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三十二回目

 そこは雑多な感じの洞穴だった。体を確認すると、人の形をしているのがわかった。うん、なんか安心。

 しかし、洞穴じゃなくて、屋根と壁がある一般住宅がよかったなぁ、と思った。まあ、これは欲張りな話だろう。

 ではここはどういう世界なのだろう、と思って洞穴から出ると、小さな影がこちらに向かってとてとてと歩いてくるのが見えた。

 背丈は今の私の体だと腰くらいなので、決して高くはない。子どもだ。切り揃えられた、とは思えないくしゃくしゃの銀髪をしている。目は黄金色をしており、澄んでいて綺麗だ。

 私は彼の名前を知っていた。

「ウィル……」

「クロウドさん、おはよう!」

 元気な挨拶を返してきた男の子の名前はウィル。近くの村からやってきた冒険をする子どもである。

 何故単刀直入に「冒険者」と言わないかというと、実はウィル……「小さな勇者ウィル」の主人公ウィルは「勇者」という体で村から口減らしで追い出されたのだ。当然、ウィルはそんなことは知らない。相当ヨイショされたのだろう、「勇者」として胸を張って生きている。

 で、「クロウド」と呼ばれた私だが、察した。

 クロウドは狼男である。月を見ると上半身が狼になり、尻尾も生える。この世界では別に満月でなくともいいらしい。

 この世界は人間と人外が共に暮らす世界。けれど「共に」というのはあくまで「同じ世界に存在する」という意味だけで、仲は良くない。まあ、ウィルの肩書きとなった「勇者」という言葉からもお察しだろう。人間は人外を排除しようとしている。

 人外は人外の王がいて、種族により人間を襲う凶暴な者もいれば、不干渉を貫く者もいる。

 人外たち全般を統括する王がいて、その王を人間は魔王と呼ぶ。今代まで人間との争いがあったり、殺戮があったりしたが、今の人外の王は不干渉というか、人間に興味がない。

 そのため、平和なのだが、新たな魔王が現れるたび、人間は勇者を仕立て上げる。それが今回はウィルだったわけだ。

 これは絵本の世界なのだが、ウィルの物語は世界的に評価され、マスコミに取り上げられるほどの話題性を生み、作者が訥々と綴った設定集が発売されるなど、かなりの人気となった。

 ウィルが村を出て最初に出会うのが、クロウドである。クロウドは月さえ見なければ、普通の人間と見た目が変わらないので、今のところウィルには狼男だと気づかれていない。

 武器も防具も何も持たずにただただ人外の世界に放り出された男の子を気の優しいクロウドは放っておけなかった。だから、小屋を貸し、一人で生活できるように面倒を見ている。

 ──けれど、ほのぼのとした生活も長くは続かない。クロウドは薪を拾いに行ったウィルが熊に襲われているところを庇って死ぬ。

 心を通わせ合った者なら、形がどうあれ、別れには涙が零れる、という美しいキャッチフレーズで紹介されていた。映像化の話も出たが、ついぞ私は見ることがなかった。

 ──強くなれよ。

 最後にクロウドが狼男の姿で言う台詞。胸に染みる。私もそういう言葉が欲しかったからだろうな。それを自分で言うのは不思議な気持ちだけれど。

「クロウド?」

「ん、ウィル、どうかしたか?」

 あのねあのね、とウィルが嬉々として話し始める。うさぎを見かけたとか、綺麗などんぐりが落ちていたとか、微笑ましい話ばかりだ。

 それから、川に出かけて魚を獲りに行った。ウィルは釣竿で、クロウドは川に直接入り、素手で獲るワイルドスタイル。

 クロウドすごい、とか言いながら、ウィルは小魚をバケツに入れていく。

「焚き火して焼くか」

「美味しそう」

 ウィルがにこにこと木々の方に向かって歩き出す。

「じゃあ、薪拾ってくるね」

 ん、これは……

「一緒に行くよ」

「お魚さん盗られないようにクロウドは見張ってて」

 ウィルはとても聡明な子だ。短い期間だけれど、クロウドと共に過ごしたことで、自分の弱さを知った。だから、獲物の取り合いは自分には向かないと判断したのだ。

 そのことに何も言えないでいると、ウィルは行ってしまった。

 危険度で言えば、川の傍も林の中もそう変わらない。

 でも、これが物語の通りなら、ウィルは熊に襲われる。それを知っているのに放置することは……私にはできなかった。

 クロウドのテリトリーである洞穴に魚を置いて、ウィルを探す。あんな小さな子を放ってはおけない。あんな純朴な子を死なせたくない。

 日が傾いていたと思ったら、もう夜空が姿を見せていた。狼男であることをクロウドはウィルに隠しているが、それを構っている場合ではない。

 見つけたウィルは、熊と対峙していた。下手に逃げようとしなかったのが幸いして、まだ怪我などはない。

「ウィル!」

「?」

 ウィルはこちらを見て、目を見開く。それもそうだろう。月明かりに照らされたクロウドは狼男になっていただろうから。

 私はかまわず、同じくらいのがたいの熊に飛びかかった。ウィルが怪我をしないようにしながら、熊と戦う。

 自分の体じゃないことにはだいぶ慣れてきた。けれど、戦闘経験は今までいたクロウドの方があるのだろうけれど。

「ウィル、逃げろ」

「クロ……ウド……?」

 ぼろぼろになりながら、ウィルを逃がそうと戦う。熊も爪で引っ掻かれて、だいぶ怯んできた。

 クロウドは吠えた。威嚇の雄叫びだ。熊がびくん、となって、その隙に突き飛ばすと逃げていく。

 それを見届けて、地面に崩れた。

「クロウド!!」

「ウィル……いたのか」

「クロウド、怪我してる」

「人外だから倒そうというわけではないんだな」

「クロウドは友達だもん!! 人外とか関係ないよ。それだったら、なんでぼくが人間とわかっていたのに食べなかったの?」

 それは、ウィルが心優しい男の子だったからだ。

 人外とわかってさえ、クロウドのことを「友達」と呼ぶウィルは優しい。

 だから、本当に勇者になるなら、ウィルのような子がいい。そう思うのはクロウドもだが、私も同じだ。

 優しい友達は、私も欲しかった。

 ウィルの頭を撫で、呟く。

「強くなれよ」

 そうなれなかった、私の分まで。

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