九十四回目
また憑依だ。
そうわかったのは、一心不乱にナイフを振り下ろし、人だったものをぐちゃぐちゃにしている体が言うことを利かないからだった。何が憎いのか、何が悲しいのか、声にならない叫びを上げながら、ぐちゃり、ぐちゃりと肉片を分断していく。
もうその人の顔も体も原形を留めていなかった。それなのに飽きもせず、飛び散る血も気にせず、そいつは殺しに殺した。一体、誰を殺しているのか、もうわからなかった。
「は、はは……」
ようやく零れた声は異様なまでに乾いた笑いだった。人は感情が壊れるとこうなるのか、と冷静に分析している自分が、人間じみていなくて、恐ろしくなった。
「ころした……ころしてあげたよ……ぜんぶ、きみの、のぞむとおりに……」
男とも女ともつかぬ、中性的な声で、恐ろしい殺人鬼は呟いた。きみ、とは誰のことだろうか。今殺した何者かか、それとも別の誰かか。
そこに、一台の車が到着する。どこともわからない場所で堂々と行われた反抗を車のヘッドライトがやりすぎなくらいに照らした。
車の中から、紫のスーツに身を包んだ男性が出てくる。痛ましげな表情をしていた。
「とうとう、やってしまったか……」
やる予兆があったなら止めろよ、と思いながら、私は男性を見上げた。口がにんまりと笑みを象るのがわかる。
「死にたいって言ってたんだもん」
それは殺していい理由にはならない。けれど、私が宿った体の主は倫理観が大いに欠如しているようで、悪いことなんてなんにもしてない、みたいに振る舞う。
百歩譲って、そこの彼か彼女かもわからない人物が、死にたいと望んでいたとしても、顔も形もわからなくなるほどぐちゃぐちゃにするのはよくない。快楽的殺人を疑う。
「そんなに僕を罰したいなら、僕はこうする」
殺人鬼は自分の首にナイフを当てた。やめなさい、と男性は言ったが……
「僕の命を他人の思い通りになんて、させるものか」
そう残して、彼は首を突き刺した。




