第10話 本物のヒーローは姿を見せないものさ
遅れてすみません!
「お前がヒーロー? 寝言も大概にしておけよw」
「お前はむしろ守られる有象無象の側だろwww」
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お約束となった酷い目覚めが朝を告げる。きっと俺はこれからもずっとこの現象からは逃れられないんだろうなと心のどこかで諦めている部分があった。
まぁこの園児どもにマウントを取れる環境に身を置けていることに比べたら些細な問題だ。今日も元気にマウントマウントゥ~!!
俺はいつものように幼稚園に向かう準備を始めようと着替え始めたところで、あの耳につく嫌な声が聞こえてきた。
「……あんたやっぱりバカね」
そう、忌々しい我が双子の姉・美香である。こいつは事あるごとに俺を見下し、その余りある知能で俺を蹂躙してきた最悪の人間なのだ。
それは一旦置いておくとして、今の俺ならそこそこはタメが張れるはずだ。この底辺高校生並の知能でぶちのめして差し上げようではないか。
「朝から言うことがそれかよ。相変わらず美香は心が貧弱だなぁ」
「日曜なのに幼稚園に行く準備をしているヅキには言われたくないね」
……あっ。今日は日曜か。長らく園児生活を送っていると曜日感覚がなくなってきて仕方がない。なんたって毎日が日曜日みたいなもんで。
「……こ、これは、いつでも心だけは平日であるような心がけをするためにだな」
「言い訳にしてももっとマシなのがなかったの? これだからヅキはダメなんだよ」
「ぐっ……」
完敗だ。俺は園児に戻ってもこいつに虐げられる生活を送らなければならないのか?
……違う。そんなの間違ってる! 勉強ができないだけで虐げられるのは間違ってる!
だが、現時点でこの局面を打開する妙案が浮かばないのも事実。ここは一旦、戦略的撤退といこう。次の機会は絶対にぶちのめしてやる。覚悟しとけ。
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忌々しい姉のことは一旦忘れよう。今日はせっかくの日曜日だ。気分までネガティブになる必要は一切ない。
日曜は園児がいないからマウンティングチャンスがないけど、だからといってできることがないわけではない。来週の登園時にできそうなマウントネタを仕入れたり、様々なマウンティングシチュエーションを練る脳内練習の時間に充てることができる。これがプロマウンターだからこその意識の高さってものよ。
そういうわけで、今日も俺は周りにアンテナを張って、ネタを仕入れる作業を行うことにした。こういう地道な努力が、将来の素晴らしいマウンティングタイムへとつながるのだ。
ネタ探しには自分の足が一番だ。行動あるのみ。というわけで、まずは自宅のリビングへと向かった。
ドアを開けると、点きっぱなしになっているテレビが目に入ってきた。愉快な音楽と共に、俺もよく食べる人気のお菓子のコマーシャルが流れているようだ。
そのコマーシャルが明けたら、テンションの高い音楽と共にテレビ番組が始まった。日曜の朝にありがちなヒーロー戦隊ものの番組だ。
俺はそれを見て、ふと思った。これは来週のマウントに活かせるのではないか?
俺は、自身のマウンティングネタ帳に「ヒーローもの」とメモをとって、自室に戻った。
ーーー
翌日の月曜日。いつものように登園し、いつものようにマウントチャンスを窺いながら過ごしていた俺の前に、さっそく昨日のリサーチが活かせそうな機会が転がり込んできた。
「なーなー、今日は何して遊ぶよー?」
毎度お馴染みの彼、澤我塩である。思えば最近のマウントチャンスは彼がもたらしてくれる場合が結構多い。少しくらいは感謝してやってもいいと思えてきたな。
ここですかさず俺が一言。
「ヒーローごっことかどうだ?」
それに対し、横から声がかかる。
「いいんじゃない? 面白そう」
スーパーイケメンの池照男だ。最近はいつもこの3人で色々やってる気がする。
「じゃあ私は悪い奴に捕まったお姫様ね!」
どこから聞きつけたのか、腹出照子が現れた。まぁ許容の範囲内だろう。
ただ、唯一の誤算は、この腹出照子の猛烈なプッシュによりヒーロー役が俺でなく池照男になってしまった点だ。当初の予定とは違うが、これもまた一興だろう。逆に、こういう劣勢からも美しいマウンティングにつなげられるのがプロマウンターの仕事だと思う。ここが腕の見せ所だ。
ストーリーの大まかな設定は、
1.ヒロイン役の腹出照子が悪役の澤我塩に攫われる
2.ヒーロー役の池照男が悪役を倒してヒロインを救う
3.めでたしめでたし
といった具合に決まった。
そこで澤我塩から疑問の声が出た。
「あれ、ヅキは何の役やるの?」
そう、この時点で俺の配役はまだ明かされていないのだ。素晴らしいマウントにサプライズはつきものというものだな。
「いい感じに面白くするタイミングで現れて、お話を盛り上げる役だよ。詳しくはやってみれば分かるはずだ」
普通はこんなことを言ったところでブーイングだが、最近の実績を知っている彼らは俺に文句を言うことはなく、むしろ期待を含めた目で見てくれている。
これだよ。これが俺の求めていたマウンティングの最終形なのだ。この形が実りつつあるということは、引き続き良質なマウンティングを繰り返していって園児どもの羨望のまなざしを一手に受けてやるのが大事になる。継続は力なりというやつだな。
「それじゃ、始めようか。まずはガッシーが照子を攫うところからね」
俺の合図とともに劇が始まる。ちなみに言うまでもないがガッシーというのは澤我塩のことである。
「ゲヘヘヘヘヘwwww こいつは俺様が攫っていくぜwwww」
「きゃーーー助けてーーー!!!」
澤我塩と腹出照子による茶番が始まった。思った以上に様になっている。
「待て!! この悪い怪人め!!」
「こ、この声はっ!!!」
ここで、事前に用意しておいた登場曲を流す。先日の怪談の時と同じシステムだが、こういう小細工の積み重ねというのもなかなか効いてくるものである。
この音を聞きつけて、他の園児どもも集まってきた。
「またヅキくんが何か面白そうなことをしてるみたいだよ!」
「見にいこーぜ!」
いい歓声だ。こういうのを待っていたんだ。
ーーー
俺の素晴らしいマウンティングを見せつける相手となるオーディエンスたちが集まってきた。気分はいわばヒーローショーを演じる役者のような感じだ。
さて、ここらでヒーローごっこの続きを進めるとしよう。他の園児が集まってきて面食らっていた澤我塩と、いつものように飄々としている池照男のふたりにアイコンタクトを送った。ふたりがそれに気がついて軽くうなずき返し、ヒーローごっこが再開される。
ヒーロー役の池照男が口を開く。
「お前は怪人ガッシーだな? お前の悪事はこの俺が止めてやるから覚悟しろ!!」
流石は池照男だ。本物のヒーロー番組の役者のように演技が堂々としている。
それを見ている女児どもが黄色い歓声を投げつけているのを腹出照子がジロっと睨みつけているのを目撃した俺は、この年齢でも女同士の勢力争いが激しいことを実感させられた。怖い怖い……。
「お、お前はイケテンジャー!! いつもいつも俺様の邪魔ばっかりしやがって~!!」
澤我塩がいい感じの小物感を演出している。こいつこういう才能もあったのか。
「悪いことをする方がいけないと思うな。そんなやつはこのイケテンジャーが成敗してやる!!」
「今日という今日はこの怪人ガッシー様が勝つのだ!! 覚悟しやがれ!!」
ふたりの戦闘シーンが始まった。お互いに向かい合ったふたりが距離を詰めて取っ組み合いになる。もちろん演技なので本気ではないが、いい感じに気迫が感じられる。観客の園児どもも同じことを感じているのか、ヒーローの応援にも熱が入っているように見える。
あれ、こいつらこういう仕事に就いたらそこそこ人気出そうじゃね?
「むぐぐ……。流石はイケテンジャーだな。この俺様が苦しめられているぞ」
「市民のみんなを守るためなら手を抜かないのが僕の仕事さ」
「こうなったら奥の手だ……。喰らえ! 騒がしビーム!!」
澤我塩がよく分からないポーズを取りながらビームを撃ったようだ。すかさず俺がビーム発射音っぽい音を流すと、園児どもが盛り上がった。
「このビームを浴びると、四六時中騒がしくしないと気が済まなくなってしまうのだ!」
随分と迷惑なビームだな……。
「ぐっ、卑怯だぞ!! あぁっ、身体が勝手にうるさくしてしまう!!」
身体がうるさいってどういう状況だよ。
「ゲヘヘヘヘwww どうだ参ったか!!」
ここで俺が園児どもに向かって声をかける。
「みんな、このままじゃイケテンジャーが負けちゃうよ! みんなで応援してピンチから救おう!」
これを聞いた園児ども(特に女児)が、次々に池照男を応援し始めた。
「頑張れイケテンジャー!!」
「怪人ガッシーなんかに負けるな!!」
「お前なら勝てるぞー!!」
ここで俺が池照男に合図を送ると、彼が軽くうなずいて口を開いた。
「うおぉぉぉぉ!! みんなの応援のおかげで力がみなぎってきたぞ!!」
「何っ?! 俺様の騒がしビームが効いていないだと?!」
「ここからが僕の反撃だ! 必殺・イケイケボンバー!!」
必殺技名もっと良いのなかったのか?
「ぐわあぁぁぁぁぁ!!!」
澤我塩がわざとらしく倒れて、池照男がガッツポーズを見せた。
「正義は勝つ!!」
ここで俺が皆に向かって声をかけた。
「みんなの応援のおかげで悪は倒された! イケテンジャーを応援しているみんながいる限り、この街は平和に包まれるのだ!!」
言い終わるのと同時に勝利BGMっぽい音楽を流し、園児たちの喝采のなか俺たちのヒーローごっこは幕を閉じた。
終わった後も見てた園児どもの高い評価を耳にしたが、普段は前線に出てマウンティングをキメる俺が前に出ていなかったことに疑問を抱く園児がいた。
それを聞いた園児どもがその理由を考えていた時、池照男が園児どもにあることを教えた。
「今日のあのヒーローごっこにヅキくんが出ていなかったのは、アレを盛り上げるために裏方として色々と演出をしてくれていたからだと思うよ」
「「「演出?」」」
「そう。考えてみたらわかると思うけど、ちょいちょい流れてた音楽や効果音は誰がやっていたんだろう。テレビならまだしも、幼稚園のヒーローごっこで音なんて流れないよね」
「「「たしかに!!」」」
「あのヒーローごっこが盛り上がるように色々と見えない工夫をしてくれていたのは間違いなく彼なんだ。目立たない裏方でこういうことができるのって、凄いよね」
池照男マジイケメン。やっぱり周りに気を配れるからあいつはイケてるんだよなぁと思い知らされるばかりだ。
そう思っていたのとほぼ同時に、とある園児が池照男に聞いた。
「池くんはそれによく気がついたね~」
それに対し、池照男は、
「こないだガッシーの家に僕とヅキくんと泊まりに行ったときに怪談大会をやったんだけど、その時にも同じような感じで盛り上げてくれてたんだよね。そのことを思い出したから気が付けたんだ」
そう、今回のマウンティングのポイントのひとつは、先日のお泊り会が伏線になっていることだ。いくら園児だろうと、同じギミックを使えばタネが分かる。それを利用して間接的に評判を高めるのが今回の主要テーマだったのだ。名づけるなら「間接マウンティング」といったところだろうか。
自分がマウントをとって相手に凄さを見せつけるのは俺にとっては簡単だ。だがそのワンパターンでは飽きられてしまうし、次第に慣れてきて凄さを実感できなくなってきてしまう。
こういう時に効果的なのが人からの伝聞だ。人は他者のことを伝える時に良くも悪くも誇張するものだ。つまり、俺の凄さを他のやつに語らせるということはアクセントとして大きな効果を持つ。そう、今回みたいにね。
池照男の話を聞いた園児どもが揃ってこちらを向き、段々と称賛の声は俺に向いてきた。
そうそうこれこれ。たまらないねぇ。運動後の炭酸飲料くらいには爽快感が強いぞ。せっかくだし今度あいつにはお礼に炭酸のジュースでも奢ってやろうかなと思った。
そんな感じに優越感に浸っていた俺の後ろに気配を感じた。振り返ると、我らが担任の砂糖先生がいた。笑ってはいるけど目がキレてる。やべぇ。
「ヅキく~ん、その曲を流してる機械は何かなぁ~?」
……そういえば、ここの幼稚園にはスマホやゲーム機や音楽端末などの機械類の持ち込みは禁止だったなぁ。壊れたらトラブルになるから良くないとかの理由で。
とりあえずここは弁明しないと……。
「……鼻歌です! 機械なんて持ってきていません!!」
「嘘おっしゃい! ちょっと先生と一緒にこっちに来てくださいね~」
そうだ、思い出した。園児になる前からずる賢さには自信があったけど、言い訳だけは苦手だったんだった。これまでの人生で怒られ過ぎたせいで、怒られるとパニックになって頭回らなくなるんだよね……。
砂糖先生に腕を掴まれた俺は、華奢な女性によるものとは思えないほどの強い力で別室に引きずられていった。お説教を喰らうのは間違いなさそうだな。こりゃ参った。
治安を守る本当のヒーローはイケテンジャーでも俺でもなく砂糖先生なんだなと思い知らされながら、俺はこれから襲来するお説教への恐怖に身を震えさせた。




