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第1話 さすがに園児にならマウント取れんだろ

はじまり


第2話を本日20時にも投稿予定です!




「一般常識が著しく欠如しています」

 

 面と向かってとんでもないことを言われる。

 ここは病院だ。目の前には人の心や脳みそのお医者さんがいる。


「ですが、脳機能などには問題は見られません」


 隣にはお母さんがいる。

 なぜこのような場所にいるか? それは、俺の頭の、あまりのデキの悪さに、両親他、周囲の人たちが心配になり、この度お母さんに連れてこられたからだ。


「心理的にも安定しています。特段問題は見られません」


 隣の母は先生の話を真剣に聴いている。

 俺にとってはどうでもいい話なので、この後どうするかを考える。帰り道にちょっとゲーセンにでも寄って帰るかな。前行ったときから1週間経った。そろそろ両替機やマ◯カとかの複数人でやるパーティーゲームの下に小銭が溜まっているだろう。酔っ払った大人がそういうゲームをやって、その台の下に落としたまま帰るのだ。


 よし、これが終わったら帰りにゲーセンに寄って、少し遊んで、家に帰ろう。晩ごはんはなんだろう。なにをリクエストしようかな。


「むしろ、会話する分には、賢い方でもあると思います。なので、ただ単に、学習能力や意欲が低かったり、脳の記憶領域が少ないのでしょう。もしかすると軽度の発達障害の可能性がありますが、テストではその傾向は軽微です。全体的に問題はございません」


 長い先生の話が終わる。少しの間誰も何も話さない。

 俺はとりあえず晩ごはんについて考える。オムライスにしようかな。いや、こないだ食べたからカレーかな。でもハンバーグも良いな。どうしよう。


 黙る二人と考え事をする俺。真剣な3人が醸し出す気まずい空気を破ったのは、少し呆然としたお母さんだ。


「…じゃあ、要するに、うちの子が色々とおかしかったり、勉強ができなかったりするのは、ただの馬鹿だから、ってことですか?」


 ミートソースも……って、お母さん酷すぎない? ただのバカ? そんなわけ無いでしょ。


「言葉のアヤはありますが、端的に言うとそういうことになりますね……」


 え、先生も?本当に俺、馬鹿なだけなの?マジで?


「そんな……じゃあ、この子の勉強のできなさとか、頭とか、治らないってことですか!?」


 いや、頭を治す、って……。お母さんだから酷いよ。流石に。

 

「そうですね、治すも何も、異常自体は見つけられませんでしたから。特段、すべきことはありません。逆に安心していいと思います」


 逆に、ってなんだ。逆に、って。


「そんな、この子、高校生にもなって、九九を間違えるときだってあるのに。因数分解なんて欠片も理解していないし……それが、このままなんて……」


 おい、おい……。

 

「お母様、残念な気持ちもわかりますが、健康だったのです。ひとまずはそのことを喜びましょう」


 おい……。


「……そうですね。手の施しようがないとわかって絶望しましたが、その中には希望、いえ、喜呆もありますよね。なんとか1%の良いところに目を向けたいと思います」


 ……。


「本日はありがとうございました。なにかあれば、またご相談したいと思います」


「……ありがとうございました」


 お母さんに合わせて軽く頭を下げつつ診察室を出る。


「お大事に」


 お大事にってなんだ。異常はなかったんだろ。


「お母さん、病気じゃなかったし、異常も何もなかった。問題なかったね。晩ごはん何にするの? 俺、カレーライスが良い」


 廊下を歩きながらお母さんに声をかける。

 これを聞いたお母さんがチラリとこちらに目を向けてから、ため息をひとつ吐いた。


「はあ……。お母さんにとっては問題がないことが問題よ。これで何も病気が無いっていう方が信じられないわ。今後どうしたら良いのかしら……。はぁ、お姉ちゃんはあんなに賢いのに……」


 まだ言うか。


「まぁまぁ、深く考えても仕方ないって。それより晩ごはんどうするの?」


「はぁ……。そうね、じゃあカレーライスにしようかしら。材料は大体あるし、人参だけ買って帰りましょう」


「やった! カレー!」


 いつの間にか待合室で座っていたので膝を叩いて喜ぶ。


「人参だけなら、手伝わなくても大丈夫かな?ちょっと寄り道してきていい?」


「まあ良いけど……。自分でリクエストしたんだから、夕飯には遅れないでよ」


「もちろん!」


 やった、カレーだ。晩ごはんが楽しみだ。

 その前にお金を回収して、ちょっと遊んで帰ろう。


「鈴木ヅキ様ー」


「はーい」




 自動ドアをくぐって外に出た。風が気持ち良いな。

 ……それにしてもここはバカでかい病院だ。色んな病気を診れるらしい。

 駐輪場に向かい、自転車に乗る。



「じゃあ、また後で!」

「遅くならないでねー」


 病院の敷地を出たあたりで、逆方向に分かれる。

 自転車を漕ぎながら、思う。


 今までの人生、こんなことばかりだった。

 幼稚園の先生には「立川イチの馬鹿」と言われ、小学校の先生には「多摩イチの馬鹿」と言われ、中学校の先生には「東京イチの馬鹿」言われ、今、高校の先生には「日本一の馬鹿」と言われた。

 

「このままでは進学先なんて無い」「名前を書けば受かるようなFラン大学だって名前が書けなくて落ちる」「専門学校だって夢のまた夢」


 三者面談でここまで言われてお母さんも危機感を持ったのだろう。今日ついに病院に連れてこられた。

 実際に、名前も書いてない本当の白紙の答案と落書きだけした答案を見せられたら焦るのが親御心というものかもしれないが、俺にとっては時間の無駄だった。昔から言われ慣れていることでしかなかった。



 大人たちには、「姉は優秀なのに」「なんでお前はこんななのか」「逆に感心する」「お姉さんにすべてを吸われた出涸らし」などと言われてきた。

 

 同年代の友人達には、「お前の姉ちゃんの残滓なのは間違いない」「ヅキ姉とお前、足して2で割ったら普通の人間が出来上がる」「足して2で割ったら普通の人間が出来上がるって、お前の姉ちゃんが凄すぎるのか、お前がやばすぎるのか。いや両方か」「ある意味才能」「まあ、あの、その、さ、まあ、命があってよかったじゃん」などと言われてきた。


 いつも、いつもだ。

 もう慣れた。言われるのは、もう慣れた。

 でも、他人と、姉と比べられて、バカにされて、何も思わないほどは、バカじゃない。

 やはり、ちょっとは、思うことがある。ちょっとは。



 神様は残酷だ。

 どうせこんな風に生まれるなら、何も感じない、何も思わないほどのバカにしてくれれば良かったのに。


 自転車を漕ぎ続ける。

 無い頭を必死に回して、過去を思い出し、考えていたら、沸々と怒りが湧いてきた。


「おおおおおおおお!!!!(小声)」


 ちょっと声を出しながら漕ぐスピードを上げる。周りの迷惑になるようなことはしない。迷惑になると怒られるからね。安全に、スピードを上げる。


 スピードが上がったら、次の信号まで早く着きそうになった。

 まだ赤だ。構わない。そして閃いた。最高のアイデアだ。そのまま漕ぎ続ける。


「うおおおおおおお!!!!(小声)」


 信号手前で止まれるかギリギリくらいで急ブレーキをかける。

 キキッーーー!と甲高い音が響きながら後輪が少し浮き、前輪がアスファルトを切りつける。

 

 見事、自転車は信号手前で急停止に成功した。

 歩道から飛び出るまで3cmといったところか。

 一人チキンレースの最高記録だ。

 

 信号と信号の間が長かったから、久しぶりにやりたくなってしまった。

 距離がないと加速できないからね。

 もちろん、信号無視なんてしない。誰かに見られていたら怒られるからね。ちゃんとルールは守るのさ。偉いだろ。


 ちょっと待っていると信号が青になる。

 ギアが6のままだから、力を込めてペダルを漕ぎ、ゆっくりと進みだす。


 ーーはずだった。

 漕ぎだそうとしたその瞬間、後ろから何者かに掴まれたと同時に声が聞こえてくる。


「キミが鈴木ヅキくんで合ってる?」


 振り返ってみると、ひとりの女性が立っていた。身長はそれほど大きくなく、体型も普通。ヴィジュアルも特にこれといった特徴は見られない一般的な風貌。

 唯一の問題点は、俺がこの人のことを全く知らないことだ。


「えっと、誰ですか?」


「私? 神だけど?」


 不審者だ。警察呼ばねぇと。


「待って! 本当に神なの! だから警察はやめて!」


 ……あれ、警察呼ぼうとすること、今しゃべったっけ?


「私は神だから、しゃべらなくとも心を読むくらいよゆーなのです!」


 嘘だろ? これマジなやつなの?


「だから最初からそう言ってるじゃない!」


ーーーーー


 どうやらこの人、本当に神らしい。それならもっと神っぽい格好でもしてほしいものだ。なんでユ〇クロのジーンズにし〇むらのTシャツなんだよ。

 というか、俺に何の用があってわざわざ来たんだよ。


「あぁ、忘れてた。私が今日来たのはね、キミを転生させるためなんだ」


 ……全く理解できないのは俺がバカだからなのか?


「そうそれ! キミが産まれる時に能力値決めたの私なんだけど、普通に決めるのじゃつまんないよなぁって思っちゃってね、ちょっと出来心で……」


 出来心で何をしたんだよ。


「TRPGみたいにサイコロで適当に決めたのw」


 ふざけんなよ。


「ただ、もともとキミに振り分けられるはずだったステータス総量は既に決まっていて、それをちゃんと使い切らないと上司にバレて怒られちゃうのよ」


 それってまさか……


「そう! 知能を決めた時のサイコロの結果だけが散々で、その分のステータスポイントがめっちゃ余っちゃったから、一緒に産まれる姉に余剰分を上乗せして誤魔化したってわけ」


 だからアイツはめっちゃ知能が高かったのか。


「ごめんねぇ。神対抗ボウリング大会で負けた罰ゲームのせいなのよ~」


 なんだそのヤバそうな大会は。


「そこで本題! キミの知能があまりにもヤバいのが神々の間で問題視されてきてて、人生をやり直すチャンスを与えることに決まったの!」


 だから転生ってわけなのね。


「そういうこと! 一応、本当に転生するかの最終決定権はキミにあるから、どうしたいかを聞きたいんだけど、どう? 転生してみたい?」


 ちなみになんだけど、どこに転生するの?


「場所はこの世界で変わらず。ただ、キミを幼稚園児に戻すの。記憶を引き継いだままね」


 タイムスリップってこと?


「タイムスリップというよりは、時間が巻き戻る感じに近いかな。ただ、出来事はリセットされるから、同じ未来を辿ることはまずないよ。くれぐれも馬券とかで儲けようとは思わないことね」


 はぁ……


「それで、転生したい? どうする?」


 んー、まぁこのまま生きてても特に良いことなさそうだし、どちらかといえば転生したいかなぁ。


「分かった! それじゃちょっと待ってて!」


 そう言うと、自称神はどこかに去っていった。転生させる準備でもあるのか?

 それにしても、突拍子もない話だ。幼稚園児に戻るのか。戻ったら何をしよう?


 ……そうだ、幼稚園児相手なら、俺でも優位に立てるんじゃないか?

 これはずっと虐げられ続けてきた俺に訪れた、またとないチャンス!

 園児相手にマウントをとって、清々しい生活が送れるのではなかろうか!


 そんなことを考えているうちに神が戻ってきた。

 だが何かがおかしい。なんで彼女はトラックの運転席にいるんだ?


「おまたせー! それじゃいくよォ!!」


 何を始めるんだよ。


「いやぁ、久々の転生の儀式だから腕がなるなぁ。いや、使うのは腕ってよりも足かw」


 足?


「足使わないと、トラックが進まないじゃない。ふふふ、大人しくしていなさいねぇw 痛いのは最初だけだからw ウェヒヒww」


 あ、これヤバいやつだ。完全に目がイってる。

 それより、痛いのは最初だけ……? どういうことだ?


「スリー! ツー! ワーン! ゴー!!」


 カウントが終わった瞬間、自称神が思いっきりアクセルを踏み込んだのが見えた。

 分かったぞ。このトラックで俺を撥ねるんだな。うん、転生モノの定番だよな。


 だからって、神が自らトラックで轢くのは違うだろォ!!


 命の危機を感じ、一目散に逃げる。いくら俺でも、あれを座して待つほどバカではない。


「イエェェェェッ!!!!www イヤッッッフゥゥゥゥゥゥッッッ!!!!www」


 意味の分からない奇声をあげながら、神はアクセルベタ踏みで追いかけてくる。


「アヒャヒャヒャwww ウッヒョォwww オヒョwww」


 今まで感じたことのない恐怖を色々な意味で感じながらも必死で逃げる。

 しかし、当然のことだが人間が自動車から逃げ切れる訳もなく……。


「はいw ドーンw」


 そんな声が聞こえるのと同時に、俺の身体が宙を舞い、意識が闇に飲まれていった……。


ーーーーー


 目が覚める。いや、さっきから目は開いていた。だが目が覚めた。意識が覚醒した感覚。さっきまでの自分とは違う自分の感覚。今の自分を確かめる。

 しゃがみ込んで、泥を握っている。小さくてぷにぷにした手。短足の極みの脚。

 周囲を見回す。ふと懐かしい感覚に陥る。俺が通っていた幼稚園だ。その幼稚園の敷地内、隅の方に在る砂場にいる。見回すと園児達が元気に走り回っていた。


 どうやらマジで転生したらしい。

 いや、転生じゃないか。過去の自分に戻ったようだ。

 そして、今は泥団子でも作っている途中だったみたいだ。小さなじょうろがすぐ近くにあり、砂場で手には泥の塊。

 すぐ近くにも数名の男児が手に泥。間違いない。


「ねえ、ヅキ、どうやったらあんな泥団子作れるんだろうね?」


 ああーなんとなく思い出した。

 ていうかさっきまでの俺の記憶が繋がった。

 今話しかけてきたのは澤だ。澤我塩。いつも不真面目でおちゃらけている騒がしいやつだ。

 今朝、こいつが泥団子を持ってきたのだ。幼稚園に。それも自宅から。俺に匹敵するバカだ。

 

 だがその泥団子、もの凄い出来栄えなのだ。

 小学生の我塩の兄が作ったそうなのだが、これが、泥団子なのに泥じゃないのだ。黒曜石でできているんじゃないかと思うほど、黒く光り輝いている謎物質だった。

 

 あまりに泥に見えなくて、他の園児に「嘘だー」と言われた我塩は泣き、「泥かどうか確かめる。石かもしれない」と言って園児たちのリーダー、池照男に泥団子を地面に叩きつけられて割られた我塩は、朝っぱらから大号泣へと進化した。

「うわあああーーー!!お兄ちゃんに殺されるーーー!!!」と泣き叫んでいた我塩は傑作だった。どうやら無断で持ってきたらしい。やっぱりバカだ。


 朝に先生に怒られた俺達は、昼になってから代わりとなる泥団子を作っているのだが、これがどうやっても作れないのだ。あの黒曜石のような泥団子が。


 我塩はだんだんと焦ってきたのか、どうやったら作れるか、しきりに訊いてきていた。

 だが、みんな泥を握っては崩れるに任せるだけで、全然形にできていなかった。

 

 確か、当時は誰も作ることができず、我塩は泥団子を持ち出し、しかも壊したことが兄にバレ、半殺しにされたハズだ。翌日の我塩は腕に大きなひっかき傷を作っていた。「怪我は男の勲章」とか言ってドヤる我塩もこれまた傑作だった。他人の、兄の泥団子を壊してできた傷なのに。


「ガッシー、俺に任せろ」


 焦るガッシーに言って、泥を握り砂場を離れる。


「おい、ヅキ!どこ行くんだよ!」


 こいつがボコされるのを見るのもいいが、ここはこの無知なバカどもにひとつ教えてやろう。なんせ俺は中身は高校生なのだ。こいつらじゃ及びもつかない領域にいるのだ。見た目は子供、頭脳は大人なのだ。バカどもめ。

 ガッシーを無視して、運動場、と言っても幼稚園サイズなのだが、の隅っこに移る。地面が乾いており、白い砂地になっている場所だ。


 そこで、黒い土みたいな砂が濡れてさらに黒くなった、手に握っている泥に白い砂をかけていく。形を球に整えながら、白い砂をかけ、手の中で回す。これをひたすら繰り返す。

 時折息を吹きかけ、表面に付いた砂を飛ばす。

 ものの5分も経たず、泥団子の形が安定してきて、崩れなくなる。固まってきたのだ。


 そのまま表面の水分を飛ばしながら表面のデコボコを砂で埋め、綺麗な表面にしていく。うむ。ほぼ完璧に近い。こちとら高校生なのだ。泥団子のキモは、泥ではなく、砂で乾かすこと。高校生なら知っていて当然の知識だ。


「ヅキくん、なにしてるの?」


 突然、声をかけられる。見やると、謎の少女Aが俺の手元を覗きながら、問いかけてきていた。


「……ッ」


 泥団子つくってるんだよ、と答えようとしてやめる。ちょっと思い出した。こいつはよく俺をバカにしていた女の一人だ。フルネームは思い出せないが、みーちゃんだ。この体では今日も昨日も会ってるからな。特に、小学校に上がって、勉強が始まってからはひどかった。

 数字や漢字を憶えられない俺のことをひたすらバカにしてきていたのだ。

 思い出したら腹がっ立ってきた。が、俺は高校生なのだ。そう、いまや明らかにこんな幼稚園児より賢い。俺がこいつらをバカにする立場なのだ。


「見てわからない? 泥団子つくってるんだよ。ば……」


「ええーーー! 見えない! キレイ! すごい!」


 バカなの? と続ける前に割り込まれる。どうやらすごく興奮した様子。


「なんで!? どうして泥なのに光ってるの!?」


 ほぼ完成に近い泥団子は球に近い形で、黒く光り輝いており、さながら黒曜石のごとく謎の存在感を放っていた。

 ちょっといい気分になるが、忘れてはならない。こいつは俺のことをバカにしてきていたやつなんだ。


「泥団子ってのはこういうもんなんだよ。知らないの? バカなの? ま、俺がすごすぎるおかげで作れるこの完璧な泥団子なら、見たことがないのは仕方ないかもね」


「うえ……でも、あそこでみんなつくってるのはただの泥だもん」


 ちょっと強い言葉を使ったが、意外にも食らいついてくる。というか俺の体が幼児過ぎて、思ったような嫌味感が出ない。クッ……。


「まあね、あいつらはザコだから。俺は違うのさ。泥団子作りのプロなんだよ」


 なんせ頭脳は大人なのだ。泥団子作りのプロを自称しても過言ではない。

 こう言うと、みーちゃんは芋虫を見た幼女のような変な顔をして泥団子作りに苦戦している奴らのいる砂場の方にとてとてと走っていった。……だれが芋虫じゃ。


「みんな! ヅキくんすごいんだよ、見てよ!」


 再び、自身の泥団子の最後の仕上げに取り組んでいると、遠くからみーちゃんの声が聞こえてくる。

 思わず振り返ると、砂場で泥団子も満足に作れないザコどもに俺のところに行くよう促していた。

 

 ぞろぞろとみーちゃんを先頭に男どもがやってくる。みんな手に泥を握り込んでいる。なんか滑稽な見た目だ。

 俺の泥団子が視界に入ったのか、我塩が驚いた顔をしながら走ってくる。


「ヅキ! ちょっと! それ、どうした!?」


 驚きと興奮と疑問で表情を染めた我塩が訊いてくる。


「お前らと違って、俺は泥団子作りのプロだからな」


 ドヤる。バカどもめ、お前らとは違うのだよ、お前らとは。


「すげえ! これでだいじょうぶだ!」


「まじですごいな。どうやるの?」


「おい、おしえろよ!」


 口々に言ってくる男集団。


「ね? すごいでしょー?」


 なぜか偉そうな態度でドヤるみーちゃん。なぜお前がドヤるんだよ。


「まったく、しょうがないな〜。仕方ないから特別に教えてやるよ」


 持っていた泥団子を我塩に手渡し、みんなで砂場に向かう。

 今度はみーちゃんも混ざる。

 

 そこから休み時間の終わりまで、泥団子作りの基本を教えてやった。

 だが、我塩だけは自分でも泥団子を作りたそうにウズウズしながらも、決して俺があげた泥団子を放そうとはせずにただ近くで聞いて、見ているだけだった。

 よほど朝、池に泥団子を地面に叩きつけられて粉々にされたのが懲りたらしい。


 他のみんなはといえば、泥団子の表面を砂で固めつつ丸くしていくということができず、全然丸くないぐちゃぐちゃの泥の塊を握っていたが、多少は要領を覚えていって、あれだけ一切固まらなかった泥が何かしらの形にはなっていた。

 みんな進歩に驚いていた。結局、休み時間の終了でお開きとなったが、初めて形になった泥団子(というよりも泥の塊)を、大事そうに幼稚園の建物の庇の下に並べていた。


ーーー


「じゃあねー」

「さようなら」

「ありがとうございましたー」


 先生や園児に挨拶をして、姉さんとお母さんとともに帰宅する。

 今の俺視点で昨日のお母さんよりもとても若く、驚いた。こんな時期がお母さんにもあったのか。


 俺より前に泥団子作成グループの2人が帰っていったが、2人とも泥団子を大事そうに持て帰っていた。2人とも親に苦笑されつつ。ガキめ。


「美香は今日どうだった?」


 お母さんが姉さんに問いかける。


「今日はねー朝はヅキたちが澤くんを泣かせてて、お昼はちゃんとピーマン食べてね、午後はお絵かきしてたー。後で描いた絵見てー」


「うんうん、見せてね見せてね!……て、ヅキ!あなたまた他の子泣かせたの!?」


「いやいや!俺泣かせてないから!池だから!池が泣かせたの!」


「……そうなの?」


「ね!美香!池が突然ガッシーが持ってきた泥団子を壊したんだよな!?俺なにも悪くないからな!」


「ふーん。見てないから知らない」


「おい!見てないなら適当言うな!ほらね、お母さん、美香適当言ってるだけだから。嘘っぱちだから」


「うーん。まあ、それなら……。でも、ヅキ、他の子にいじわるしちゃだめだからね」


「うんうんしないしない。大丈夫!」


 その後は美香姉が今日憶えたという全ての国名と首都名を諳んじてみてお母さんが凄い凄いと言ったり、男の子10人と腕相撲して全員倒したと言って凄い凄いと言ったり、折り紙で紙細工を作ったら先生に褒められたと言って凄い凄いと言ったり、終始お母さんと美香姉が話しているうちに家に着いた。


 家では晩ごはんのとき以外は部屋に籠もる。普段から自室にいることの方が多かったが、今日はちょっと考えたかったこともある。死んでからの振り返りだ。


 トラックにはねられた。

 で、自称トラックの女神に転生させられた。

 気づいたら幼稚園児で、昔の自分の体だった。

 直前までのこの体の記憶、前の俺が忘れていた記憶は鮮明だった。

 今の所特段誰かにこの体から見て未来の俺と入れ替わっていると気づかれてはいないし、その他なにか問題があるわけではない。


 うーん、と少し考える。

 ま、いいか。

 とりあえず、若返ったと思って楽しもう。

 なんかトラックの女神にバカにされたようで癪に障る部分があるが、今の所どうしようもない。……どうしようもないよな?呼んでみるか。


「おーい女神様ー」


 反応はない。


「おーいトラックの女神ー!」


 少し声を大きくする。


「おーい自称トラックの女神ー!!!」


 元気よく大声を出してみる。

 突如バンッ! 大きな音を立てて扉が開く。


「うっさい! トラックの女神ってなにバカなの死ぬの!?」


 姉の美香が部屋の前から怒鳴ってきた。


「ごめんごめん」


 つい謝ると、ひと睨み利かせた後、またバンッ!と大きな音を立てて扉を閉められた。

 隣の部屋の美香姉まで聞こえてしまったようだ。

 おそらく美香姉が思っているだろう、「頭のおかしい弟」のイメージが強化されてしまったかもしれない。俺はもう高校生なのに。

 

 今日はもうおとなしく過ごそうと思い、家族4人で晩ごはんを食べてからはすぐお母さんとお風呂に入り、お母さんの読み聞かせを聞きながら寝た。

 とてもじゃないが、夜ふかしをできるような感じじゃなかった。あまりにも眠すぎた。子供ってめっちゃ眠くなるわ…。


ーーー


 翌日、再び幼稚園に預けられた。

 ガッシーに昨日の泥団子のすり替えがどうなったか訊こうとしたが、ガッシーの顔を見た瞬間、訊くまでもなくなった。

 顔に青あざを付けていたからだ。


「泥団子が小さいって言われてバレた!めっちゃ怒られた……」


 とは、ガッシー談だ。改めて考えてみれば、そりゃそうだ。小学生のガッシーの兄と、俺の幼稚園児の手とでは、大きさが違う。俺も大きめに泥団子を作らなかった。作りやすいように作った。

 キレイに左目の近くに青あざを付けた我塩の顔はクソ笑えたw


 そして、泥団子のすり替えという目標がなくなったのだが、今幼稚園では空前の泥団子ブームが起きていた。


「ヅキ! どうやったら丸くなるんだ!?」

「ヅキくん、どうやったらそんなに黒光りさせられるの!?」

「おい、その泥団子寄こせよ」


 幼稚園児には、あの見事な球形の黒く光り輝く泥団子が衝撃的だったようだ。

 それもそうだろう。あれを見て心を踊らさない幼稚園児はいない。だれでもできることで、あれだけのものが作れ、あれだけの差が出るのだ。


「ふふっ。お前ら、泥団子に関しては俺のことを師匠と呼べ。でないと教えん」


「ししょう! 教えてくれ!」

「ししょうくん、お願い!」

「ヅキ、いいから寄こせよ」


 オイコラてめえ池、調子のんなよ俺は高校生だぞ。


「いてててて!! わかったわかった池やるから!」


 ちくしょう、体は幼稚園児だった……。こいつ体格そんな変わらないのに力つええんだ。運動神経が違うんだよな、ちくしょうめ。


「よ、よし、お前ら、教えてやるからな。まずは適量の水を……」


 流れるように始まった、自分への転生生活だが、この高校生の知識を活かせば、昔よりもなんだかんだ楽しい生活ができそうだ。

 

 よし!

 死ぬ前はバカにされてきたぶん、今生ではこいつらガキどもをバカにしてマウントを取って、おもしろおかしく生きてやるぜ!



つづく


第2話を本日20時にも投稿予定です!

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