七十一回目
私は舟を漕いでいる。いや、眠い方ではなく。
この舟には、死者が乗る。私がやっているのは死者の魂を冥界に届ける渡し守という仕事だ。どっかの神話で聞いたことがある。
死者の魂に触れなければならない、穢れた仕事だとも、聞いたことがある。
「あっちの岸に、あっちの岸に戻してくだせえ!!」
お爺さんの魂が、私の手から櫂を奪おうとする。私はひょいひょいとかわしながら漕いだ。まあ、櫂を取られたところで、初心者にこの舟は操れない。だが、ややこしいことになるのは面倒だ。
「まだ孫の顔も見てないのに殺すだなんて」
「……は?」
私の渡し守としての姿は飄々としたイケメンなのに、ものすごく目付きが悪い。この三白眼で睨まれた者は一旦怯む。
孫の顔も見てないだなんて、そんなことでいちいち喚かないでほしい、というのが本音だ。私は孫どころか大人にすらなっていないうちに死んだのだ。親の気持ちを味わえただけで充分だろうと切って捨てられる。まあ、転生話を信じてもらえるならだが。
と、漕いでいると、舟が軋んだ。
まるで重みに耐え兼ねるように。
見ると、話を聞きもしない私にお怒りの様子のご老人たちが、怨念となって、質量を持ち始めていた。
「人の心がわからぬ渡し守め! 卑しいやつめ!! 地獄にでも行ってしまえ!!」
「いいんですか? 渡し守をなくすと、この舟は永遠にどこの岸にも辿り着けませんが」
「知るか!!」
卑しいのはどちらだろう。そうまでして生に執着して、往生際が悪い。
あれ、と川に突き落とされながら思った。
それなら、私は……
──生きたくなかったの?




