十二回目
目を覚ましたのは、打たれたからだった。何か鞭のようなもので。
ようなもの、ではなかった。目を開けた先にいた端正な面立ちの青年に握られているのは紛れもなく鞭。むしろこれが鞭じゃなかったら何が鞭なのかゲシュタルト崩壊起こしそうだ。
「処刑の時間まで三時間ある。貴様の人生最後の化粧の時間だ。罪人リリアント」
リリアント・ブーゲン・レシュタール。たぶんそれが今の私の名前なのだろう。私の知っている乙女ゲームの敵役だ。今時は悪役令嬢とか言うのか?
ここは乙女ゲーム「UnrealNewGame」という世界観で、場所は舞台となるパールミリオン王国の死刑執行前の罪人のみが入れられる牢獄。ちなみに鞭を手に軍服をまとうこの美青年はアールオラ・ロート。軍人であり、処刑人である。
そう、リリアントは今日、死ぬ。
何故転生していきなり死ぬのだろう。普通の悪役令嬢ものなら、悪役令嬢に転生したことに幼い頃に気づいて死亡ルート回避するでしょ、なんで私はもう死刑執行が決まってからなの。リリアントは罪人かもしれないけど私なんにも悪くないじゃん!
リリアントが行ったであろう悪事をざっくり説明すると、皇太子と婚約者であったが、実は幼なじみのアールオラが好きなリリアントは突然現れた少女ミリナをライバル視するようになる。ミリナは皇太子に気があり、アールオラ他四名とも仲良くなるのだが、ミリナをアールオラに近づけないよう画策した結果、それが回り回って皇太子に不利益なことになり、の繰り返しで、最終的にミリナを殺そうとしたリリアントはミリナを庇った皇太子を刺してしまう。殺人はそもそも死刑なのだが、皇族殺害未遂とみなされ、もっとひどい死に方をするらしい。
ミリナと皇太子は両想いで結ばれるのが第一エンドである。次がアールオラ、以下他四名である。何故その他四名が雑かというと、リリアント的には他四名なら死ななかったからである。
複雑なのは皇太子ルートだと、ミリナと皇太子は両想いなのだが、アールオラルートだと、ミリナはアールオラが好き、アールオラはリリアントが好き、リリアントはアールオラが好き、皇太子はリリアントが好き、という複雑さがあるのだ。でも、アールオラはミリナの専属騎士になるところで止まるエンドなのである。恋人にならないし、結婚もしない。ミリナは皇太子と結ばれる。意味不明エンドである。
……今の状況は、皇太子ルートかアールオラルートか、どちらだろうか。
アールオラは鉄面皮なので表情から何も読み取れない。思うところがあるなら、リリアントのために何かしてくれればいいのに。
で、私は粗末な服でありながら、これから人生最後の化粧をする。これがこの国の死刑前の決まりで、これを死に化粧という。
死刑を降される哀れな罪人が、心安らかに旅立てるように、最後くらいはめかし込ませよう、という考え方らしい。あと、綺麗に飾り立てることにより、魔除けにするのだとか。だから、天使化粧とも言われる。
これを市中引き回しの末、打首にするのだから、怨霊になるなというのは無茶だろう。
まあ、中学生でお洒落の一つもしたことのない私はお化粧にうきうきできるけれど。
死に化粧師というのがいて、この世界では一番化粧が上手い人らしい。すごいな。魔除け的な意味があるのなら、民族的な独特の化粧をされるのかと思っていたのだが、普通に綺麗な化粧をされた。淡くオレンジを孕んだ金髪に紫色の目をしたリリアントは教会の壁画に描かれていそうな、まさしく天使であった。
市中を引き回されたが、なんだかこういうのは別になんでもないな。晒し者にされるのは慣れているからだろうか。
さて、打首になるわけだが……ここでルートがどちらかわかる。
手を下すのは……アールオラだ。つまり、アールオラルートである。
「辞世の言葉でも聞こう」
私は仄かに笑んだ。
「そんなもの、ないわ」
まだまだ何回死ぬかわかったものじゃないからね。
アールオラはそうか、といつもの鉄面皮で言っていたが、少し暗い声をしていた気がする。
そんなことが、何故私にわかるのだろう?
ああ、そうか。リリアントだからか。
リリアントが打首になる瞬間を私は何故だか俯瞰して見ていた。
アールオラの頬を何かが伝った気がするのは気のせいだろうか。




