十回目
「なーお」
私が目を開けると、目の前に猫が。でかくない? と思ったが、路地裏らしいここの建物は猫より遥かに大きい常識的なサイズであるため、この猫が通常サイズの猫だということがわかった。
……ということは、今回も人間じゃないんですね。
「んな?」
立ち上がると、猫と同じくらいの目の高さになった。四足歩行である。つまり、我輩は猫である。どうでもいいのだが、「わがはい」を「我輩」か「吾輩」かで悩むときがたまにある。何か違いがあるのだろうか。
しかし、猫とは情報源が少ない。私を起こした猫はぶちだ。私はおそらく黒猫。それしかわからない。雌か雄かもよくわからない。猫になったら猫の言葉がわかるかとか思っていたこともあったが、そうではないらしい。
起き上がった私を見て「な」と短く鳴くと、くるりと踵を返す。少し進んで、ちらとこちらを見たということは、「ついて来い」ということだろうか。
まあ、見て回らないことにはどんな世界かわからないからな。見聞を広めるのは大事だ。
歩いていくと、路地から出た。そこから見た世界は猫視点で見ても現実世界のそれだった。
何か忙しなく歩いているサラリーマンの男。タクシーやバスの混じる少し混雑した道路。そんな矮小さを静かに眺めるように悠然と佇むビル群。
「なー」
猫の声ってにゃあじゃないんだな、と思いながら、その景色を眺める。朝から烏が飛んでいるので、ゴミの日だったのだろうか。
これは一体何の世界だろう。今までのがファンタジーだったので、急に現代になって戸惑う私はぶちが先導する。こいつとこの猫はどういう関係なのだろう。あと窓に映ったので確認できたが、やはりこの体は黒猫だった。
とことこついていくのは楽しい。あと猫って運動神経いいんだな。あんまり気にしたことなかった。一メートルくらいある塀をひょいっと登れちゃうんだよなぁ。敏捷性たかしくんか。
通りすぎていく人々もどう考えたって現代の日本人だ。もしかしたらだが、私とこのぶち猫がどこかメルヘンな国の妖精で、魔法少女になれる伝説の戦士とか探している設定だったりするのだろうかって魔法少女ものはもうやったわボケェ。
まあ、てんやつ以外の可能性もある。もっと子ども向けの魔法少女ものあったし。まあ、黒猫はともかく、ぶち猫が妖精というのは絵面的にどうなのだろう……
でも魔法少女ものなら決まって主人公たち髪色あれだから、こんな夢のなさそうな世界観ではないと思う。
だとするとあれか。現代社会に溶け込んだ暗殺者やスパイが活躍するタイプのやつだろうか。スリリングなやつ。探偵ものもありだな。
……いや、猫関係ないし。
じゃあ猫が主人公の日常ものか? それなら死ぬ心配はなさそうだな。
……そう思っていた時期が、私にもありました。
私は猫の溜まり場に連れて行かれ、この辺一帯を縄張りにする明らかにカタギじゃない猫にびしばし引っ掻かれまして、周りの猫も殴ってくるんですよね。猫パンチって猫からすると痛いということを学びました。
命からがら逃げると、よろけて車道に出てしまい──
「危ない!!」
女の子と一緒に車に轢かれた。
一瞬見えた女の子の顔は「恵みの雨をもたらす風を」という異世界転生ものの主人公、風間夢だった。
彼女が事故で昏睡することによって、この物語は始まる……
物語の始まりのために死ぬの多くね?




