第6話 vs最強の姉@市立マウンティング公園
いつも読んでくださる方ありがとうございます!
「お前って何のために生きてるんだ?www」
「そんな知能で何ができるんだよwww」
「無駄な足掻きって惨めだよなwww」
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「……ん、朝か」
いつも通りの最悪な目覚めだ。これは中学1年くらいの時の記憶だったか。
全く、俺が何のために生きてるのかって?
そんなん園児どもにマウントを取るために決まってんだろ。お前らそんなことも分からんとは、さては俺よりもアホだな。
そんな奴らはこのスーパーマウンティングマスターことこの鈴木ヅキが叩きのめしてやろう。もちろん戦う種目は対園児マウントだ。
「なに朝からニヤニヤしてるんだよ。やっぱりヅキはキモいな」
高まってきた気分を台無しにしてくる耳障りな声が聞こえてきた。そう、俺の姉で俺をいびるのが趣味の美香だ。いや、それは俺が勝手にそう思っているだけだけども。
「先日のドッジボールの件で少し見直そうと思ったけど、やっぱりヅキはヅキよね。低能・低俗・トロくさいの3Tの名は伊達じゃないね」
「何だよその3Tって」
「あたしが今考えた。ヅキには相応しいでしょ?」
言わせておけばこのクソ姉、双子のくせに随分と威張ってやがるぜ。
……まぁ俺よりあいつの方が知能が相当高いから仕方ない部分はあるけど。
いや、そんなこと思ってたらダメだ。以前の自分に逆戻り。今は俺にしかないアドバンテージがある。そうだろ?
こんなヤツは放っておいて、園児相手に気持ちよくマウントを取ればいいのさ。
俺は、不愉快な姉の言葉を聞き流しながら幼稚園に向かう準備を進めた。
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「はーい、皆さんおはようございます! 今日も元気に頑張りましょう!」
俺たちのクラスの担任でお馴染みの佐藤砂糖先生による挨拶で、今日もいつも通りの幼稚園生活が幕を開けた。
シュガー先生は名前こそえげつないけど人格は多分俺の人生で出会った人間の中でも一番良いかもしれないくらいの素晴らしいお方だ。名は体を表すって言うけど、アレの反例にはこの人を挙げておけば良さそうだ。
そんなしょーもないことを考えていたら、先生から思いもよらぬ一言が飛び出してきた。
「はーい、今日は近くの公園までお散歩をします! これから行き方を伝えますので、私の指示に従ってしっかりと着いてきてくださいね!」
……公園まで散歩?
……目的地の公園では恐らく自由時間がある?
……普段とは違う場所だから、普段とは違うマウンティングパターンを試せる?
……これはもしや?
ウルトラスーパーマウンティングチャーーーンス!!!!
これは激アツの香りがする。今日のマウンティングはこれで決まりだ!
普段できない場所で、普段できないマウントを取ってやるしかねぇ!
そんなことを考えているうちに、砂糖先生からマウンティング開始の合図が出た。
「それでは、公園までしゅっぱーつ!」
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俺たち園児は、砂糖先生をはじめとする幼稚園教諭たちに囲まれつつ、隊列を組んで散歩を始めた。にぎやかに進んでいく園児たちの中で、俺は静かにじっくりと考えを練っていた。
一流マウンティングマスターはマウントチャンスを見逃さない。公園に着かずともマウントチャンスはきっと存在する。俺は虎視眈々と周囲の観察を続けていった。
そうしながら歩き続けて5分ほどが経ったころ、その努力が実を結ぶ時が来た。隊列が横断歩道を渡っている時に遠くから何か音が聞こえてきたのだ。これはもしや、アレが近付いてきたのではなかろうか?
そう思うのとほぼ同時に、園児の中からも声が聞こえた。
「救急車の音がするよー!」
我らの拡声器こと澤我塩だ。いつも通りのうるさい声で、救急車の接近を皆に告げる。
だが当然、園児たちは構わず横断を続ける。そうか、ここが今日のファーストマウンティングスポットというわけか。
俺はすかさず園児たちに声をかけた。
「みんなちょっと待って! 救急車の音が聞こえたよね? 渡るのは一旦やめよう!」
それに対し、園児たちは次々に不満を漏らす。
「えぇ、なんで?」
「こっちの信号は青だよ?」
そう、ある程度の年齢になったら当然知っているアレだ。緊急車両はどの交通よりも優先される。信号を無視して進める権利があるため、青信号でも進んでいいとは限らない。それどころか、道路交通法によると他の交通は緊急車両の通行を妨げてはならない。つまるところ、サイレンが鳴ったら進むのをやめて、進路を譲る必要があるのだ。
普通ならこれくらい知っていて当然だが、この場にいるのは園児どもだ。しかも、先生は絶対に知っているから俺に援護射撃をしてくれるに違いない!
……パーフェクト。美しいマウンティングだ。
その予想の通り、砂糖先生が園児たちに話し始めた。
「みんな、ヅキくんの言う通りよ。確かにこっちの信号は青だけど、救急車は赤信号でも進んでいいの。だから、こっちが青でも危ないかもしれないんだよ」
「へぇ~!!」
「ヅキやっぱすげぇな!」
「そんなことも知っているんだね!」
そう! 俺が求めていたものはこれだ! もっと俺を褒め称えろ!
だが俺はそれだけでは満足しない。ここで追撃を決めてこそ、パーフェクトコミュニケーションというわけだ。親愛度が3上がるな。何のことか知らんけど。
「それだけではなく、救急車とかが来たときはそっちを優先させなきゃいけないんだ。このルールは自分たちが安全に通行するためでもあるし、緊急車両が事故を起こさずに急いで進むためでもあるんだよ」
「さすがヅキくんだね!」
「言われてみれば確かにそうだ!」
これで完璧というわけだ。仕上げまで手を抜かないことがいい仕事の鉄則だよな。
あとはこのまま称賛を浴びつつ公園に行くだけだ。
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ほどなくして目的地の公園に到着した。広い原っぱのある自然豊かな公園だ。
ここが今日の俺の晴れ舞台というわけだ。気持ちが昂るぜ。
着くなり澤我塩がイケメンの池照男と共に公園を走り回り始めた。
それを見て先生がため息をつきながら園児たちに声をかけた。
「今から1時間は自由時間にします。この公園からは出ないでくれれば好きにしていいから、楽しく遊んでくださいね!」
「「「はーいっ!」」」
園児たちが一斉に遊び始めた。それを尻目に、ここに来るまでに立てた計画を自分の脳内でおさらいしていると、走り回っていた澤我塩と池照男が俺のところに駆け込んできた。
「なーヅキ、何か面白い遊びとかないか?」
「ヅキはこういうときにいつも良い感じの提案をしてくれるからね。何か良いアイデアはないかい?」
願ってもいない展開だ。これで俺の計画へとスムーズに移行できる。
「そう言われると思って、既にアイデアは用意してあるぞ」
そう言うと、澤我塩が持ち前のハイパーボイスを用いて皆に声をかけた
「おーいっ! ヅキがまた面白そうな遊びを教えてくれるってよー! みんなこっち来いよー!」
澤我塩の声を聴いた園児たちがずらずらと集まってきた。こいつらは俺が華麗なマウンティングをするためのオーディエンスというわけだ。そそるな。
その観客たちのなかのひとりから声がかかった。
「それでヅキくん、今日は何をするの?」
「よくぞ聞いてくれた。今日やるのはここでしかできない遊びだ」
園児たちからわぁっと歓声が上がる。やはり日本人は限定品に弱いものだ。
「具体的には何をするの?」
「オオバコ相撲って知ってるか? その辺に生えている雑草をひとり1本ずつ持って勝負するんだ。1対1で向き合って、お互いの雑草をクロスさせる。そして合図とともにお互いが自分の草を引っ張って、切れた方が負け。簡単だろ?」
「うわぁ面白そう!」
「やってみたい!」
「良い草を探そうぜ!」
案の定、園児どもは俺の提案にサクっと乗って原っぱを漁りだした。
さぁ俺も自分の草を探さないとだな。
思い出すのも嫌な話だが、俺は過去にこの遊びでコテンパンにぶちのめされた過去がある。そう、相手はあの忌々しい美香だ。
何度やっても勝てなかった。知能のなかった俺は、何度も勝負を挑んでは返り討ちにされ、疲れ果てたころには俺の周りに無残にちぎれた雑草の山ができていた。勝てない悔しさとちぎってしまった雑草への申し訳なさで俺は惨めに泣いたものだ。
当時の俺は勝てる技術なんてなかったし、知能もなかった。だが今は違う。
必勝法とまではいかないが、丈夫な草を見抜くスキルはそこそこついている。あとは流れで戦えばそうそう負けはしない。
俺はしばらく原っぱを探してみた。すると、俺が思う理想にかなり近い個体を発見できた。俺はそれを丁寧に収穫し、戦いの場に連れて行った。
そして、園児どもの前でこう言った。
「このゲームは1対1だから、予選を行う。まずは適当にペアを作って、そいつとの勝負だ。それで勝ったやつ同士でまた戦ってどんどん人数を絞っていく。そうして最後に残った奴が優勝だ! それでは、いくぞ!」
「「「オー!!!」」」
俺は先ほど見つけた理想個体をこっそりとポケットにしまい、あらかじめ確保しておいた準理想個体を持って予選に挑んだ。ひとり複数の草を使ってはいけないなんて言っていないし、違反じゃないぜ。これが今の俺の賢ささ。
俺は順調に予選を勝ち進み、ついに決勝に駒を進めた。さぁ俺を引き立てる最後のエサは誰なんだ?
そう思っていると、耳につく嫌な声が聞こえてきた。
「へぇ、まさか決勝の相手がアンタとはね」
「……美香か」
既に負けて、顛末を周りで見ていた園児たちもヒートアップする。
「うおー! 決勝は兄弟対決か!」
「激アツだな!」
「ミカちゃーん! 頑張ってー!」
「ヅキ! 男の意地を見せろ!」
「あっちにたぬきがいる気がしたけどいなかったよ!」
最後の奴はなんなんだよ。
「さぁ決勝の審判はこの私、腹出照子が務めましょう! ふたりとも、準備はいい?」
「よし!」
「いつでもいいわよ」
「それでは位置について……。用意、スタート!」
戦いの火ぶたが切って落とされた。
俺にとってこの勝負はただのマウンティングの域をとうに超えていた。あの因縁の相手を、当時の俺が全く敵わなかった種目で勝つチャンスなんだ!
始まって少し経って思ったのは、美香もかなり良い個体を決勝に持ってきているということだ。これは個体差はないものと考えた方が良さそうだ。
それなら、技術力で勝るしかない。俺はまず軽い仕掛けを入れることにした。ジャブがてら、軽く草を引いてみる。
それに対して美香は、俺の力に逆らわずに衝撃をやわらげ、逆に仕掛け返してきた。俺の草が美香の方に引っ張られていく。
その時、園児の一人の声が聞こえてきた。
「ヅキくんの草、少し裂けてきてない?」
見てみると、左側の根元が少し裂け始めていた。これはいかん。
俺は一旦、美香の攻撃をいなしつつ、裂けていない方を中心に攻め返す。
この劣勢を跳ね返せば最強のマウンティングボーナスタイムが待っている!
そのことだけが、俺の原動力となっていった。
お互いが攻め合いながら少しの膠着状態が続いている。相手はあの美香だ。簡単に勝たせてはくれない。
ここで俺は意表をついて、あえて裂けかかっている側から攻撃を始めた。
「あっ……」
これには流石の美香も面食らったのか、態勢が少し崩れた。
俺はその隙を見逃さなかった。
美香の利き手である左側に力が入っているのを見抜いた俺は、一気にそのふもとを攻めたてた。
その瞬間、美香の草が音を立ててちぎれた。
「うおー!」
「ヅキすっげー!」
「勝ったぞー!」
不意を突かれて負けただけに、美香はかなり悔しそうな顔をしていた。そうだよ、その顔が見たかったんだ!
幼稚園児の頃の美香だろうが関係ない! 俺はあいつに一泡吹かせたんだ!
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一日を終えて帰宅したのち、自室で横になりながら今日のことを思い返した。
園児たちの称賛と美香の苦渋の表情による相乗効果で、今日のマウンティングはいつも以上に爽快だった。
やっぱりこの生活は最高だな。あの謎の神とやらにもちょっとくらいなら感謝してやってもよいぞ。
そんなことを思いながら今日も眠りについた。
でもきっと明日も目覚めは悪いんだろうなぁと思いつつも、いつもより強い幸福感を噛みしめながら意識を瞼の裏に落としていった。
ブックマークとか評価とか欲しいです!(正直)