三十九回目
「先生、先生、目を覚まして」
「お願い、目を開けて」
誰かが私にそう訴えかけてきた気がして、私はずきんと痛む頭を持ち上げた。
すると、辺りは灯りのついていないオフィスだった。アルコールの独特な臭いが漂っているところを見ると、サラリーマンではないだろう。会社で酒盛りなんて言語道断だ。それはブラックだろうがホワイトだろうが、当たり前の話である。
ということは、ここは病院だろう。見ると私は白衣を着ているので、「先生」というのは医者という認識で間違いないだろう。
けれど、先程呼び掛けてきた少女の声の主を探したが、見当たらない。電気もつけていない部屋の中で、私は一人、机に伏せて寝ていたようだが、他に誰もいない。幻聴だったのだろうか。それとも、夢? 夜の病院というと、幽霊という可能性もよぎって、あまりいい予感はしない。
ネックストラップから下がっている私のネームプレートには「伊賀崎舞」と書いてあった。顔写真も貼られている。温和そうな印象の黒髪の先生だ。見たことがある。
確か、「氷点下で眠る病院」というホラー探索アドベンチャーゲームの主人公先生だ。
現代的な世界観なのに、ファンタジー要素がちょろっと入っていて、心地のよい作品だったことを覚えている。あまり内容は覚えていないのだが。プレイしたの何年も前だからな。
記憶を頼りに探索を開始する。机に揃えられたカルテには、一人の少女のものが一番上にあった。「茅崎道留」という少女のものだ。ざっくり目を通すと、彼女は肺の病を患っており、喘息の発作が絶えない。更に過呼吸にもなりやすく、安眠ができないことに悩んでいた。
精神病院を勧めようかとも思ったが、喘息の薬、肺機能補助の薬で安定したら、過呼吸の発作もよくなるのでは、という考えから、日々治療に努めている。
伊賀崎は彼女の担当医だ。そして先程呼び掛けてきた声はお察しの通り、道留のものだ。道留により、伊賀崎は異空間となった病院を探索し、道留との関係を見直していく。これが通称「こごねむ」のストーリーである。
よく覚えていないから、資料を見つけ、道留を探し、捕まえていく。夢遊病の患者の生き霊にぶつかるとSAN値が下がるので慎重に。
「ふふふ、先生、こっちだよ」
追いかけっこを楽しむような少女の声に導かれ、追いかけていくが、彼女の姿は見当たらない。
おそらく探索を全て終えた頃、彼女の病室に行くと、彼女はにっこり笑って月明かりの射す窓の傍に立っていた。
「先生、やっと来てくれた」
「ナースコールで呼べばいいのに」
「だって、これは夢だもの。私の描いた幻想」
すると、夢から覚めればいいのだろうか。
夢から覚めるためには……と私は彼女のベッドに身を委ねた。
更に深い眠りへ、誘われるように。




