第4話 おままごとと折り紙の話
「大丈夫? こんな状況で進学できると思ってるの?」
「キミは私の教師人生で一番の問題児だ」
「このクソ弟は中1レベルの問題すら解けないからな。言うだけ無駄だよ」
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また嫌な過去を思い出してしまった。眠りから目覚めて心と身体が現実に引き戻されていく。重たい頭を起こし、自分の姿を鏡で見ると、今日も俺は幼稚園児の姿を保っていた。
「よし、俺の現実はこっちのままでいいぞ」
そう、俺は高校生の頭脳を持った幼稚園児。周りより優れた存在。一般の高校生よりは知能が劣るが、そのぶんずる賢い。これが俺の生きる道。
今日も元気にマウントを取りに行こう。
幼稚園でのタスクをそつなくこなしつつアクセント的にマウントをとる華麗な平日を過ごしながら、今日も午後を迎えた。
昼ごはんの後は、30分の自由時間。それぞれの園児が好きなことをして遊んでいる。今日はどの遊びに混じろうか……。
ふと周りを見ると、女の子がきょろきょろと目線を泳がせていた。
「どうかしたの?」
「あっ、ヅキくん。これからみんなでおままごとするんだけど、お父さん役がいなくて……」
俺の頭の中にある「マウントチャンス!」と書かれた赤色灯が光りだす気配がした。
「それなら、俺がやってあげるよ」
「ほんと?! やったぁ!」
その女の子は、教室の隅に居た3~4人の女の子集団に駆け足で近付きながら、父親役のアテが見つかったことを報告する。ほどなくして、その集団がこちらに近づいてきた。
「それじゃ、配役からね。ヅキくんがお父さんは決まりとして……」
「私、お母さんがいい!」
「私はお姉さんやりたい!」
「なら私は妹ね!」
「私は犬!」
おい、ひとりなんかやべー奴がいるぞ。
「決まり! じゃあ、はじめよっか!」
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今回のおままごとは、どうやら朝起きたシーンから始まるようだ。そうすると俺がやるロールは……
そんなことを考えているうちに、母親役の子が近付いて来た。
「お父さん、朝ですよー! おきてー!」
「今行くよ」
「朝ごはん、もうできてますからねー!」
「今日は何かな?」
「ハンバーグとカレーとナポリタン!」
朝に出すボリュームじゃねぇよ。
「早く来て! 冷めちゃうよ!」
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食卓に集まった家族が朝食が載っているという設定の皿を並べていくところで、このおままごとにおけるファーストマウントポイントが到来した。
「あっ、この皿の並べ方、良くないね」
「えっ、ヅキくんどうしてダメなの?」
「皿を並べるときは、お椀が右で、茶碗が左なんだよ。これくらい常識さ」
「へぇ~っ! ヅキくんものしりなんだね~っ!」
心の中にあるマウントメーターがムクムクムクっと音を立ててせりあがっていく感覚を得た。気持ち良すぎて吐きそう。
ただ、それだけでは終わらないのが俺のマウンティングスタイルのいいところ。追撃を忘れたらいけないよね。
「それだけじゃないよ。お箸をお椀に渡すのは良くないんだ。単純に手元に置いておくといいよ」
「私、家でもいつもお箸をお椀に渡して置いてた!」
「私も~! これからはそうしないようにするね!」
いいぞいいぞ、もっと褒め称えろ。
「そうだワンっ! 凄いワンっ!」
お前は黙ってろ。
「やっぱりヅキくんは物知りなんだね! 凄いなぁ!」
「うんうん!」
そんな感じの素晴らしい誉め言葉を浴びながら、朝食シーンは幕を閉じた。次のシーンは恐らく仕事への出発のタイミングかな。
そう思っていた頃、母親役の子から声がかかった。
「お父さん、そろそろお仕事に行く時間よ! ほら、あなたたちも学校でしょ? 準備してきなさい!」
「「はぁーいっ!」」
母と娘たちの掛け合いを横目にしながら、父親役の俺はそのまま椅子に座った。
「お父さん、出発しないの?」
そう、ここがふたつ目のマウンティングポイント。
「俺の仕事は家に居ながらお金を稼ぐ、株のトレーダーさ。出勤なんて必要ない!」
「家に居ながらお仕事するの?!」
「そう。部屋のパソコンで株価の様子を見るんだ。それだけで仕事ができる」
「そんなお仕事があるなんて……」
「その、とれーだー?って、どんな仕事なの?」
「パソコンを見ているだけでお金が稼げるんだ。でも、素人にはできないよ。駆け引きや度胸がモノをいうんだ」
「なんかよく分からないけど、カッコいいね!」
「私のお父さんもそんなカッコいい仕事だったらいいのになぁ……」
「上手くいく人は少ないから、みんながみんなそうなれるわけじゃない仕事なんだよね」
「流石ヅキくん! お仕事のことまで詳しいんだね!」
「凄いワンっ!」
さっきからこの犬はそれしか言うことがないのか。
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その後もいい具合にマウントを取りつつおままごとは進んでいった。ただ、マウントというよりは細かい豆知識を披露していくだけのような格好になってしまっているのが少し癪に障る。ここらでもう少し大きな花火を打ち上げたいところである。このまま機をうかがって最高のマウントをキメよう。
だが、世の中そう上手くはいかないもので、いいチャンスに巡り合う前に予鈴が鳴ってしまった。ここからは広げた小道具たちを片付けないといけない。我らがおままごと軍団も、使ったおもちゃたちを片付け始めていた。
そんな中、ひとりの少女が声を上げた。
「あれ、おもちゃが引き出しに入りきらないよぉ……」
\\\\ ウルトラスゥプァマウンティングチャーーーーーンス!!!!!! ////
どうやら、収納場所である引き出しにおもちゃが入りきらないようだ。当然、始める前はそこに全て入っていたわけで、ふえるわかめでもない限りは入りきらないはずがない。恐らくは入れ方が悪いせいだろう。
ここは俺の出番だ。これまでの人生で幾度となくやらされた雑用で鍛えた収納テクが火を噴くぜ! オトナの片付けってのを見せてやろうじゃないの!
まずは落ち着いて、あくまでもさりげなくマウント・インするのが大切だ。既にここから俺の芸術は始まっているのだ。
「どうしたの?」
「おもちゃが入りきらないの……」
「そんなはずはないよ。だって最初は全部入っていたじゃないか」
「そうだけど……」
「これは入れ方が悪いんだよ。頭を使ってしっかり考えれば分かるじゃないかw」
俺はこれ見よがしに自分の頭を人差し指でコツンと叩きながら吐き捨てた。
「そんなに言うんなら、ヅキくんがやってみてよ!」
「ふっ、ヨ・ユ・ウだね!」
我ながらウザすぎる間の取り方をしつつ、問題の引き出しに近付く。
「見てな。形をしっかりと考えるんだ。似ている形の物を集めて、それらをセットで並べるとスペースが節約できる」
「ホントだ! すっごいね!」
「フン、これくらいは基本中の基本だよ。ここからがヅキ・オリジナルさ」
「なんかよく分からないけど凄そう!」
俺はさっきしまったおもちゃの皿を数枚だけ手に取り、並べ方を少し変えた。
「似た形を合わせて片付けるだけではなく、あえてこういう風に互い違いに並べるんだ!」
「おぉっ!!」
「そうすれば、より消費スペースを少なく抑えることができるんだ!」
「ホントだ! さっきよりちょっとだけかさが減ってる!」
「その基本技術を駆使しつつ、この最終必殺テクニックを使うぞ!」
「なにそれ凄そう!」
「こんな感じに、まずは大きい物から順にしまっていくんだ。そうすると片付ける物がだんだん小さくなっていくと思うけど、小さい物なら大きいものが作ってしまったスキマを埋められるだろ?」
「うおぉ! そんな方法があったなんて!」
「これくらい常識だよw」
俺の中のマウンティングテンションレベルがどんどんせり上がっていくのを感じる。
でもこれじゃまだ終われない。最後まで仕事をやりきってこそ一流だ!
「そして、そのまま全部をしまっていくと……?」
「すっげー! ぜんぶ入ったぞ!」
「流石はヅキくんだね! 私じゃできなかったもん!」
「やっぱヅキはすげぇな!」
いいぞいいぞもっと褒めろ! そして我を称えよ!
ふっ、我、ヅキぞ? 転生最強幼稚園児・鈴木ヅキぞ?
「だろ? これがヅキ・スペシャルってやつよw」
さっきと技の名前が変わってることに発言後に気づいたが、時すでに遅し。ただ、相手は幼稚園児。そんな些細なことに気づいて難癖をつけてくるようなイヤミったらしい奴は存在しない。あぁなんて素晴らしい理想郷……。ここが極楽浄土なのだろうか……。
……おっと危ない、精神が昇天してしまうところだった。
俺は来世に逝きかけた自分の魂を取り戻しつつ、園児らの喝采を受けた。心の奥まで満足のいく素晴らしいマウンティングだった。これぞ我が芸術。マウントスキルを競うオリンピックがあったら間違いなくメダルが取れるだろうな。やってみたいぜ、マウンティンピック。
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マウンティングに大成功したおままごとは幕を閉じた。またこんなに素晴らしいおままウントができるのならどんどんやりたいところだ。
だが、次は午後の授業。こちらもしっかりこなしていかないと意味がない。
今日の午後の授業は、折り紙だ。実は折り紙は昔から結構得意だった。知能はないけど、手先だけは器用だったのだ。こういう部分でだけはあのステ振りやらかし野郎の神様に感謝してやってもよい。
皆が座って待っていると、砂糖先生が折り紙を持ってやってきた。
……一応改めて言っておくが誤字ではない。本当に砂糖先生なのだ。俺たちのクラスの担任を受け持っている彼女の名前は、佐藤砂糖と書いてさとうしゅがぁと読ませる。ぜひとも親の面を見てみたいもんだ。まぁ俺の名前を鈴木ヅキにしたうちの親も大概だけどな。
そんな砂糖先生が皆に向かってこう言った。
「みなさん、今日は折り紙を折りますよ。何を作ってもいいから、楽しく作品を仕上げてくださいね!」
「「「はぁ~いっ!!」」」
「では、はじめ!」
砂糖先生の合図で皆が一斉に折り紙を折り始めた。さて、俺は何を作ろうか。
ふと思ったのは、ここでいきなり作り始めるのではなく、まずは敵情視察といくべきだということ。周りの園児らがどんなレベルのものを組み上げるのかに応じて、俺も作るべき目標のレベルが変わってくるわけだ。
周りに目をやると、近くで池照男が何やら作っている。イケメンな彼のことだ。きっとスタイリッシュなものを作っているに違いない。そう思いながら彼の作品を覗こうとしたら、彼が気づいて声をかけてきた。
「おぅヅキ、どうしたんだ?」
「テルオが何作ってるのか気になったんだよね」
「俺? チューリップの花を折ってるよ」
ほーん、そういう系ね。そりゃモテるわこいつ。
「なるほどね。ありがとう」
照男の方向性を見て、他の人の作品も確認した方が良さそうという気持ちが強まった。次は誰のを見ようか。
次に目に入ったのは、腹出照子だ。大きい図体だが繊細な手さばきで紙を折っている。
「おーい照子、何折ってるの?」
「私? 見て分からない? お肉だけど」
肉かよ。
折り紙で作るものが肉かよ。
「ほんとだ。てかめっちゃリアルだな」
「当たり前でしょ? 普段私がどれだけお肉を見てると思ってるの?」
「やっぱ照子には敵わねぇわ」
「でしょ?」
とんでもねぇ肉野郎だ。いや女なんだけどさ。
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その流れで数人の作品を眺めたが、やはりどれもクオリティはせいぜい小学校低学年レベル。これなら俺が無双できそうだ。マウント、マウンター、マウンテスト!
さて、ここからはどういう物を作れば注目を集められるかを考えるフェイズだ。さっきの照子の肉のように、クオリティの高い品は意外とある。方向性を決めないとそいつらに埋もれてしまってマウントがとれない危険性がある。
「……となると、俺が作るべき内容はアレしかないな」
過去の記憶を頼りに、俺は紙を折り進めていく。大丈夫だ、知能はないけど折り方は指が覚えている。
まずは鶴と同じように折っていき、両面を奥に開くところまでいったら横向きにして半分に折る。そこから頭側と尻尾側を意識して折り進めていき、形を整える。あとは……。
あらかた折れたところで、澤我塩が声をかけてきた。
「よぉヅキ、お前は何作ってんの?」
「恐竜」
「おぉ、カッコいいな」
「でも、これはただの恐竜じゃないんだ」
「ん、どういうこと?」
「見てな、もうすぐ完成だから」
俺は最後の仕上げに取り掛かった。指先の感覚を頼りに折り具合を微調整し、最高のポイントを探る。
数秒後、無事に重心を察知し、最終形が完成した。
「この恐竜は、平面作品じゃない。立体的に立つんだ!」
「えっ?!」
「見てろよ?」
俺は折った恐竜から静かに手を離した。少しだけ揺れはしたが段々と安定してきて、一息吸う間にピタリと静止した。
「なにこれ?! すっげぇ!!」
我塩の声を聞きつけた園児たちが集まってくる。
「えっ、これ立ってるの?」
「すごい! どうなってるの?」
「ヅキが作ったんだって! すげぇな!」
園児たちの称賛が聞こえる。気持てぃーーーっ!!
これだよ、俺が求めていたものは。やっぱり幼稚園児は最高だぜ!
注目を集めるためには、二次元にこだわっていてはいけないと思ったが、これほど上手くいくとはな。やっぱ時代は三次元よ。
そう思っているうちに、砂糖先生から声がかかった。
「皆、もうあと5分でおしまいだからね。まだできてない人は早く作ってね!」
俺の周りに集まっていた園児たちが慌てて自席に戻る。兵どもが夢の跡だな。かくいう俺は、残り時間をさっき決まった素晴らしいマウントの余韻に浸りながら待つだけの簡単なお仕事だ。これがウイニングランってやつなんだろうね。きっと。
そして、気持ち良さが心地よく抜けていった頃、砂糖先生が終わりの合図を告げた。
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自宅へ帰った後、俺は今日のふたつのマウントを脳内でリピート再生する作業に勤しんだ。一度で二度美味しいのがマウンティングの良いところだよね。
俺は、明日の朝に目覚めた後もまだ幼稚園児のままであることを願いながら、布団の中で目を閉じた。
つづく
今後は毎週土曜日に更新予定です!