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第2話 今日も気楽にお絵かきでマウントを取る




 ーー「そんなんだからアンタはダメなんだよ」「この15年間、一体何をしてきたんだ」「アンタが私より優れている点は卑怯さしかないよね」



「んんっ、夢か……」


 最悪の目覚めだ。こんな日はガキ相手にマウントをとるに限る。そのためにもまずは幼稚園に行かねぇとな。


 ついこないだ人生のやり直しをさせてもらえるということで幼稚園の頃の自分にタイムリープのような形で転生(一回死んだ)した俺。

 バカにされてきた鬱憤を幼稚園で晴らし回っている。


 いつものように幼稚園に着いた俺は今日のマウントのネタを探そうとしたが、今日はあまりこれというのが見つからない。どうしたものかと思っていた頃、最近ようやっと聴きなれた女性の声が響き渡った。


「ほらみんな、今日はお絵描きをしますよ!」

「「はーいっ!」」


 彼女はこの幼稚園の先生の佐藤砂糖。名前は砂糖と書いてシュガーと読ませる。

 小さい頃は疑問に思わなかったが、今ならわかる。彼女の親は俺のと同じくとんでもねぇヤツだ。


 まぁそれはさておき、今日はお絵描きをするみたいだ。ちょうど良いや、こいつでガキどもにマウントを取ろう。


 問題はどうやってマウントを取るかだ。正直なところ俺に絵のセンスはないし、相手が幼稚園児とはいえ圧倒できるような技術知識も知能もない。

 流石に顔に手足だけが生えた胴体が無い人体を描くことは無いが…こうなったら俺にできることはアレしかないな。


 まずは周りで上手く描いてるヤツを探そう。ただ、やはり幼稚園児なだけあって、どれもお粗末な絵だ。これくらいなら俺でも描けるかもしれないな。……おっ、こいつの良い感じに描けてるじゃないか。えぇっと、これは誰が描いたんだ?


「ヅキ、私の絵の前でなにやってんのよ」


 アイツだ。これを描いたのは、俺の双子の姉で因縁の相手でもあるミカだ。

 思い…付いた!決めたぞ、ターゲットはこいつにしよう!!


 俺の計画はこうだ。自分で描けないなら上手い人のをパクって良い感じに描けばいい。手段は知らん。そこまで計画を立てられるほど俺は賢くない。そうと決まったら、まずは一旦この場から離れて機をうかがうまでだ。当たり障りのない回答をしよう。


「上手いなぁって思ってね」

「うわキッモ。アンタが急に褒め出すなんて、今夜は雪でも降るんじゃないの?」

「確かに今夜は雪だよ。天気予報では」

「要らない情報をどうも。それで、用はそれだけ?」

「だね」

「それじゃとっとと戻って。邪魔」


 散々言ってくれるじゃねぇか。これはやりがいもありそうでテンションが上がるな。


 にしても俺の前では相変わらず幼稚園児らしくない喋りをするヤツだ。

 下手したら今の俺より大人っぽい話し方をしやがる。


 しばらくは自分で適当に描いているフリをしながらタイミングを待つことにした。ただ、当然相手はヤツなのでそう簡単に隙は生まれない。絶好の時を逃さないようにしないと。

 そして10分くらい経った頃にチャンスがやってきた。


「先生、ちょっとトイレに行ってきてもいいですか?」

「はいはい、行ってきなー」


 ミカが席を立った隙に自分のいる位置を若干変えて、ヤツの絵を見ながら描けるポジションを確保した。そしてここからは時間の勝負だ。可能な限り模写するんだ!


 急がなきゃ。同居してるから分かるが、ヤツのトイレはめちゃくちゃ短い。いつ帰ってきてもおかしくはない。ヤツの洞察力なら俺のチンケな作戦なんて簡単に見抜かれるだろう。だから、帰ってくる前に何としても十分な量の模写が必要なんだ!


 最低限必要な量だけ描きこんで自分の位置を元に戻した瞬間、教室のドアが開く音が聞こえた。どうやらギリギリ間に合ったようだ。


 あとはここからヤツの絵よりもより独創的なアプローチの要素を足していけばマウントが取れる程度の作品に仕上がる。俺は過去に読んだマンガの記憶を洗い出していき、良さそうな構図を思い出していった。


「……これだ、これしかない!」


 俺は過去の記憶を頼りにクレヨンを走らせていった。いける。これならマウントがとれる。きっとヤツよりもいい絵が描けているはずだ!



 そして数分後、納得のいく作品が描けた俺は静かにクレヨンを机に置いた。これなら大丈夫だ。絶対にヤツより上だ。

 偵察がてらヤツの絵を見てみたが、他の園児よりはズバ抜けて上手いものの、俺の絵よりは描けていない気がする。たぶん。これならきっと勝てる。

 そう思ったと同時にチャイムが鳴り、これまた同時に砂糖先生の声が響く。


「はい、おしまい。みんなは上手く描けたかな?」

「できた!」「終わらなかった……」「まずまずかなぁ」

「それじゃ、紙を集めます。順番に持ってきて、先生に渡してね」

「「はーい!」」



 先生は、集めた絵を昼過ぎには教室の壁に貼ると言った。もう少しでマウンティング・タイムだ。楽しみ過ぎて震えてきたぜ。

 その前に昼休みだな。ここでもちょいとひとつマウントっていきましょうか。



 今日は月に1~2回ほどある特別なお昼休み。いつもの給食ではなく業者からお弁当が配られる日である。詳しいことは知らないけど、ここの幼稚園の運営会社と同じグループの仕出し弁当業者が宣伝がてらたまに提供してくれるらしい。こういう特別な日はマウントの取りがいがあるってもんだな。


 ほどなく全員にお弁当が行き渡って、佐藤先生の合図とともに全員が一斉に食べ始める。仕掛けるタイミングをよく見ておこう。


 その時、とある園児の声が聞こえてきた。普段うるさいお調子者の澤我塩さわ がしおだ。


「割り箸上手く割れないなぁ」


 ーーーこの時を待っていた。俺はわざとらしく彼の前に身を乗り出し、周囲の注目を集めながら、割り箸の片側を歯で噛みながら颯爽と割り箸を割った。

 割り箸は乾いた音をたてながら二つに分かれ、一切の毛羽立ちなく綺麗に割けていた。

「……すっげぇ!!めっちゃキレイに割れてる!口で噛みながらなのに!!」


 一瞬の静寂の後に、澤我塩の声が教室内に響き渡った。すぐに俺と彼のいるエリアの周りに人だかりができた。

 ガッシーは素直だからな。素直に驚きを出してくれる。イイヤツだ。マウントの取り甲斐があるという意味で。


 数人の園児たちが目を輝かせながら集まってきた。

 みんな真似して噛みながら割り箸を割るが、中程で折れたり、そもそも力がないやつは割ることすらできていない。

 

 俺はそいつらを見下ろしながら、


「センスが違うんだよね」


 とだけ言った。園児たちの楽しいお昼ご飯の時間が一瞬にして凍り付く。俺はその雰囲気をおかずにお弁当を噛みしめた。これが勝利の味か。


 ただ、俺はこれくらいで満足するような男ではない。まだマウントを取り足りない。その空気のまま俺は箸袋に手を伸ばした。慣れた手つきでそれを器用に折りたたんでいき、箸置きを作っていく。園児が皆揃って食べるのをやめ、俺の手元に注目していく。その視線がとても気持ちいい。マウントは蜜の味だ。


 何度か箸袋を折り返したらすぐに箸置きが完成した。俺はそれをお弁当の手前に置き、いつもより少しだけ滞空時間を長く魅せつけた割り箸をそっとそこに載せた。その瞬間、園児たちからは歓声が湧きあがる。


 そう、これなんだよ。俺が欲しかったのは、これだ。転生せずに高校生のままだったら一生味わえなかったであろう周囲からの称賛。

 これを浴びるのがこんなにも気持ちいいことだったとは。たとえ相手が明らかに自分よりも下な幼稚園児でも、気持ちいいものは気持ち良いのだ。


 もう俺にプライドなんてもんは存在しない。きっとSNSに嘘を書いて注目を求める人間も俺と同じようなことを考えているんだろうなと思う。手段が酷くても手軽に結果が欲しいのだ。

 そんなことを考えながら余韻に浸っていた俺を、とある園児の声が現実に引きずり戻す。


「アタシもそれ作れるよ」


 想定外の一撃だった。園児風情がそんなことができるわけないとタカを括っていた。俺は結局ここでも上手く称賛を集められないのか?

 いや、そうじゃないだろう。プライドをとっくに捨てた俺にだからこそできることがあるだろう。俺は意を決して大声で叫んだ。


「じゃあ今から作ってみろよ!」


 俺の計画はこうだ。この仕掛けに対して、相手が作れなかったならそこを攻める。もし作れたのなら、完成品に粗を探してそこを攻める。

……パーフェクトだな。


 数分後、完成した箸置きは案の定作りが粗雑だった。俺はそこを攻めてマウントを取る。


「ビシっと折れてないよね。それじゃダメだよ」

「そんな……!」


 攻められた女の子が若干涙を浮かべながらうつむいた。教室に緊張が走る。一触即発な空気が漂うなか、声を出したのはなんと砂糖先生だった。


「いや、私のが一番上手いんだが」


 ……それには勝てねぇよ。というかなんであんたが参戦してくるんだよ。まさか先生も対幼稚園児特化型のマウンティングマスターを目指していたりするのか? いや、そんな下水道の煮凝りみたいな人間は俺だけで十分だろう。そもそもこれまで過ごしてきた印象から察すると先生は相当な常識人だ。そんなしょうもないことをするはずがない。


 俺みたいな知能のない人間には参戦してきた理由は全く分からないけど、とりあえず先生に勝てないのは間違いないから一旦待機だ。無理をしたら更なるマウンティングに支障が出るからな。



 微妙な空気が続くなか、お昼休みが終わるチャイムが鳴った。午後の授業が始まる。だがその前に、午前に描いた絵が貼りだされるようだ。時間差マウンティングだ。

 少しでも俺の絵が上手く見えるように、先生が絵を集める時に下手な園児の間に自分の作品を挟んでおいたのが功を奏しているようで、俺の絵の周りには園児が集まっていた。


「ヅキくんって絵も上手いんだね!」「すごいなー!」「アタシも上手く描けるようになりたい!」「もっと練習したいな」


 そう!! これだよこれ!! もっと褒めろお前ら!!

 流石にこのネタには先生の参戦はないだろうし、一安心だ。パクりもとい参考にした姉の絵も遠くに貼られるように並び順を細工したことも活きてきている。完璧な立ち回りだ。園児相手だからこそできるやったもん勝ちな杜撰な戦略も今のところほころびなく進んでいる。だから園児へのマウントはやめられねぇ! 大した戦略を練らなくても手軽にマウントが取れるんだからな!



 しばらくして、絵の掲示が終わった砂糖先生から園児に声がかけられた。


「午後は、さっき貼った絵の感想を作文にしましょう。誰のでもいいから、自分の絵じゃないものの感想を書いてくださいね」


 俺の絵の感想がたくさんの園児に書かれるであろうことを想像するだけで気持ち良くなってくる。いいぞ、もっと褒めろ。

 予想通り、俺の絵にはたくさんの感想がついたようだ。一体どんな感想が寄せられたのだろうか。考えるだけでテンションが上がってくる。そう思っているなか、砂糖先生が口を開いた。


「はい、それではこの感想文は先生が預かって、内容を確認しておきます。今後張り出すかも。では今日はここでおしまい。気をつけて帰ってね」


 いや読んでくれないんかい。


 最後の最後に不完全燃焼で終わったことが悔やまれるが、まぁ最低限のマウントはとれたので良いだろう。やっぱ幼稚園児では先生には敵わねぇなと思った一日だった。



つづく


明日も19時と20時の2話投稿です!

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