五十二回目
料理人の朝は早い。
まず、昨夜のうちにしておいた朝食の仕込みを仕上げる。ベストなタイミングで出せるように、時間を見ながらやる。もちろん冷めても美味しいが、できたてをいただくのが一番である。
そのための努力は惜しまない。朝五時起きすら遅いと感じる。三時くらいにはもう朝は始まっているのだ。
煮物系の料理はまめに火を入れる。火を入れては消す作業は一見意味がないように見えるが、具材に味を通すための基本的な作業だ。二日目のカレーが美味しいのと同じである。
……と、語っている私は料理初心者なのだけどね。目が覚めたらコックだったんだよ。住み込みの。
コックのアドルフの日記帳をぱたんと置く。この世界観も当然知っていた。日記帳の内容は読まなくても頭の中に入っている。
これはフリーホラーゲーム「始まりの館」のスピンオフ「幸せの料理帳」だ。「幸せの料理帳」の方はホラー要素はそれほどでもないのだが、「始まりの館」の前日譚なだけはあり、そこそこに怖い。
主人公はコックのアドルフ。ラーンシェイド家という貴族に仕える料理長だ。
彼はある日、ラーンシェイドの当主の弟、ジェーンに謎のレシピを渡され、それを完成させてくれ、と頼まれる。それが何を引き起こすかも知らずに。
朝の仕込みと昼の準備はもう万端である。今夜はルーン坊っちゃんの好きなシチューにしよう、なんて、アドルフは考えていたっけ。
そのシェフの最後の料理を口にしたものは誰もいない。
厨房に行き、その片隅で、ジェーンから渡されたレシピのものを作る。正直、見た目はグロテスクなので、料理人としてはあまり作りたくない部類のものだ、とアドルフは語っていた。ジェーンの命令でなければ、作っていなかっただろう。
これを煮込めば終わりが来る。ぐつぐつと音がしてきたところで、私は衝撃的な事件に遭う。
鍋の中から触手が生えてきて、にゅるにゅるとした手で私を捉えた。ぞくぞくと背筋に悪寒が走り、じわじわと体が侵食されていくのがわかる。
やっぱり見るのと実際になるのとではおぞましさが違う。触手に飲まれながら、そう実感した。




