるからおばけが来たの……?」
なんだ、可愛い奴だな。
ちなみに、寒くなっているのは、俺がこっそりエアコンを冷房に設定して起動しておいたためである。これも仕込みのひとつというわけだ。
「一緒に登っている3人とともに、この吹雪をやり過ごすために隠れられる場所を探していたら、無人の山小屋を発見した……」
例のヒュードロ音のボリュームを少しずつ上げていき、恐怖の演出を続ける。
「なんとかその山小屋に駆け込んでから時計を見ると、もう夜の10時を過ぎたころだった。照明器具がないのはもちろん、暖房器具なども一切なく、どんどん下がっていく気温と襲ってくる眠気に耐えながら朝を待った……」
そのあたりで事前に録音した軽い金属音を鳴らしてみると、ふたりは小さくビクっと震えているのが見えた。いいぞ、良い感じにビビってる。
「この気温で寝てしまったら寒さで凍死してしまう。4人はお互いを励まし合いながらなんとか起き続けるために頑張っていた……」
エアコンで下げた気温と話が相まって、ふたりが余計に寒気を感じているようだ。澤我塩にいたっては若干歯がカチカチ鳴っている。
「このままでは埒があかないと思った男性は、他の3人にこう提案した。『寝ないために今から朝までゲームをしよう。この小屋の角に俺ら4人がそれぞれ立って、俺から順番に壁を伝って次の角へ向かうんだ。そうしたらその角で俺らのうちの誰かが待っているわけだから、今度はそいつが同じことをする。そうすれば、ずっと動きながら俺たちが小屋をぐるぐる回る無限ループが完成だ。ループの周回が遅れたら寝落ちの危険性があるからすぐに気づけるし、この方法で耐えないか?』……」
池照男が「なるほどかしこい」と呟いたのが聞こえた。
「他の3人も『もう考えている余裕もない。それでいこう』『小屋は真っ暗で何も見えないけど、壁を伝うだけならできるよな。良い案だ』『早く始めようぜ』と同意してくれた……」
澤我塩が「がんばれ……がんばれ……」と震えながら応援している。やっぱり可愛い奴だな。
「そのゲームをやり続けてなんとか夜を耐えた4人は、翌朝に無事に下山することができました……」
そこで池照男がポカンとした様子で、
「あれ、無事に終わっちゃうんだ?」
と言った。
「4人揃って帰れた喜びを分かち合いながら帰りの電車に揺られているとき、メンバーのひとりが青ざめた顔で口を開いた……」
それを聞いて池照男がまた身構えた。
「ちょっとまってくれ、気になったからあのゲームについて考えてたんだけどさ、あれって4人だと成立しなくないか……?」
少し間が開いてから、池照男がハッとした表情で声をあげた。
「あのゲームって4人でやると、4人目が次の角に着いても誰もいない……?」
それを聞いた澤我塩が「ヒェッ……」と短い悲鳴を発した。
「そう、あのゲームで無限ループを作るには5人いないと成立しないんだ。俺たちは4人で登山して、4人で山小屋に逃げ込んで、4人で下山したはず。ではなぜあのゲームが無事に上手くいったんだ……?」
ふたりの鼓動が速まっていくのが聞こえてくる。
「……誰かもうひとり、あの小屋に居たってこと?」
俺がそう言い終わった瞬間に、あらかじめ用意しておいた加工音声を流した。
「『わたしのこと……?』」
「ギャーーーーーーーーッッ!!!!」
その音声を聞いて、澤我塩が持ち前のうるささを取り戻した声で思いっきり叫んだ。池照男の方は布団にくるまって静かに震えていた。どうやら彼は静かに怖がるタイプらしい。
それにしてもこれほどまでに上手く決まるとは思っていなかった。準備の甲斐があったというものだ。
当然だが、高校生までの記憶を持っている俺の方が、知っている怪談のレパートリーが多いわけで、その中から幼稚園児どもが怖がるような話を探すのなんて大した難易度ではない。この状況に持ち込んだ時点で成功は約束されたようなものだったのだ。
そんな具合に成功に酔っていると、澤我塩の両親が揃って慌てて部屋に入ってきた。
「どうしたの?! 何かあった?!」
それに対し、澤我塩が恥ずかしそうに口を開いた。
「いや、ヅキの怖い話があまりにも怖かったもんで、めっちゃ叫んじゃっただけで……」
それを聞いた両親は安堵にも似たため息をつきながら去っていった。
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ふたりが落ち着くのを待つ間に、全ての仕込みを片付けていった。それが全て終わって3人で布団に潜ったとき、怪訝そうな顔で澤我塩が呟いた。
「あれ、今日ってお父さんは出張で名古屋に行っていて、帰ってくるの明後日じゃなかったけ……」
言われてみれば、訪問時も夕食時も母親しかいなかったし、そのあとに誰かが帰ってきたような気配は一切なかった。もっと言うと澤我塩は小学生の兄こそいるがさっきの人物とは明らかに違うし、祖父母などと一緒に住んでいるわけでもない。
それでは、さっき来た父親的人物は一体誰なんだ……?
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俺は考えるのをやめた。
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