第12話 大乱闘マウントマスターズ
「お前って何やらせてもダメなんだなwww」
「勉強だけじゃなく遊びもダメなんてどうしようもねぇなwww」
「むしろ逆に何ならできるの?www」
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毎度毎度どうにかならんのか、これ?
当時の俺なら辛酸を舐めさせられ続けていたところだが、今の俺は違う。いったい何ならできるのかって? そんなん言うまでもなく「対園児マウント」に決まってるんだよなぁ……。
今日も今日とてマウンティング。明日も明後日もマウンティング。何を隠そう、俺の座右の銘は「園児にならだいたい勝てる」だ。
というわけで、今日も華麗なマウンティングをキメるために、マウンティングの聖地である幼稚園へと向かうことにしよう。
そう思っていた時、後ろから耳障りな音が聞こえてきた。
「ヅキ、またあんた日曜日なのに幼稚園に行こうとしてるのね。ほんとヅキってバカだわ」
忌々しき我が双子の姉、美香だ。これまでの人生において最もヘイトを溜めている相手であるのは言うまでもない。ここは華麗に言い返して勝利を収めようではないか。
「逆に聞こう。日曜日だからって幼稚園に行く準備をしてはいけないという決まりはない。美香の考えが偏っている証拠じゃないか?」
……決まった。これは素晴らしい返しだ。
「幼稚園に行くのは明日なのに、今から既に園服に着替えている方がマイノリティで偏っていると思うけど?」
……ハイ、俺の負けだ。
やはり俺には言い訳はできない。だからこそ、そういう状況になる前に先手の先手を打っておくのだ。苦手なシチュエーションになりにくいような試合運びをするのもプロの仕事といえよう。
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午前中の時間に朝の敗北についての反省点を色々と考えていたら、家の電話が鳴り響いた。ほどなくして電話をとった親から俺を呼ぶ声が発せられた。
「もしもし、ヅキです」
「おー!! ヅキ元気かー!」
このうるさい声はアイツだ。名前を聞かなくても分かる。
「どうしたんだガッシー、何か用でもあるの?」
彼の名前は澤我塩という。周りからはガッシーと呼ばれている。名前の通り騒がしいやつだが、裏表がなくさっぱりとした性格をしているので周りの園児からの人気も高い。そして彼は昨今の俺のマウンティングに心酔している園児のひとりでもある。
「午後からうちでイケメンとゲームやるんだけど、ヅキも来ない?」
イケメンというのは同じく園児の池照男のことである。ビジュアルだけにとどまらず性格までもがイケメンという、神が二物どころか百物くらいを与えたようなチートマンだ。
最近はガッシーとイケメンの3人で色々遊ぶことが多いなぁと思いつつ、俺は親に外出の可否を問うた。
「大丈夫そうだから、俺も行かせてもらうことにするよ。何時に行けばいい?」
「照男が午後の1時に来るからそれくらいかなぁ」
「了解。俺もそれにあわせて行くよ」
電話を切った俺は、すぐに自室に戻ってマウンティングプランを練る作業へと移行した。
言うまでもないが、友人宅でゲームをするなんていうおあつらえ向きのシチュエーションを逃しているようではプロのマウンターを名乗れない。ここはしっかりと準備をして、どんなゲームが来ても素晴らしいプレイングで勝利を収めるような対応ができるようにしておかないとな。これが対園児マウンティングマスターとしての最低限の仕事だ。
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数時間後、ついに戦いの時がやってきた。例によって5分前行動でガッシーの家のインターホンを押した俺は、脳内で数々のシミュレーションを繰り広げながらガッシーと照男のいる居間へと足を踏み入れた。
開幕早々、ガッシーのけたたましい声が耳を襲ってきた。
「ヅキ! 待ってたぞ!」
相変わらずうるさい。それに対して照男はさわやかな声を俺たちにかける。
「やぁヅキ。今日もたくさん楽しもうね」
これはイケメン。男でも惚れるわ。
おっといけない、ここで流されては台無しだ。プロの仕事は先手先手の行動だ。まずは流れを作るところから始めよう。
「ガッシー、照男、今日は何のゲームをする予定なの?」
すかさずゲームのジャンルを話題に挙げることで、今後の展開を絞っていく戦術だ。
「そうだなー、照男は何かやりたいのあるー?」
「こないだやったアレやらない?」
「あー、あのゲームか! そういえばあの時ヅキはいなかったっけ」
どうやら何をやるかは決まったようだ。
「ヅキは『クラブラ』やったことある?」
ーークラブラとは、某人気格闘ゲーム「大乱闘クラッシュブラザーズ」のことだ。色々なゲームのキャラ同士を操作して戦う王道の人気格闘ゲームである。
「もちろん。それなら俺もやり方知ってるから、それでいくか」
「よし、決まりだな!」
ガッシーが家庭用ゲーム機をテレビに繋ぎ、セットアップを始める。それを待つ間に俺はふたりに話を振った。
「そういえば、その前回やった時ってふたりはどのキャラを使ったの?」
さりげなく得意キャラを聞き出すことで、今後の戦略を練りやすくする作戦だ。
この問いかけに対し、まずはガッシーが答えた。
「俺はあのウサギのやつだったぜ」
あのウサギのやつとは恐らく近接攻撃と機動力が武器のアイツだな。
ガッシーに続けて照男も口を開いた。
「僕は銃で遠くから撃つアイツだよ」
なるほど、長距離狙撃型か。確かあのキャラは狙撃体勢に入ったら動きが遅くなるような仕様だったはずだから、そこを狙わせてもらおうか。
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しばらくして、ガッシーがコントローラーを俺たちに渡してきた。どうやら準備が完了したようだ。
キャラ選択画面では、ふたりとも先ほど言っていたキャラを選択していた。それなら俺はあのキャラを使って完封だな。
カウントダウンののちに開始を告げる音が鳴り、俺たちの戦いが幕を開けた。まずは攻撃をかわしつつ、あいつらがどう立ち回るかを見ていこう。
大方の予想通り、照男が操作する遠距離型のキャラは画面の端の方に距離をとる動きを見せた。当然だが、こういうキャラは近接戦に極端に弱い。そのため、距離をとりつつ遠くから狙撃するような戦い方になっていく。
ガッシーが操作する近距離型のキャラは、ガッシーのように騒がしくガチャガチャと動きながら間合いをはかっているように見える。
このタイプのキャラは抜群の機動力を活かして相手の懐に潜り込み、連打やハメ技で細かく打点を稼いでいく。
……とまぁここまでは俺の手の内だ。そうなることを予想して、俺は中距離型のオールラウンダータイプを選択した。普通はこのタイプのキャラは器用貧乏というか目立った長所がないのであまり好かれないところなのだが、俺はあえてこのキャラに決めた。
まず第一の理由としては、このキャラはふたりも知っているほどあまりにもノーマルで打点がない。だからこそ、ふたりは恐らく「こいつならいつでも勝てる」と思いこませることができるのだ。まずはふたりに適当に争ってもらって、あわよくば片方にはご退場いただく。そして、ふたりの立ち回りを見て、得意なシーンや不得意なシーンを見つけるのだ。
二つ目の理由は、ふたりの仕様キャラが対極すぎるので偏ったキャラだと対応しきれないからである。オールラウンダータイプだからこそ、多少の不利はあれども最低限の対応ができるのだ。
試合は俺の思うように進んでいった。最初に端の方に位置をとったことが仇になった照男が次第にジリ貧になっていき、ガッシーのキャラが得意な連打のコンボに捕まってしまった。これは大勢が決したかな。
ここで俺も動き始めよう。ガッシーが照男にトドメを刺すのに集中しているタイミングで後ろから忍び寄って必殺技のコンボをお見舞いする作戦だ。
そうとも知らずにガッシーは騒がしく照男を煽りながら攻撃を続けている。
「あれあれ~?ww 照男くんもう負けそうだよ~?www」
「くっ、場外に飛ばされない限りはまだ勝機はあるはず!!」
「でももうダメージがかなり溜まっていますよ~?www」
いつかの怪人ガッシーといい、どうしてこいつはこういう小物感のある演技がうまいのだろうか。
「ふふふwww そして最後にこの技を決めたら俺の勝ち……!!」
ここだ! ガッシーが勝ちを確信して照男にトドメを刺そうとする瞬間!
俺は素早くコントローラーを操作して、ガッシーもろとも照男を吹き飛ばした。
「「あっ!!!」」
ふたりの驚いた声が気持ちよく俺の脳内に反響して染み込んでいく。この瞬間がマウンティングの真骨頂だよなぁ……。
「やっぱりヅキには敵わねぇなぁ……」
「まさかあのキャラでまとめてやられるとは思っていなかったよ……」
「ふふふ、俺の作戦通りだな」
こんな俺でも気軽にマウントがとれるなんて、やっぱり対園児マウントは最高だな!
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一息ついたところでガッシーから提案があった。
「このまま負けっぱなしなのも悔しいからさ、今度は別のゲームで対戦しようぜ!」
照男も間髪入れずに同意した。先ほどのがよっぽど悔しかったんだろう。
当然、俺に断る理由はない。マウンティングのエサたちが自ら喰われるために寄ってきてくれているようなものだからな。
より高品質なマウンティングをキメるために、次におこなうゲームもふたりに決めさせることにした。話し合いの結果、どうやら「ぽよぽよ」に決まったらしい。
ーーぽよぽよとは、同じ色の粒を一定数つなげると消えるタイプの落ち物パズルゲームである。
ゲームの準備をしているガッシーがまたしても小物感のある一言を口にした。
「ぽよぽよは照男がめっちゃ上手いんだ! だから今度は負けないぞ!」
いや勝つのお前じゃないんかい。いつの間にかガッシーと照男は共闘関係のようになっているようだ。まぁそれはそれで悪くない。
このゲームは2本先取のルールなので、最初の1本は様子を見つつ取れそうなら取るようなイメージで行くことにしようか。
「それじゃ、始めるぞ!」
ガッシーが開始のボタンを押し、対戦が始まった。彼の盤面を見るに、持ち主の割にはそこまで上手くはなさそうだ。飛んできてもせいぜい3連鎖程度が関の山だろう。
それに対し照男は定型の積み方で順調に組んでいる。ここは俺もある程度しっかりと作りつつ様子見だな。
ここで適当に積んでいたガッシーから2連鎖が飛んできたが、俺も照男も大したダメージはなかった。そのときの照男の対応を見るに、彼は恐らく連鎖は組めるものの状況判断はそこまで上手くないようだった。それなら「潰し」一択だな。
ーー潰しとは、短い連鎖で相手の大連鎖を邪魔する戦法のことだ。こういう相手には滅法強いんだよね。
俺は2連鎖ダブルを用意しつつ、詰める瞬間を待った。しばらくすると、照男が折り返しの構築に移ったがどうにも上手くいっていないようで手間取っていた。
俺はその瞬間に「潰し」を発動し、照男の連鎖を台無しにすることに成功した。
「うわっ!!」
「急にめっちゃ降ってきた!」
戸惑っているガッシーと照男を尻目に、俺は本線の構築を進めた。「潰し」で体勢を崩せたのであとは軽めの火力でトドメを刺すだけだ!
ふたりが降ってきたお邪魔を除去しているうちに俺の3連鎖ダブルが完成。これを刺して1戦目は完勝できた。
無事に1本目を取って一息ついていたら、ガッシーが食い気味に聞いてきた。
「ヅキ! さっきのどうやったんだ?」
「アレは2連鎖ダブルだ。普通の2連鎖だと火力がしょぼいけど、2連鎖目を同時に多く消せるように組めば2連鎖でもあれくらい送れるんだよね」
照男がそれを聞いて納得した声を出した。
「なるほど、そういうことだったのか。次は僕もやってみようかな」
……計画通り!
未知の戦術を教えることによってそっちに意識を向けさせ、ふたりにそれをするように仕向けるんだ。そうすれば次の俺の戦略がバッチリ決まる!
2戦目が開始された。俺の予想通り、ふたりは連鎖の末尾をいつもより多めに組んでいるようだ。なんなら照男の方は見た感じ2連鎖トリプルにしている。学習能力が高いぞ。
ただ、その流れももちろん想定内。俺は左側にGTRと呼ばれる定型を組み、そこの上に高々とタワーを作った。
……分かる方には分かるだろう。そう、この戦術はカウンターだ。先に相手に撃たせた連鎖を1発だけあえて受けてから自分の連鎖を撃ち返すような組み方である。
そうとは知らず、意気揚々と「潰し」を組んでいるふたりに対し、俺は着々とカウンターの火力を伸ばすために連鎖尾を拡張していく。
しばらくして、照男が得意げにこう言った。
「これなら流石のヅキくんでもタダじゃ済まないでしょ? いくよっ!」
序盤に彼が組んでいた2連鎖トリプルが、トリプルどころか2連鎖目が18個くらい同時に消えるようなクレイジーなことになっていた。前知識がないのにデスタワーを組み上げるなんて、こいつ……できる!
照男が作った高火力の2連鎖が飛んできた。俺の盤面にお邪魔が降ってきた音が聞こえると、照男とガッシーはハイタッチをした。
だが、俺の反撃はここからだ。1回目の落下によって、ちょうど連鎖の発火点のところまでお邪魔が溜まっている。ここから俺の本線を発火しはじめた。
大きなダメージを与えたはずの俺の盤面から連鎖ボイスがどんどん聞こえてくるのを聞いて、照男とガッシーは青ざめ始めた。
「えっ、さっきの一発が決まったはずじゃ……」
「アレを耐えるどころか撃ち返すなんてできるのかよ!」
俺が組み上げたカウンター8連鎖が予告のお邪魔を全て相殺し、相手に血の雨を降らせた。完勝である。
「うわぁ!!」
「めっちゃ降ってきた!!」
彼らの断末魔とともに、ゲームが俺の勝利を告げた。
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「やっぱヅキはすげぇなぁ」
ガッシーの意見に照男が同意するのを見て、マウンティングの快感をひしひしと感じている。
ここで照男が俺に聞いてきた。
「そういえば何でヅキはこんなにゲームが上手いの?」
それに対し、適当に濁しながらこう答えた。
「戦略を考えるのが俺の得意分野なのはふたりとも知ってるだろ?」
これを聞いてふたりは納得したようだが、本当の理由はもっと別のところにある。
……「クラッシュブラザーズ」も「ぽよぽよ」も、過去に美香にボロクソになるまでボコボコにされた忌まわしいゲームだからだッ!!!
何とか負けないようにしたくて戦術を学んだり練習したりしたけど、アイツの知能に勝てる日は訪れなかった。
だが、そのくらいの技術でも対園児なら無双できる! それが俺の生きる道ってわけさ!
やっぱり対園児マウンティングは最高だぜ!!




