六十二回目
「邪魔なんだよ、ガキ!!」
男に蹴り飛ばされる。痛い、というのはもう慣れた感情だった。心を引っ掻かれるのに比べれば、辛くもなんともない。
私の転生先は孤児だった。名前もない役処。何の世界観なのかはよくわからないが。
たぶん、そんなにいい世界ではない。
そこへ薄気味の悪い笑顔を仮面のように貼りつけた男が現れる。しかも、こっちに向かってくる。私はそいつを知っていた。
ここは「月の微睡み」という世界観の中だ。月の仮面伯爵、というのがこいつの名前である。表面上は孤児に手を差し伸べる紳士。けれど、その裏では、月をこの世から消して、夜を閉ざす、という異様な目的が動いていた。
「君」
私は無視した。月がなくなれば、何を頼りに夜道を歩けばいいのか。こいつとその裏にいるやつらの思想に従うつもりはない。
「美味しい食事が食べたくないかい?」
石ころでも、齧れば、気は紛れる。
「温かいスープがあるよ」
泥水で充分だ。
「お友達もたくさんいる」
そんなもの、いらない。
「他人なんて、この世で一番信用ならないものだ」
思わず、素で話してしまった。出た言葉は返らない。が、男は三日月のように弓なりになった口元を更に歪めて、閑散としたその場で拍手わした。称賛の拍手だ。
「いやぁ、言葉もわからないと心配したよ。けれど違ったね。君はむしろ賢い」
「何? 褒めれば靡くとでも?」
「とんでもない!」
男は私に手を翳した。
「非常に残念だ。君のような知恵者とは議論を交わしたいものだが、危険因子は片付けなくては」
ふっと目の前が真っ暗になり、それで、命が終わったのかもわからないまま、私はその世界を後にすることとなった。




