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第3話 ドッジボール〜vs最強の姉〜




 幼児の朝は早い。

 朝6時位に勝手に目が覚める。この小さくなった体の数少ない良い点だ。健康的な生活ができる。


 そう、俺の名は鈴木ヅキ。

 見た目は子供、頭脳は大人、俺の名は、鈴木ヅキ。


 超高校級のバカと言われていた俺は、トラックの女神によってトラックにはねられ、幼稚園の頃の俺に転生、……転生?タイムリープ?した。目が覚めると……体が縮んでしまっていた!!


 なんだか映画にできそうだ。

 タイトルは『俺の名は』か『時をかける男子』か。少なくとも探偵ではないな。


 正体がバレても、周りの人間には特に危害は及ばない。誰も信じないだろうしな。

 思えば勉強は幼稚園の頃から特段進歩しなかったし。

 中身が高校生だと証明する手段がない。


 とりあえずは起きて朝食を食べるか。この体は朝から激しくお腹が空く。なにか食べないと始まらない。


 自室から出てリビングに行くと、既にお母さんがキッチンで朝ごはんを作っていた。


「あらヅキ、おはよう」


「おはよー」


 冷蔵庫からオレンジジュースを取り出し、食器棚…は届かないから普通の棚に入っているコップを取ってジュースを注いで飲みながら、点いてるテレビを見る。


『復興は徐々に進んでおり……』


 数年前に起こった地震の復興の様子がやっている。

 そういえばまだ世の中が騒がしかった頃だ。

 こういうのを見るとより時代をさかのぼったと実感する。


「おはよう、お母さん」


 卵焼きのいい匂いが漂ってきたところで、妹の美香が各自の自室がある2階から降りてきて、お母さんに挨拶をした。


「……。」


 そしてナチュラルに俺を無視して隣の席に座った。

 このヤロウ。


「ミカおはよ」


「うん」


 うん、て。コイツ。

 妹の美香はこの頃から俺のことをバカにしていたのだ。

 改めて直面するとマジでムカつくな。


 よし決めた。今日はコイツにマウントを取ってやろう。

 バカにする報いを受けさせて、俺を認めさせてやるぜ。


 だが美香にマウントを取るのは並大抵の事ではできない。

 コイツを出し抜いてマウントを取るには入念な準備がいる。

 作戦を練るのだ。


「はーいごはんよー」


 っと、サラダにトースト、卵焼きとウインナーがきた。


「いただきまーす!(俺)」

「いただきます!(お母さん)」

「いただきます(美香)」


「美味しい!」


 まったくお母さんのごはんは最高だぜ!特に卵焼きは最強だ!

 プリプリシャウ◯ッセンとマーガリン塗ってトーストも食べて、このあと勉強も特に無い!最高だぜ!


−−−


 朝ごはんに集中してしまいスキを伺うための美香の観察がおろそかになってしまった……。


 今はご飯他もろもろの準備を終え、俺が前、美香を後ろに乗せて漕ぐお母さんのチャリにいた。


 チャリの前はいつも俺が取っている。これは美香へのマウントにはならない。

 いや、ある意味チャリにすっぽりハマり過ぎててマウントされていると言えなくも無いが。チャリにマウントを取っても何も面白くない。


「富士山だー!」


 富士山がよく見える道に入り込んだ。やっぱ富士山は最高だぜ!


「ヅキは富士山が好きね〜」


「富士山すき!」


 富士山は良い。富士山は良いぞ。


 と、そんなことを考えていると、後ろの席からため息のような音が聞こえる。

 思わず振り返る。お母さんしか見えないが、俺にはわかる。これは美香が呆れた合図だ。変に大人なところがあった美香は、純粋な俺のことをバカにしていた。


 改めて「ゆるさんぞ……」と思いつつ、マウントを取る方法を考える俺だった。


−−−


 今はお昼休みだ。

 「じゃあね〜」とお母さんと素直に別れた俺と美香は、その後何もなくお昼休みまで経ってしまった。相変わらずマウントを取る隙がない。


「おーいヅキ、ドッジボールしようぜ〜」


 うんうんうなっていると、ガッシーこと澤我塩から遊びの誘いがかかる。


「これだ!」


 唐突にひらめいた。ドッジボールでマウントを取ろう。

 ドッジボールなら、経験年数16年くらいの俺が有利だ。


「急にどうしたヅキ、早く来いよ」


 幼稚園イチのイケメン、池照男からも声がかかる。


「おう、いくよ」


 今日の午後は体育の時間でドッジボールをするはずだ。ここで美香にマウントを取る。

 それにドッジボールなら美香以外にも他の園児達にマウントを取れる。確実に気持ちがいい。


 そうと決まればこいつらと遊びながら作戦を練ろう。


−−−


 ガッシーや池など男ども、一部女の子とドッジボールをしながら、作戦を立てた。

 我ながら完璧な作戦が出来上がった。


 そして待ちに待った午後の運動の時間。


「はーい、じゃあ赤組と白組に分かれてー」


 なんか準備体操や走ったり鬼ごっこをしたりしたあと、シュガー先生こと佐藤砂糖(これでシュガーと読む…!)先生の号令で、ついにドッジボールタイムとなる。


 先生が一瞬で引いた線で、紅白帽の色ごとに別れる。

 じゃんけんで勝った向こう側、白組ボールからだ。


 なので、美香がボールを持っている。

 そう、美香は白組なのだ。


 俺は赤組。

 他には池や、かつて俺をバカにしていたが泥団子で見返したみーちゃんもいる。


 向こう側には美香を筆頭にガッシーや池の彼女のテルコこと腹出照子がいる。


 ちなみにじゃんけんをしたのは池と美香だ。

 池と美香は運動能力最強格かつ、園児たちのリーダー格だ。


 この二人が一緒になるとドッジボールにならない。虐殺になる。

 だから先生がこの二人を分けてあとは適当に決められたのが赤組と白組だったりする。


「じゃあ、はじめ!」


 そうこうしていると、先生の合図が出る。

 ボールを持っている美香は、各側3人いる外野にボールを送る。


「行くぜー!」


 外野の男の子が雄叫びを上げ、容赦なく女の子に向けてボールを投げつける。

 それも運動神経があまり良くない子だ。

 コイツは一生モテない。


「……!」


 運動神経が悪すぎて悲鳴も上げられない(というかボールが飛んできているのを認識しているかも怪しい)子の前にボールが迫る。


 ボールが飛んでいる刹那、「あ、死んだわ」と思った。投げた男がだ。こんなことをして今後生きていけるほど日本社会は甘くない。高校受験あたりでみんなと別の学校に行くまでコイツの青春は終わりを告げるのだ。


「バシィッッッ!!」


 激しい音がなる。

 これが男が(社会的に)死んだ音か……と思ったら、女の子の前に出て、池がボールをキャッチしていた!


「いけくん!!」


 助けられた女の子は目を輝かせて池の背中を見つめている。

 確かにこれはカッコイイ。

 前に出るということはボールの勢いが死に切る前にキャッチするということ。

 そこには能力差や実力差が必要だ。


「ダニイィ!?」


 取られた男が奇声を上げる。

 ダニイィじゃないが。助けられたのは池が背に負う女の子だけじゃなく、お前もなんだぞ。


 キャッチしたボールを持って、池は敵陣前に無言で歩いていく。何も言わない。これもなんかカッコイイ。

 くそ、今の所俺より目立ってマウント取りやがって。だがこれも計算のうち。今に見てろよ。


 池は必要最小限の力で運動神経があまり良くない男の子にボールを当て、アウトにした。


 だが必要最小限の力で投げたボールは、跳ね返りが弱い。必然、相手コートに落ちて、相手ボールになる。


 ボールを握ったのは池の彼女の腹出照子だ。そうだ、持ったのではなく、片手で握った!


 そのテルコがこちらの陣地めがけて走り出した!


「死ねぇッッッ!!!」


 奇声ガチを上げて陣地前のラインで止まり、園児たちの中で一番デカイその体(縦も横も)のその体重、さらに運動エネルギーをすべて乗せてボールを放つ!


「きゃあああああ!!!」


 今度はあまりのテルコの気迫に、ボールを投げる前から悲鳴を上げていた、先程池にかばわれた子に、ボールが突進する。


 バシン!っと、目をそらし、体を背けていた女の子の腰にボールが当たる。

 さっき池が取ったボールの3倍は速度が出ている、ように思える。これが気迫か……。


「フンス!(フシューーーーッッッ!!)」


 やりきったと言わんばかりの顔で、テルコは鼻声を鳴らし、鼻息を排出する。ここまで音が聞こえてくるなんて……。


「バンッ!」


 と、みんなが呆気にとられていた中、音が鳴る。一瞬で、テルコもアウトになったのだ。


「てるおくん!」


 今度はテルコが悲鳴を上げる。


 皆が固まる中、池だけが動き出し、テルコをアウトにしていたのだ。


「テルコ、だめだろ、そんな言葉使っちゃ」


「てるおくん、だって……!」


 敵同士でなんか話し出す二人。

 てか、池お前、男だけのときいつも死ね死ね言ってるだろ。


「ビュンッッ!」


 と、コートの動きが再び止まるかと思いきや、二人の空間を風が切り裂く。


 池が首を傾げてボールを避ける。


「よく避けたね」


 犯人は美香だ。


「当たっても顔面セーフだよ」


「池くんをここで排除できれば、余裕で勝てるからね」


 なんかカッコイイやり取りをする二人。


 ボールを取って戻ってくる相手の外野。


 ここから乱戦が始まった。

 やっと普通のドッジボールだ。


 順調に数が減っていく両チーム。

 

 俺にもボールが飛んでくる。


「ほわさ!」


 避ける。そう、俺の考えた作戦は「ひたすら避ける」、だ。


 子供のドッジボールというのは、最後数人の内野に残るだけでも強者感が出る。

 このときにその他大勢の外野になっていてはいけないのだ。

 外野が多すぎて、ボールが回ってこずに内野に戻る手立てがなくなってしまう。


 加えて、体力面の制限もある。

 この幼稚園児という体、時期は、男よりも女のほうが平均的な体格で勝る。

 さっきの休み時間に改めて実感した。


 そこでだ。俺よりも強いやつらには潰し合ってもらう。

 ここまでが作戦の第一段階。俺はあと作戦を三段階残している。


「うっ…」


 目の前の女の子が声を上げてくずおれる。

 作戦の第二段階。肉壁だ。


 とにかく生き残ることが目的。

 それに合わせて作戦を立てている。


 ライン際を陣取り、端まで行けないやつを肉壁にする。

 ちょうどいい感じに陣地内の園児が減れば、さらに避けるスペースができる。


「うごけええええ!」


 相手の外野がコートを横断する弓なりのパスを出す。

 と同時に、自陣内の誰かが指示を出す。

 一斉に、コート内の園児が逆側に移動する。


「グッ……」


 こういう移動のときに誰よりも早く動き、ライン際を占拠する。

 特に、移動が一番遅いやつの目の前のライン際を占拠する。

 こうしてまた一人ザコが減った。

 

 俺の目的のためには味方も容赦なくエサにする。

 相手はどうせ池あたりが減らす。

 多少俺が味方を減らすのに加担しても問題ない。


「きゃー!」

「わあー!」

「よっしゃあ!」

「どうだ!」

「くらえ!」

「死ねええええ!!!」


 外野内野入り乱れ、混戦、激戦になってきた。

 若干1名おかしいやつがいるが、やつは池に任せる。


「元外野は中に入りなさーい」


 お互い残り3人になったところで、シュガー先生から声がかかる。

 残り5分になったのだ。

 モトガイヤ、懐かしい響きだ。

 お互い6人ずつだ。


「おらあ!」

「うりゃあ!」


 残り少ない人数だが、戦いは白熱している。

 この段階で内野にいるのは、必然強者のみだ。

 なぜなら雑魚はここまで残れない。


「ぐあ!」

「やられた!」


 ここで作戦の第三段階、角で避ける、発動だ。


 さて、ドッジボールで最も相手のボールを見極めやすいのはどこだろうか?

 答えは、角だ。


 相手ボールマンから最も遠い角だ。

 ここが一番、ボールが飛んでくるまで空中にある時間が長い。


 ここで相手のボールを避けるのが最も避けやすい。

 だが、この作戦にも問題がある。

 角は通常のライン際と異なり、2方向を塞がれている。

 コート内の人数が多いと、逆肉壁で角から出られなくなる可能性が高まるのだ。


 そうなると、相手のパス回しからの近距離攻撃でやられる可能性も高まる。

 よって、人数が多いと使えない作戦なのだ。


 この、5、6人くらいの人数で最大の効果を発揮する作戦なのだ。

 

 そうこうしているうちにお互い2人ずつ減った。

 これで双方4人。


 そろそろ、作戦の最終段階の準備をしなければ。

 最大の敵は美香だ。


「ほいさ!」


 俺めがけて飛んでくるボールを、ボールが飛んでくる方向の真横に体を向け、両手を上げ仰け反る姿勢で避ける。体バランス的に最も仰け反れる=ボールから距離をとって安全に回避できる姿勢、名付けて「緊急回避の舞」だ。

 今回はあえて少し相手ボールマンに近づき、俺にボールが投げられるようにしたのだ。


 避けたボールは味方外野に飛んでいく。

 角でのプレイは相手のミスを誘い、マイボールにすることもできるのだ。


「パスくれ!パス!俺の手柄だぞ!」


 声を張り上げる。

 味方の外野で回っていたパスを貰う。

 当然だ。俺の天才的回避によって得たボールだ。


「池、投げろ」


 池にボールを手渡す。


「ん?どうしたヅキ?急にやる気になったと思ったら、くれるのか?」


「そうだとも。ここは勝たなくてはならない。相手を見ろ。ガッシー以外女だ。男が負けるわけにはいかない」


「む。そうだな」


 旧時代的だが、本能の動物であるガキにはこういう言葉が刺さる。


「まずは相手の戦力を削ぐんだ。強いやつから倒そうとしたらだめだ。だから、まずはガッシーを殺そう。美香、テルコ、モブ子よりはザコだ。手加減するなよ。ガッシーにはいつもどおり全力でボールを当てていい。残り時間も少ないんだ。確実に勝ちに行くぞ」


「おっけ。わかった」


 俺に唆された池が全力でガッシーにボールを投げる。


「へぶっ」


 情けない声を上げてボールをみぞおちに食らったガッシーが倒れる。


 そして、全力で投げたおかげ&反応できずまともに食らったガッシーのおかげでボールは壁に当てたかのようにまっすぐ転がってこちらに戻ってくる。

 完全に俺の計算通り。ドヤァ。天才的。


「次はモブ子だ。やれ」


 完全に調子に乗ったゲンドウ……もとい言動で、池に支持を出す


「うりゃ」

「きゃん!」


 狙い通りモブ子をアウトにした池だが、女への甘さが出た!

 少し威力が弱かったのだ!

 転がりきらず、すんでのところで体格の割に気持ち悪いくらい俊敏なテルコにボールをキャッチされる。


「死ねええええ!!」


「ひでぶ!」


 我がチームのモブ男が死んだ!

 これでこちらは俺、池、みーちゃんで、相手は美香とテルコだ。


 モブ男に当たったボールは相手外野に転がり、相手外野がパスを回す。


「死ねええええ!!」


 時折、テルコが当てに行く。

 が、池も含めこちらは避ける動きをしており、なかなかマイボールにならない。


 ここはもう一手打つか……。


「ねえみーちゃん」


「なに?」


「さっき俺が角で避けてマイボールにしたじゃん。あれを二人でやろう。みーちゃんはあっち側。俺はこっち側で。それでマイボールにして、池に投げさせよう」


「わかった!」


 避けるので精一杯で余裕がなかったのか、あっさり引き受けるみーちゃん。

 チョロいな。


「うぎゃ!」


 角に移動した瞬間、テルコに殺されるみーちゃん。

 パスの回る方向、テルコの位置、そして、角にとどまらず、ボールマンであるテルコから容赦なく離れる俺。答えは簡単だ。


 だが、ただ生贄を捧げるだけではない!俺もここでリスクを冒す!


 みーちゃんに当たり、テルコの元に戻ろうとしたボールに飛びつき、ギリギリで確保する。そのまま寝転がったまま、驚くテルコの顔……ではなく足首にボールを当てる!


「そこぉ!」


「「おおおおーーーー!!」」

「「きゃああーーーー!!」」


 まさかのここに来ての俺の活躍に、周囲が湧き上がる。


「すげえぞヅキ!あのテルコを倒すなんて!」

「ヅキくんすごい!」


 どうだ。計画通り。もっとあがめろ、ザコども。


「ヅキくん……///」


 みーちゃん、なんでエサにされたお前まで湧き上がるのか。


 ふう。とりあえず、これで残るは俺と池、そして美香だ。

 大体において、ドッジボールでは美香と池は互角。

 そこに大人の知力、いや、天才的知力を備えた俺。形勢はこちらが圧倒的有利と言える。


「くらえ!ミカああああ!!」


 テルコを倒してから持っていたボールを美香に投げる!池には渡さない!

 有利なのだからこのまま美香を倒せれば俺がヒーローだぜ!


「パシィッ……!」


「なん、だと……」


 俺の全力の投球を、片手で、つかみやがった…! 幼稚園児の手だぞ…! ありえん…! アリエン・ロッベン!!


「これがヅキの限界」


 あまりの光景にみんなが言葉を失う中、美香の幼稚園児ながら綺麗な声が響き渡る。


「おわ!」


 唐突に投げられたボールを、なんとか避ける。

 美香がエンドライン際からハーフライン近くの俺に投げたのだ。前に出て距離を詰めずに、だ。

 美香の一言を受け脳が再起動していなかったらやられていた。


「ちっ、ヅキのくせに」


 こいつぅ!確かに、前に出た分相手が下がるなら、この位置で投げても変わらない。だが、俺の後ろには池がいたのだ。当然今や美香がキャッチしたボールは池の手元の中だ。ということは、俺がそう考えたように、美香も最悪相手ボールになっても構わないと思って投げたのだ。畜生、なめやがって!


 俺が地団駄を踏んでいると、ハーフライン際、俺の真横にボールを持った池が出てくる。


「ミカちゃん、決着をつけようか。どちらが、最強かのね」


「いいよ。そろそろ顔だけ野郎にわからせてやろうと思ってたから」


「ふんっ!」


 なんか因縁の相手どうしみたいなやり取りから、池がボールを投げる。

 っておい、俺を無視すんな!


「ビュゥン!」

「ギュオン!」

「ビシュゥゥン!」


 ……って思っていた時期が俺にもありました。

 とても幼稚園児の投げるボールから出るとは思えない音がする。

 最後のなんてビームライフルみたいな音だ。

 

 ちなみにボールは殆ど見えない。

 たしか中学か高校の理科でやってたな。光は音の何倍も速いって。もう光は早すぎて目で追えないんだ。これは。動きの遅い音だけが聞こえるだけなんだ。


「さすが、やるね、ミカちゃん。これはどう!?」


 お、目で追えるボールだ。…ッ!? スライダー!?


「やるじゃん」


 普通ならキャッチしようと伸ばしかけた手に、引っ込めるのが追いつかずそのままボールが当たってしまいアウトになるところを、的確に反応して自身の体から逃げていくボールをなんなくキャッチする美香。


「じゃあ私も」


「ギュババババ!!」


 !? 一段と速くなった!? この音は波動砲!?


「ギュルルルル……」


 池の手元で動きを止めていくボール。あの回転は、ジャイロボール!?

 おそろしく速い回転、俺でなきゃ見逃しちゃうね…。


「さすが美香ちゃん…こんなのを隠し持っていたとは……」


 !? しかも、あの池がダメージを受けている!? まずい!前世でのテニス漫画ではよくプレイヤーが病院送りになっていた!このままでは池が!

 

 よ、よし……。ちょっとやる気なくなっていたが、これは作戦最終段階だ…!


「池!大丈夫か!」


 池を心配する風にして二人の世界だったところに割り込む。

 そして池に耳打ちをする。


「池、このままではヤツに勝てん! 作戦を思いついたから、それで勝ちに行こう!」


「作戦…?」


 池も男の子だ。それも幼稚園児の。これくらいの男の子は作戦とか必殺技とかいう言葉に弱い。


「そうだ。内容は、ゴニョゴニョ……」


「わかった。それでいこう。生きて戻れよ」


 いや死なんから。……死なんよな?多分大丈夫。


 池からボールをもらい、ハーフラインに近づく。


「なに?ヅキ?ここはあんたの出る幕じゃないよ。後で料理してあげるから引っ込んでたら?」


 ナチュラルに、さも当然といった顔で煽ってくる美香。見てろよ、化け物……。


「くらえ!美香!死ねええええ!!!」


 テルコの気迫で美香にボールを投げる。


「考えなしか。甘い」


 その、渾身の一撃を、前に出ながらキャッチする美香。なんだと!?


「やっぱり、姉より優れた弟など存在しないね」


 そう言ってハーフラインに近づく美香。


「さよなら、ヅキ」


 その勢いのまま、手加減なく容赦なく俺に投げられるボール。


「ぐわああああ!!!」


 まともなキャッチもできずに宙に浮き、後ろにふっ飛ばされる俺。


「はいアウト。………!?」


 美香のつぶやきと同時、俺の後ろから前に走り出していた池が姿を現す。


「!?」


 顔を驚愕に染めた美香は、ボールを取ろうと手を伸ばす。

 だが、その手はボールには届かない。


 当然だ。

 なぜなら俺がわざと宙にジャンプして美香のボールを受け吹っ飛ぶことにより、ボールの反射する力を殺したからだ。

 おかげでボールは美香の元に戻らず、池の目の前だ。

 

 これは決して美香のボールを取ることを諦めたわけじゃない。そう、決して負けを認めたわけではないのだ。断じてない。ないったらないぞ。


「ミカちゃん、僕たちの勝ちだよ!」


 池が声を上げる。俺にハーフライン近くまでおびき出された美香には避ける時間も、キャッチするに足るボール軌道の判断時間もない。

 俺たちの、いや、俺の、勝ちだ。


「わああああ!!」

「やったああああ!!」

「本気のミカちゃんに勝ったあああ!!」


 赤組のみんなが喜んでいる。


「いつも本気じゃないのに!」

「いけくんとのいっきうちでやっと本気を出したミカちゃんに!」

「勝った!」


 おい待て、どう見てもおれのおかげだろ。

 なにが一騎打ちじゃ。


「いけくん!」

「いけくん!!」

「いけくん!!!カッコイイ!!!」

「「「いーけ!いーけ!」」」


 女の子からは黄色い声、ついには池コールも始まる。


「ま、待て、おまえら……」


 声を上げて抗議したいが、みぞおちに思いっきり食らったせいで、呼吸もまともにできない。当然、声もまともに出せない。


「く、くそ……」


 池は美香の波動ジャイロボール砲でダメージを受けていた。あのまま二人だけで続けていたら、池は負けていた。美香も流石にあのボールを何度も投げられるとは思いたくないが、あのとき既に池はダメージを先に受けていた。他の必殺技があったとしても、まともには使えなかっただろう。まあ、池なら女の子(一応)相手に波動砲クラスの技を使わなかっただろうが。


「ヅキ、あれ、あんたの作戦よね」


 うずくまる俺に、美香だけが近づいてきた。他の園児は池の周りだ。

 目線だけ向けると、美香が言葉を続ける。


「やるじゃん。ちょっと見直した」


 それだけ言って、離れていく美香。

 けっ。敗軍の将が。偉そうに、言葉の内容も、物理的にも上から目線で。俺を介抱もせずに離れて行きやがって…。

 だが……


「どうだ……認めさせてやったぜ……」


 前世を通して実現できなかった、美香に認めさせる、ということが、初めてできた。

 美香に、「やるじゃん」と言わせたのだ。


「これは、実質……俺のが上だろ…」


 これは俺がマウントを取れたと言っていいだろう。間違いない。ないったらない。

 計画通り、最終作戦で、大人の頭脳で美香を出し抜いたのだ。

 たとえ意識が薄れていこうとも、今回は俺の勝ちなのだ。なのだ……。




つづく


本日もこの後20時にも投稿予定です!

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