三十五回目
ふわりと甘く強い香りがしたため、私はゆらりと目を開けた。
そこに広がっていたのは、血を流して倒れる生気のない女性。出血が少ないが、床に血の染みた跡が見られる。
え、起きた途端に殺人事件!? 冗談はよし子ちゃん。
というか、さっきから血の鉄錆臭い匂いではなく、香水のような甘い匂いが空間を満たしているのだが……あまりにも心地よくて、蕩けてしまいそうだ。
女性の方から匂いがするのだが、強い香水でもつけているのだろうか? いやいや、死にかけだぞ?
さて、どうしたものか。どういう世界観かわからないが、このまま放置したら女性は死んでしまうだろう。けれど、辺りに人の気配はないし……
こういうときはまず意識の有無を確認するって学校の先生が言っていた。
「もしもーし、聞こえますか?」
「ん……」
あっ、よかった、微かに息が……って、やっぱり甘い匂いは女の人からする。
次は呼吸確認。息は……細いがある。気道確保だったよな、次って。
そこでふと、女の人を見る。死にかけで生気がなくて血を流しているはずなのに、とても魅了される。香水のような匂いも、こちらを誘っているような。
私は無意識に彼女の首筋に唇を寄せていた。いや、私百合っ気はないはずなんだけど、何故だろう、「欲しい」という気持ちが溢れて止まらない。
がじ、と犬歯を首筋に突き立てると、甘美な液体が口内を満たす。ああ、なんて幸せな心地なのだろう……
……って、待て待て待て!! 人間じゃないじゃん、私!! 吸血鬼じゃん!!
これが世に言う賢者モードというやつか、と正気に戻った私。別な知り方をしたかった。いかがわしいことをしたつもりじゃないんだけど、めっちゃいかがわしかったね!
しかし、吸血鬼には血が香水みたいな匂いに感じるんだね。初めて知ったよ。
と、呑気に考えていると、下腹部を殴られた。すっごい痛い。
「正体を現したわね」
女の人起きてたんかーい。
というか、銀の指輪が武器みたいで殴られると痛いぞ。吸血鬼の弱点だっけ。
あったなぁ。ハロウィン特番で、吸血鬼や狼男などを退治する退魔師の話。この人その主人公だわ。目を瞑ってたし、指輪隠してたからわからなかったよ。
逃げなきゃいけないのだが、銀によるダメージがでかい。それに、血の芳香が頭をぼんやりさせる。
……そうだ、番組名は「撲殺ハロウィーン」だった。
それが、この世界での最後の思考だった。




