十三回目
「お兄さま、カロンお兄さま」
女の子の声がした。「お兄さま」ということは私は男か、と思ったのだが……
目を開けると銀髪が目映い紫色の目の超絶美少女がいた。飛び上がるかと思った。
「イリス……」
私は彼女の名前を呟いていた。
彼女の名前はイリス。白い翼を持つ天使である。私の今のこの体、カロンの双子の妹である。
イリスとカロンといえば、有名なボカロ曲の「イカロスの天使」の登場人物だ。イカ天とかネタで呼ばれていたが、その呼称考えた天才に会いたい。
話が逸れた。美味しそうな通称をつけられたイカ天は蝋の翼で太陽に向かおうとしたイカロスが、もしも蝋が溶けることに気づいて、飛ばなかったら、という構想の下に作られた。
蝋の翼で天に向かおうなどとおこがましいこと、と思ったイカロスが作った翼を神に捧げ、それに感心した神が、その翼から二人の天使を生み出した。それがイリスとカロンである。
カロンとイリスには、貧困や周囲の環境などで苦しむ人々を救う役目が与えられており、カロンが地上でそういう人を掬い、天への渡し守をして、イリスがその人の次の人生を希望へ導く役割を担う。
人生に救いのない人々はカロンを歓迎した。まあ、そういう人が「自死」を選ぶ前に、来世の幸せを約束する存在なのだから、嬉しいことだろう。実在するなら私のところにも来てほしかったが、私は自死するほどではないからな……
というか、そのカロンになっているのだが。
イリスと共に見ていた鏡面石板に目を落とす。その石板は地上のとある兄弟を映していた。
差別されている子どもたち。けれど、人は身勝手に彼らを戦争という死地へ赴かせようとしている。今回はそれを防ぐための渡し守だ。
いや、本当歌詞通りだな。
「じゃあ、行ってくるよ、イリス」
「はい、お待ちしております、カロンお兄さま」
下界に降りる。神が天使として作るとき、イカロスの蝋の翼を本物の翼にしてもらった。だから飛ぶのは楽しいとカロンは感じていたようだが、空なんて飛べたって……
いぃぃぃーーーーーやっほぉぉーーーーっ! 空を飛ぶって気持ちいい!!
エミリアのときも思ったが、私飛ぶの好きかもしれない。なんだろう。普通の人間じゃ体験できないからね。最高。
まあ、カロンはボカロ曲で人気キャラなので、キャラ崩壊は自重しよう。
とん、と目立たぬ路地裏に降り立ち、歩を進める。
薄暗い家と呼べるのか怪しいところに彼らはいた。
「こんにちは。君たちを救いに来たわたしも……っ!?」
左の翼を射抜かれて、心臓を貫かれたような痛みが襲いかかる。「ような」ではなく、カロンにとって左の翼は心臓そのものと言っていい。
至近距離で射たのは兄弟のうちの弟の方。
「ぼくから、兄ちゃんまで奪うな……!」
涙をいっぱいに溜めた姿は憐れだった。
せっかくの救いの手を払いのけるなんて。しかも、兄弟のために。
お姉ちゃん……
やはり、姉は私を愛してなどいなかったのだろうか。
カロンとして砕けながら、最初に死んだときのことを思い出す。
いいお姉ちゃんを演じるための道具にされていたのだろうか。
この弟も唯一の救いと思い込まされていたのだろうか、兄のことを。
まあ、それは知ったことではない。このあと、イリスが天から堕ちてきて、カロンを殺し、自分たちの存在を否定する人間を滅ぼそうと憎しみの毒霧を世界中にばらまくのだ。
カロンの死は世界の終わりの始まりだった。




