魔法世界の転生者(エトランゼ)〜えっ⁉︎もしかして、僕って強いの⁉︎望んでもいないチート能力で気がつけば成り上がっていました。〜新装版
ある晴れた昼下がり、僕が教室でうたた寝をしていた時の事だった。気が付くと僕は見知らぬ空間にいた。そこは何も無い黒一色の空間で、宇宙のようにも光の届かない海の底のようにも見えた。
「異世界より来し、勇者よ。貴方にこの能力を授けます。」
誰かの声が聞こえた。それは、頭に直接語りかけられている様な不思議な感覚だった。辺りを見回すが姿は見えなかった。
次の瞬間、僕は何故か、中世ヨーロッパ風の石で出来た建物の中にいた。あまりにも突然の出来事だったから、僕は自分の身に何が起こったのかを理解する事が出来ずにしばらくの間(時間にすると二、三分くらいだったと思う。)ぼーっとしていた。
オホン。咳払いに気が付き、前を向くとロールプレイングゲームの世界に出てきそうな中世と近世をごちゃ混ぜにしたような服を着た初老の男性と少女が立っていた。格好からすれば彼らは王族という事になるだろう。しかし、その顔はそれとは程遠い、まるでゴヤのロス・カプリチョスに出てくる人物のような愚鈍そうで醜悪な顔をしていた。
「よくぞ、おいでくださいました。勇者様。」
彼は掠れた声でそう言った。しかし、僕が驚いたのは彼が日本語で話しかけてきたという事であった。見た目は明らかにヨーロッパかアメリカ、ロシア系のようであった。
その時、不意に脳裏に同級生の佐藤啓介の顔が浮かんだ。僕は、これは佐藤が仕掛けたドッキリだなと思った。佐藤は演劇部に所属していた。悪戯が好きな彼ならやりかねない。
「勇者?僕が?」僕は、わざと大袈裟な身振りをしながらそう言った。「冗談だろ?」
「いいえ、貴方は間違いなく勇者様です。」王の隣にいる少女がそう言った。「その服が何よりの証拠です。」少女はそう言って僕の服を指差した。この服は僕の通う中学の標準制服である。この服は男女兼用であった。もし、この服が勇者の証であれば、全在校生三四八人の内、その半分以上が勇者である事になってしまう。いくら佐藤が大雑把な性格とはいえこの設定は無理があるのではないかと僕は思った。
「もう、降参だ。佐藤。さ、種明かしをしてくれ。いるんだろう?」僕が大声でそう言うと少女は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「勇者様はお疲れのようだ。すぐに寝所に案内いたせ。」
彼がそう言うと後ろに控えていた男が僕の前にやって来た。僕は男に案内されるまま寝所へと向かった。
寝所の中央にはヨーロッパの宮殿にありそうな豪華なベッドが置かれていた。シーツは純白で、僕は躊躇なくその中心へと飛び込んだ。
僕は、自分の体がそのままズブズブと深い深い底へと落ちていくような錯覚を覚えながら眠りの中へと落ちていった。
僕が魔王を退治する旅に出たのは翌日の事だった。正直なところ、僕は(言い方は悪いのかもしれないのだが。)この世界が魔王に滅ぼされようがされまいが知ったことではないと思っていた。これは、別に僕が薄情者とかろくでなしとかだからではなく、単に最優先課題がこの世界からの帰還だったから、という訳なのだが、不思議な事に僕はその時、魔王を倒さなければならないと思っている自分が僕の中にいるのを発見した。まるで人知の及ばない存在、或いは全てを見通す未知の存在(人はそれを神と定義するだろう。だが、残念な事に僕は無神論者であるので、そういう風には思えなかった。)に動かされている様な気がしてならなかった。