第13話 図書館山闘
「さて今日の1位の星座は……さそり座! 今日のラッキーマンはさそり座の女! です! あ、女ならラッキーウーマンですかね!?」
リビングのテレビからお天気お姉さんなのかニュースキャスターなのか占い師なのかわからないお姉さんの声が聞こえてくる。
今は幼稚園に行く前の朝ごはんタイムだ。
「最後はこちらのコーナー、1日1雑学クイズ! 今日の問題は、さそり座に関連した問題です! さそりは、何類でしょう? A、爬虫類 B、昆虫類 C、鋏角類 D、甲殻類 ……さぁ、どれでしょう!? ジャカジャカジャカジャカ……」
画面を見ると、下の方に選択肢が並んでいて、その上、画面の殆どに、朝っぱらからどデカく、サソリの動画が流れている。
うげぇ。ご飯食べてるのに。
「ヅキ、この問題、答えどれかわかる?」
と、一緒の机についているが、普段まともな会話をしない俺の双子の姉、鈴木美香が話しかけてくる。
そして俺の名前は鈴木ヅキ。
名前でピンと来ただろうか。俺たちの名前は三日月から来ている。
なんでも、お母さんが出産した時、窓から三日月が見えていたとのことだ。
美香は良いにしても、ヅキはどうにかならなかったのか。
ちなみに、「まともな会話」をしないだけであって、「まともには会話」している。どういうことか。大体がミカが俺のバカさ加減を煽ってきて、言い合いになるのだ。
今回も、俺をバカにしようと言うのだろう。
事実、この問題、何を言っているかさっぱりわからん。
「うーん、昆虫!」
だが何も答えないと、分からないと判断されるから、とにかく答える。
見た目は昆虫だ。合ってるだろ。合っててくれ、頼む!
「プッ。知ったかぶり。わかるかわからないか、という質問への答えにもなってないし。別に当てろなんて言ってないのに。ほんとバカだね。そして答えは鋏角類だよ」
「答えは〜〜〜〜……C、鋏角類でした!」
美香が言い終わると同時に、タイミングを合わせていたかのようにお姉さんが答えを告げる。クソっ。
「解説です〜。爬虫類はトカゲとかの、鱗に覆われていて卵を産む生き物です。昆虫類はカブトムシとかの、体が頭・胸・腹に別れていて、六本足で羽がある生き物ですねー。鋏角類はクモやサソリ等の狭角というハサミみたいなものを持っていて、足が沢山ある節足動物と呼ばれる生き物ですー。甲殻類はエビやカニ等の節足動物のことですー。同じ節足動物でも、サソリ等の鋏角類とカニ等の甲殻類は別の分類なんですねー。鋏角類という言葉は甲殻類よりも聞き馴染みがないと思うので、ここで間違っちゃった人も多いんじゃないでしょうか!」
……一体何を言っているんだ? わからん……。鋏角類と昆虫の違いってなんだ……?
「何を言っているんだ?って顔してるね。プッ」
こいつうううう。
「ププッ。顔真っ赤。おもしろーい」
ゆ、ゆるさん! 確かに前世でも散々バカにされてきた。たぶん周りが言うように俺はバカなのだろう。だが!それを見返すために転生し(実態はタイムリープに近いが、一度死んでいるので転生とする)、今こうしてマウンティングに勤しんでいるのだ! 勉強マウントしてきやがって!今日という今日はゆるさんぞ!
−−−
今は幼稚園。
朝に意気込んだのは良いものの、今日はこれまでマウンティングの機会がなかった。
何でも良い。誰でもいい。できれば美香相手がいいが、この鬱憤を晴らすため、何でも誰でもいいからマウンティングしてえ!!
「はーい、今日は上取図書館に行きますよー。絵本とか読んでもらえるからねー。楽しみにしててねー」
沸々としていると、佐藤砂糖先生の声がかかった。
これだ!これは使えるかもしれない。
目には目を。
勉強・知識マウントに対しては知識マウントを!
「えぇ〜本とかきょうみねえよぉ〜。また乗山公園行きてえよぉ〜」
すぐさま、通称ガッシーこと、澤我塩がぶーたれる。
だが誰も気にしない。こいつが騒がしいのはいつものことだからだ。
やはり、図書館はイケる気がする。
少なくとも、こういうガッシーみたいなやつにはマウントを取れるだろうし。
よっしゃ、やったるぜ!
−−−
2列になって安全に歩き、図書館に着いた。
自動ドアを抜けて建物に入った途端、一気に物静かな雰囲気になる。まだエントランスなのに、空気が変わる。日常の空間から切り離されたような場所だと思えてくる。
さっきまであんなにうるさかったガッシーも静かにしている。
「はーい、みんな、静かにできて偉いねー。このまま、他の人の迷惑にならないように、静かに付いてきてねー」
シュガー先生も小声で園児たちに話しかける。
「「「はーい」」」
それが移ったのか、園児たちも自然と小声で答える。
歩き出し付いていくと、エントランスから図書館の入口の自動ドアを抜けて中に入る。より一層、静けさが増す。
前世では本なんてほとんど読まなかった。そのため図書館にもほとんど来たことがなかった。だからか、来たことはあるのだが、内部の作りとかの記憶が全然ない。
沢山の本棚が並ぶ横を抜けて、奥の方、窓際にある、子供スペースに向かう。
子供向けスペースではない。子供スペースだ。
子供向けの本が並んでいるスペースではなく、フロアの角に柔らかいマットが敷き詰められ、原色のようなカラーリングを施された色々な色の四角いブロックが本棚エリアを隔てる、要は子供を置いておくスペースだ。
本に集中したい親が、子供をここに置いておくのだ。
中には人形や音の出ないおもちゃなども置いてある。
だが、それらは今は綺麗に端に寄せられ、真ん中には一人の女性が立っていた。40代くらいのおばちゃんだ。
「みなさんこんにちはー。司書の本田ですー。今日はみなさんに図書館について知ってもらって、実際に本も読んであげますからねー」
「今日はよろしくお願いします。ほら、みんなもご挨拶してー」
「「「よろしくおねがいしまーす」」」
ここは本棚からは少し離れているので、司書さんもシュガー先生も普段の声量ではないが小声でもない音量で会話をした。
そのシュガー先生に促され、園児たちも控えめな声で挨拶した。
「よろしくねー」
司書さんは子供が好きなのだろう、めっちゃニコニコだ。
−−−
そこからは図書館の意義だとか、児童書とかの児童向けの本だとか、親とぜひ来てほしい、来たときのルール、本を借りて自宅に持っていけること、借りるときのルールとかを話していた。
「本を借りるときに必要なものはなんでしょう〜」
時折こうして司書さんが問題を出していた。
これは答えられる!
「はい! 登録カードです!」
「正解〜! よく知ってたね。小学生になれば、みんなも作れるよ。それまでは親御さんと一緒に来てねー」
とまあこんな感じで前世で全然来てなかったとは言え、知っていることはズバズバ答えていた。
「ヅキくんものしり〜」
「なんかさいきんヅキのやつすごいよな」
といった声が聞こえてくる。
ふふ。気持ちいい。見たか美香!
ふと美香を見やると澄まし顔で司書さんの話を聞いている……フリをしている。
俺にはわかる、あれは全部知ってるから聞き流している顔だ。
当然、俺の回答も聞き流しているだろう。ちくしょう。
「それじゃ、一通り説明は終わったから、次は実際にご本を読んであげますねー」
そう言って司書さんは背後から5冊ほどの本の山を取り出した。
「まずはこれ、『オヨギー』、という絵本です!」
そう言って、そこからは読み聞かせが始まった。
「こういうふうに大きな困難に向き合う時、どうすればいいかな?」
読み聞かせの合間に、本に関連する問いかけやクイズが出された。
うーむ、大きな困難ね。もちろん逃げる。戦う意味がない。勝てるわけがない相手には一旦逃げ、罠を張って勝てる状況を生み出してからそこに誘い込む。これだ。手を挙げ……
「ハアァァイ!」
俺より先に澤我塩、通称ガッシーが手を挙げた。
「わぁ大きな声で騒がしいですね〜。じゃあその君、どうぞ〜」
「みんなでちからをあわせて、それぞれのこせいをいかします! ひとりじゃかなわなくても、みんなのいいところをだせば、かてます!」
「あら〜、騒がしさの割にいいですね!」
「えっへん。おにいちゃんがやきゅうのリトルリーグでいつもいってることです!」
「おにいちゃんがいるんだねー。君の言ってることはとても素晴らしいですよ。でも、そのことは勝ち負け以外にも使えるの。色んな困難を、人は人と助け合うことで乗り越えられるの」
なに……? 誰かと協力するというのか……? そんなこと、できるわけがない……!周りのやつは俺をバカにするだけで、力を合わせる、協力、なんて無かった!
「じゃあ、次は、『ニセデレラ』!知ってる子もいるかなー」
次の本に移る。
「将来の夢はお嫁さん、っていう子、いるかなー?」
「ハァ"イ"!」
今度は腹出照子、通称テルコだ。
お嫁さんは違うからね。ここは譲ろう……。
「いいですねー。じゃあ、理想の相手と結婚するには、どうしたら良いと思う?」
「ニセデレラのように、きれいなみためをしていなくても、こころのきれいさをみてくれるおうじさまをみつけることです! きっとおじいちゃんおばあちゃんになっても、なかがいいとおもいます!」
テルコが言うと説得力がすごいな。
テルコの見た目と、実はイケメンの池照夫と付き合っているという2つの事実が。凄い説得力を与える。
「すばらしいですねー! きっと見つけられますよ!」
「ふふんっ。シズニーはだいすきなの。シズニーランドもよくいくの」
ふん……心の綺麗さね。つまりは内面の魅力ということだ。
俺は前世でバカと蔑まれてきた。自分でも自覚している。俺は頭が悪い。
頭が悪いということは内面が魅力的でないということだ。
内面の魅力は心の綺麗さだけではなく、頭の良さとかも含まれる。これは前世の経験から断言できる。頭が悪いと周りが蔑んでくるからな。
ふん……前世でわかったとも、成長しても俺はバカのままだ。つまり一生内面は魅力的になれない、と。ふん……。
「では次は『いろいろなどうぶつ』です!」
なんか物語から方向転換したな。
犬猫から始まり、動物園にいるような動物の説明を、驚きや面白さを交えてポップなイラストで解説している。結構面白いな。
「では、熊のように冬眠する動物さんには、他にどんな動物さんがいるでしょう?」
「はい。トカゲです。トカゲや蛇、カエル等の爬虫類や両生類は変温動物であるため自身で体温の調節ができず、寒い冬は冬眠するものが多いです。他にはクワガタムシ等昆虫も冬眠するものがいます」
今度は十影和仁君だ。
何を言っているかわからん……。爬虫類とか、朝も言ってた気がする。でもわからない……。なんか学力マウントを取られた気分だ。
「す、すごい……すごい物知りなんだね。びっくりしちゃった。生き物の分類までわかるなんて」
十影君はドヤっている。
「じゃあ、次は……」
その後も池の恋愛・女心マウント、美香の知識マウントを受け、良いところが全然ない。
くそう。これだから前世を通して図書館には全然来てなかったんだ。
書いてあることも楽しさもあんまりわからないし。くそう。
「最後に、こちら、『中国の三国志と日本の戦国時代』です!!! 歴史ものですねえー!!!」
っ、なんかテンション上がったぞこの人。
だが、これならわかるかも! 戦いは好きで、諸葛孔明とか織田信長とかわかるぞ!
「みんなも織田信長は聞いたことがあるかな? テレビのクイズ番組とかでも出てくるよね。でも、そういった有名な武将の活躍の裏には、軍師と呼ばれる、作戦を考えた人たちがいるのよ。私の個人的なオススメは黒田官兵衛×竹中半兵衛ね。体の弱い半兵衛に対する、勘兵衛のバリタチよ。あとは龐統×孔明も。劉備の孔明への信頼に嫉妬して、龐統が攻め側なの。これは譲れないわ」
??? 名前はわかるが、この人は何を言っているんだ? これが歴女というやつか? 詳しすぎて?何を言っているかわからん……。
だが、チャンスだ。これはこのまま武将や軍師に関するクイズが来るはず。答えてやる!
「ではクイズでーす。戦国時代の超有名3人、徳川家康、豊臣秀吉、織田信長を、活躍した順番に並べてみて!」
きた! これは簡単だ!
「「「「織田信長、豊臣秀吉、徳川家康!!」」」」
クッ。俺含め4人くらいがハモった!
美香の野郎なんかそっぽ向いたまま答えやがった!
「は、はやい! みんなすごいね……! 長年読み聞かせをしてきた私じゃなきゃ聞き逃しちゃうね」
ふん、このレベルについて来れるというのはわかった。
見てろよ……。
「では続けてクイズです。今から2000年近く前、中国は三国に分かれて争っていました。それを三国時代と呼んで、その物語が三国志です。その三国とh「魏・呉・蜀!」」
このレベルについて来れるなら、質問が終わる前に答えればよいのだ!
どうだ!大人の言うことを聞くしかない行儀いい子ちゃんたちにはできない芸当だろう!
1回高校生という、体力的には大人に反抗できるところまでいった俺だからできる!
「……魏呉蜀ですが、その君主は誰でしょう」
なに!?
「曹操、孫権、劉備。だけど難しい。曹丕や劉禅とも言える。でも三国志、というなら主人公格はこの3人」
み、美香! ドヤって油断した隙に……!
「せいかーい。劉禅とか、すごいねよく知ってるねー。はい、みんな、人の話は最後まで聞くこと。いいですね。では、本日はここまでです」
クソ! 美香、最後の最後で俺が活躍できるところを!
「こんなふうに、図書館にはいろいろな本があります。みさんもぜひ休日とかに親御さんにつれてきてもらって、自分の興味のある本を読んでみてください。そして、いろいろなことを知っていってください。今日は少しでも図書館や本に興味を持ってくれたなら嬉しいです。またぜひ来てくださいね」
「「「はーい!!!」」」
図書館でマウントを取れるなんて、これが最後だったかもしれないのに!
美香のやつぅーーー!
「ちなみに、私の一番のお気に入りのカップリングは謙信×信玄です。信玄が最初攻めでいくんだけど、謙信の逆襲にあってヘタレ受けになるの。これ以外は解釈違い。認めませんから。これだけは覚えて帰ってね!」
だからこの人は何を言っているんだ……?




