四回目
「……さん! ……アさん!!」
んゆ? 誰かに呼ばれている気がする。聞いたことのある声。
とりあえず誰だろうとか考えるより先に起きた方がよさそうだ。激しく揺さぶられている。
「ん……眩し……」
「そりゃ昼ですもの! エミリアさんったら本当どこでも寝ますよね……」
眩しい太陽の光と共に目に入ってきたのはとても現実の人物とは思えない水色の髪の少女。髪は短く揃えられていて、端麗だが少し童顔である。ただ、人間めいていないのは髪色だけではない。耳が尖っている。まあ、エルフというやつだ。この女の子を私は知っていた。
「リーネ、ルディは?」
エルフのリーネ。弓使い。エルフの森の長の孫で、童顔だが、エミリアより遥かに年上である。ただし、年齢と童顔に触れてはいけない。
「ルディなら珍しく、クラウスと一緒に偵察に行きましたよ」
「ほう、そりゃ珍しい」
ルディ。冒険者だ。戦士タイプで、剣を使って戦う。ちなみに渾名はスタミナ馬鹿。とにかく阿呆くらい体力がある。
クラウス。暗殺者。今は暗い仕事はしていないが、ルディたちと出会うまでは闇稼業をしており、二つ名は烏殺し。自分がやった証拠に黒い羽根を置いていくことからついた。烏は殺してないし、何なら動物好きである。
で、私はどうやらエミリアらしい。昼寝好きの魔術師である。
これはおそらく、人気RPGがアニメ化した「軌跡の牢獄」である。この世界アカウントリーから出られなくされ、世界を滅ぼされそうになる中、魔王と戦い、世界を解放し、この国を救うための物語である。
ほわー、と欠伸が出る。肌身離さず持っている魔道書は重い。だが、所詮は本である。妊婦経験済みの私には大したことない。
さて、「軌跡の牢獄」のエミリアだが……やはり死ぬ。
魔術師って重要じゃね? って思うだろうけど、実は魔王には魔法が効かなくて、エミリアの役割は専らヒーラーなのだが、その役割は魔力タンクであるエルフのリーネでも十二分に果たせるのだ。エミリアの存在意義とは。
まあ、エミリアは道中活躍するし、呑気な自由人だが、最終的には閉鎖されたアカウントリーの結界を解くという重要な役割を果たす。だがそれは討ち死にのような形になる。
アカウントリーの各所に結界の核となる石のようなものが散らばっているのだが、それらの核を全て破壊しただけでは結界は解けず、コントロールと魔力の源を握る魔王と相対さなければ、完全に解くことができないというこの上なく面倒くさいシステムなのである。
それを解くのが何故人間のエミリアかというと、魔王の使用する魔法のシステムがエルフの使う魔法とは異なるから。一応最初はリーネも色々試したのだが、駄目だった。そこで、様々な魔法を研究するエミリアが魔法を分析、コントロール権を奪うために核の欠片たちに常に自分の魔力を送っている。
眠いのは、魔王の魔力と戦いながら普通の戦闘もこなしているからだ。エミリアは人間としては魔力に恵まれた方だが、エルフのリーネのようにタンクレベルではない。
魔力回復は睡眠により、行われる。まあ、冒険を始める前から、エミリアはよくうたた寝をすることで有名だったので、アニメ版で明かされるまでは誰も知らなかった話だ。
それにしても眠い。さっきまで寝てたのに。
ええとここは……森だが、意味ありげな洞窟が二つ空いている。見上げると頂点が怪しげな雲に覆われた山。まごうことなき、魔王の根城である。
そういえばアニメ版では、ルディとクラウスがどちらの洞窟が正解か偵察に行くんだったな。
「うーん、ルディとクラウス遅いねえ」
「そうですね」
そんなに待っていないのかもしれないが、待つ身は遅く感じるものだ。リーネも不安そうだし。まあ、こいつ、魔力ゴリラだから大丈夫だけどね。あと弓のクリティカル率の高さヤバいから。
「どれどれ」
「エミリアさん?」
洞窟に近づいて、手を当てる。一回やってみたかった、エミリアの魔力探知能力。
「うーん、この二つ共、同じところに繋がってるみたいだねえ。二人仲良く迷子にでもなったんか?」
「二人の魔力は?」
「奥に行ったのかわからない。近くにはいないね。まあ、クラウスが隠蔽スキル使ってたら私もわからんのだが」
どうしましょう? と途方に暮れるリーネ。清楚で可愛い系のリーネは男子の間で人気だったが、女子にはさばさば系のエミリアが人気を泊した。
かくいう私も大好きなので、あの名シーンをやれるのはとても嬉しい。
「アクトルージェ、フェアル!」
魔道書が箒に変わる。突然のことにリーネがびっくりしているが、魔道書を変化させたのはこの冒険の最中何度もあったんだから慣れろよ。
「さ、リーネ、乗って」
「え」
「行くわよ」
「わわ、エミリアさん!?」
「飛ばせ!!」
リーネを乗せた箒がエンジンでもつけたかのようなスピードで飛び始める。片方の洞窟に入った。
「ちょちょ、エミリアさん、敵が出てきたら」
「シルダーで吹き飛ばせるわ!」
「二人が一緒とは」
「道は繋がっているんだから問題ないわ」
フウウウウウウウーーーーーッ! 上がってきたね。エミリア最大の見せ場だよ。今まで特に見せ場なく死んでたから気持ちいいわ。
奥に行くと二人を発見。やはり合流していたらしい。
「エミリア!? リーネ!?」
「お待たせー」
「偵察とは一体……」
ルディとクラウスが各々エミリアに呆れる。が、役者が揃ったことは確か。
死にたくないけど、結界の核を持っている以上逃れられない、魔王との対面。
そこには意味ありげな魔法陣が意味ありげに光っていた。来いということだろう。
「上に魔王がいるわ」
「だが、登れそうなところは」
「そしてそこの魔法陣は転移魔法よ」
「うおう……」
誰からも異議の声は上がらず、魔法陣へ。
四人揃うと、ぶわっと景色が揺れる。
黒マントの異形が玉座に座っていた。欠片が震える。私は魔力で欠片の暴走を抑えた。ごっそり体力が持っていかれたが。
「お前が魔王か」
「いかにも。貴様らが忌々しい冒険者共は。核を壊しおって」
どん、と錫杖のようなものを突き、魔王が立ち上がる。
「我輩が直々に死の世界へ送ってやろうぞ」
「そう簡単にはいかない!」
ラスボスバトルだ。試しに魔法を撃つがやはり効かない。しかも攻撃食らった。
「かはっ」
「エミリア!」
「まずは欠片を返してもらおうか」
知れず、私の口から不敵な笑みが零れた。
「死んでもやるか……」
「愚かな……」
もう一撃食らう。だが、それはエミリアの戦略。
魔王の魔力を取り込むことで、一時的に魔王の魔力を使い、結界を解く。
ただ、エミリアの体はそう長く保ちそうにないが……
『愚かな……お前と同じことをより安全にこなせるやつが横にいるというのに……』
……え?
今のは、魔王の声? 横にいるやつってまさかリーネ?
疑問を口にするより先に限界が来た。
結界が解け、エミリアの体は命が尽きる。
リーネを見た。
『これでクラウスは私を見てくれる……』
脳内に、魔王と同調したためか聞こえてくる心の声。
無邪気に語らっていた、カップリングの話を思い出す。
「公式はルディリーとクラエミだよねー」
「カップリング尊すぎる……」
「でもエミリア死んじゃうんだよね。クラウスのこと、誰が慰めてあげるんだろ……」
つまり私は、
何も知らないのに、一人の女の愛憎によって死んだ。