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九十五回目

 脳震盪みたいな感覚、だろうか。頭の中をかき回された感覚がして、私は目を開けても尚、自分を知覚することができなかった。

 目が回っているのだろう。転生の衝撃だろうか。でも、今までこんなことはなかった。まあ、何十回とやっているので、そろそろ「私」という核がぐらぐらになっているのかもしれない。核ってなんだ。

 まあ、いい。車酔いみたいなものだろう。むしろよく今までなかったな、と思う。ところでこれ、いつまで続くのだろう。

『もうすぐ終わるよ』

 ……この声、亮太のときに聞いた声だ。なんとなくだが、体の内側、頭の中から語りかけられているような気がする。やはり幻聴なのだろうか。

『あなたはあなたの世界に戻るための旅をしてるの』

 ……私の世界? いや、でも死んでるし……

 頭がひどく痛んでくる。何かを拒絶するように。この声の言っていることに心当たりでもあるのだろうか。まさか。

 私の世界は、私がいじめられていて、屋上から突き落とされた世界。頭から落ちたから、打ち所は完璧に悪かった。死んだと見て間違いない。

 それだけだ。あの世界が私の世界だった。そのはずだ。そのはず……

「早く帰ってきて、なつみ」

 いじめっ子のところで聞いたはるかの言葉。あれに意味なんてあるはずがない。私は死んでいるのだから。死んだら、それで終わりのはずだ。生き返るなんてあり得ない。

『なんで自分が死んだと決めつけてるの?』

 ──え?

 その声に目を見開いたら、そこはもう別の世界だった。また憑依か転生かをしたのだろう。少しくしゃっとなったブランケット。私はベッドではなく、ソファに寝ていたらしい。

 複雑なことを言われた気がするが、どういうことだったのだろう。

「あ、起きたんだ」

 その声に皮膚が粟立つのがわかった。この声は、ついさっき聞いたばかりだ。さっきの殺人鬼。何故こんな親しげなんだ?

 コーヒーの入ったマグカップを置きながら、殺人鬼は微笑む。私はどうしたらいいのかわからないまま、コーヒーの黒い湖面に目を落とした。

「また死ねなかったね」

 今日の天気でも話すみたいに、殺人鬼は私に言った。私は何も返す言葉がない。

 ちょっとした逆行転生みたいなものか。過去の人物に転生する。つまり、殺人鬼と話している今の私の体はあのとき殺されていた何者かなのかもしれない。

 殺人鬼は言っていた。君の望むままに殺した、と。それはつまり、殺された側が死にたがっていた、ということ。その解釈で間違いないらしい。

「君はオーバードーズを試みた。一週間経ったけど、君は目覚めてしまった。また死ぬのに失敗したね」

「……ああ」

 なるほど、この二人はそういう関係なのか。

 死にたい人間と、死を観測する人間。そういう関係なのだ。友人とかそういう親しげな感じは見えてこない。きっと冬の空気のように冷たくて、妙に澄んだ関係なのだ。

「カフェイン中毒死も失敗してるし」

 コーヒーを飲みながらする話題ではない。

「でも首吊りは嫌なんでしょ?」

「嫌っていうか……」

 自然に、私とその人は同調していた。

「自分でけりをつけるなら、綺麗に死にたいじゃん」

 綺麗な死に方なんて、どこにもないような気がするけれど。

 それに本当は気づいていて、諦めた表情をするしかない。私は死にたくて死んだわけじゃないけれど、その人の感情や表情の機微の意味はわかった。

 それを見てなのかなんなのか、突拍子もない提案が飛んでくる。

「いっそ僕が殺してあげようか?」

 その問いかけに、その人は微笑んだ。

「もうそれが、いいのかもしれない」

 その人の死にたいという感情が、私の胸をも満たす。

 毒よりも重い呪いのようなものを飲み下して、その人は口にした。

「私を殺してほしい」

 殺人鬼は笑顔で答える。

「いいよ」

 頬を涙が伝っていた気がしたのは……幻覚だろうか。

 その後、優しい殺人鬼は私を気絶させた。それが最後の会話だった。

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