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八十六回目

 すっと人格が体に馴染むこの感じ、覚えがある。近くのものに憑依したら、こんな感じにすぐ覚醒する。それはカカシから烏に憑依したときに経験済みだ。

 ということはグラスの近くにあったものか、と思って目を開け、気づく。

 私は今、「目を開け」た。つまり、目があり、動かせる生き物だ。ざわりと鳥肌が立つのを感じる。家の中に生き物なんて、動物を飼っていたわけでもなし、しかもグラスがあった近くなんて、二人しかいなかった。

 私の目の前には、はるかがいた。それが答えだった。

「なんで……」

 私は思わず呟いた。はるかは悲しげに笑った。

「それは私の台詞だよ、お母さん。なんでちゃんとなつみと向き合ってくれなかったの? そんなにいらない子だった?」

「違う、違うわ!」

「何が違うの? お母さんは私じゃなくてなつみを選んだ。捨てるのを、ね」

 私はお母さんに捨てられたのか?

 確かに、いらない子だとは言われたけれど……

「私となつみの何が違うっていうの?」

 ……その通りだ。何が違うのだろう。私にもはるかにも、そう違いはないはずだ。年齢くらいだろう。私ははるか以上に頑張っていたはずだから、勉強なら、年齢差なんか関係なかった。

 趣味もほとんど二人で共有していた。解釈違いで喧嘩することもなかった。そもそも何故、そんな私たちを区別していたのだろう?

「私は……」

 お母さんが何を考えていたかわからない。ただ、直前までお母さんに宿っていた思考が、ほどき方がわからなくなるほどぐちゃぐちゃに結ばれたリボンみたいになっているのを感じた。

 ほどき方はきっと、お母さん自身もわからないんだろうな……

「ねえ、お母さん」

 いつの間にか俯いた私の顔を覗き込んでいたはるかと目が合う。

 その目は深い深い底のない闇の沼のように、引き込んでいく。そこに淀む感情は憎しみただ一色のようでいて、他の感情も絡まって、真意が見えないものとなっていた。

 私はその目に恐怖した。何もわからない。

「何を考えてるの? はるか……」

 問いかけると、はるかはにっこり笑った。

「復讐」

 その言葉の直後、後頭部を殴られたような衝撃を受け、私は気を失った。

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