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九十六回目

 着ていた紫色のスーツに見覚えがあった。これはあの殺人鬼と自殺志願者の凄惨な現場にいたあの男だ。紫のスーツなんて、そんなに着る人はいないだろう。鏡を見て、ぼんやりとしていた記憶が明瞭になり、確信する。

 しかし、この人物については殺人鬼も自殺志願者も追及していなかったから、どういう人物なのかわからない。

 ひとまず、職業やら何やら、理解しておいた方がいいだろう。部屋を漁るか。

 そう思っていたが、インターホンが鳴る。

 客人なんて十中八九私の知らない人だが、大丈夫だろうか。居留守するのも悪いからな。

 少しの逡巡の後、私は玄関を開けた。そして、そこにいた人物に言葉を失う。

「こんにちは、先生」

 その笑顔は、はるかのものだった。今更、誰かと見間違うはずがない。何故、はるかが? しかも、「先生」って……

 はるかの担任? いや、それなら家庭訪問で覚えているはず。うちは家庭教師を雇っていたわけでもないし、塾に通っていたわけでもない。病院や保健室にお世話になるのは私の方が多かったからいくら薄情でも覚えていると思うのだが……

 まあ、私が死んだ後の知り合いなら、私にわからなくても仕方ないが……

「また死んだんですってね、先生の見ていた人」

「……」

 はるかは殺人鬼と自殺志願者のことを知っているらしい。私は眉根が寄るのを感じた。

 また、とは?

「もしかして、先生、忘れちゃったんですか?」

「え」

「そうですよね。先生はただ『見ている』だけでよかったんですもんね」

 じり、とはるかが寄ってくる。不気味で奇妙な笑みを浮かべて。

「スクールカウンセラーって楽なお仕事ですよね。相談されなければ、何もしなくていいんですから」

「!!」

 思い出した……この人、中学のときのスクールカウンセラーの先生だ。顔を覚えていなかったのは、私は遠目でしか見たことがなかったからだ。

 いじめについて、相談しようか、と何度かカウンセリング室に行ったが、私には扉を叩く勇気がなかった。だから……

 はるかは怒っているのか? 一体何のために?

「怒っているの?」

「何を当たり前のことを」

 ふふ、とはるかは告げた。

「だから、死ぬよりひどい地獄を見せてあげようって」

 はるかが慈しみに目を細める。

「許さないわ、なつみ」

 なっ……!?

 やっぱり、私を恨んで……?

 そう気づく頃には、意識に衝撃が与えられて、私はその体から解離していった。

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