九回目
目を開けた、という感覚はなかったが、眩しいのはわかった。体が動かないが……んー、森の上?
しかし、浮遊している感覚はないし、落下する感覚もない。何より不思議に思ったのは、体が全くといっていいほど動かないこと。腕と思われる部分はちょっとだけ動かせるが、足が動かない。まるでそこに根を張ってでもいるかのように。
……根を張っているかのように?
下を見る。木の葉がさざめき、木々の合間から見えた「足元」は。
がっしりと土を掴んで……根を張っている。
というか下を見て気づいたが、手だと思って動かしていたものは木の枝だった。一本一本動かせるのだが? 紛れもなく今の私は……木だよな?
え、転生先が木ってどういうこと? それならまだロボットとか無機物の方が理解できる。何故に木?
どうにかして、現状というか、世界観を理解できないだろうか。というか、この状態を確認できているわけだから、目があるはずだよね。え、目がある木ってホラーか?
ホラーというには日差しがよすぎる気がするのだが……んー、下を見る方法……
と考えていると、急にぐわっと視界がぐらついた。風が吹いて揺れたのだが……もしかして、葉っぱが目ってこと?
まさかとは思いつつ、私は下の方の葉に集中してみる。
すると、目線が急に変わった。カメラアングルでも変わるかのように。木漏れ日の下の葉に来たらしい。まじで葉っぱが目だったのか。ほぼ三百六十度見渡し放題じゃないか。しかも、上から下まで。
今のところデメリットは自由に動けないことくらいだぞ? といっても、枝は腕を動かす要領で動かせるみたいだが。
木漏れ日の下から見渡した森は不気味などではなく、むしろ幽霊なんて出るはずがないであろう健やかさと爽やかさがある、健全な森である。
人はいないな……どういう世界観かわかればよかったのだが……ん?
他の葉に飛び移って回っていると、私の前に小さな祭壇のようなものが設けられ、供え物がしてあるのが見えた。メモみたいなものも添えてある。
この文字は……見たことがある。創作文字だ。とても遅筆なことで有名な漫画家が唯一仕上げた作品「ラシル・レシル」という作品の創作文字だ。現実には存在しないけれど、規則性を持って作られた文字。これだけ細かい設定を作り込むために遅筆なのだろう、と言われている。
で、何が書かれているかというと、「次代の世界樹さま、今日も世界を見守りください」とな。
うん、世界樹ね。こんなに高性能で意識があって動いて大きい木はそらまあ世界樹だろうな。世界樹であろうとも。……世界樹!?
世界樹と言ったら悠然と佇み、世界を見守る神様的なものを想像するだろう。実際、この「ラシル・レシル」の世界観でも世界樹は神様のような存在で崇められている。
が、奇才の漫画家はその世界樹をぶっ壊すことから漫画を始めたのだ。それはやがて大きな戦争をもたらす。
つまり、この物語が始まるためには私、もとい世界樹は死ななければならない。
死亡確定かよ……と遠い目になると世界中を見渡せる。これも束の間の話ということか。
なんか物語の始まりのために死ぬっていうと、最初のステファニーを思い出すな。物語の始まりのために必要な犠牲とはいえ、切ないな……
これ以外にも、私はこれからも、様々な犠牲を見ていくことになるのだろう。最推しの死も体験したからな。推しじゃなくても、心がきゅってなるんだけどな。
結局、私が宿れるということは生き物なわけじゃない? それがぽんぽん死んでその上に娯楽が成り立っているって考えると、ねえ……
そんなことを言っているうちに、森の端っこが燃え始めた。
直に、この森は業火に晒される。
数多の命を救うために、世界樹はその身を犠牲に、焦がしていく。不思議と熱くはない。
ああ、でも……
これから起こる「戦争」で死ぬ命は、救えないのか……