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侵食  作者: 達磨
1/1

高校一年の二月九日、定期考査の一週間前、あまり話したことがない級友に声をかけられ、誰もいない教室で文庫本を読んで待っていた。

古い扉が音をたてながら摩擦を伴って開き、目を向けた先には僕がここにいる原因が立っている。

名前も覚えてはいなかったが、たしか彼女は今朝立花と名乗っていただろうか?

窓の外はもう真っ赤に染まっている、正直に言うともう帰りたいと思っていた。

帰ったところで何も僕を待ってはいないが。


「お待たせして申し訳ありません」


立花はおよそ同年代と会話するとは思えない丁寧な口調で話しかけてきた。

こちらとしても他人は他人のままでいて欲しいので、これぐらいの距離感の方がありがたい限りだが。


「用件はなんでしょうか?」


僕は愛想の欠片もなく本題に入る。


「はい、こちらをお受け取りください」


そう言って立花はリュックから紙袋を取り出した、某ファストフード店のものだ。

何も考えずに受けとる、中身はどうやらハンバーガーではないらしく、確かな重みがあった。


「中身はお家で確認なさるのがよいかと」


「まあ、そうしますけど。まさか用はそれだけですか?」


「はい、詳しくは中身を確認していただいてから連絡させていただきます。それでは、失礼します」


その言葉のみを置いて、立花は教室を出ていった。

まったくもって意味がわからない。

クラスの話したこともない女子に声をかけられ、放課後の教室で贈り物を貰う。

こう言えばなにやら青春を感じるが、この状況は間違いなく異質だ。

あれやこれやと考えるのも面倒なので、僕は言われたとおり帰ってこの袋を開けよう。

紙袋をリュックにしまい、僕は帰路につく。

溶けた雪が歩く度に微かに跳ね、スラックスと靴下を掻い潜って脚に当たるのを不快に感じながら真っ赤な道を歩く、歩きスマホという危険行為を犯しながらただ歩く。


≫ウチに集合


≪了解

≪了解


団地を抜け、その先のアパートメントの階段を上る。

204号室の鍵は開いている、二人は僕よりも先に我が家に入ったらしい。


「おう、おかえり」


「おかえりー」


二人はリビングのソファの上で寛いでいた。

ゴツい坊主頭の大丈夫(正しい意味で)は雑誌を読み、華奢な美少女は逆さになりながらスマホを弄っている。


「ただいま」


「立花サンはなんだって?」


「察しが良くて助かる」


僕はリュックを下ろし、コートをハンガーに掛けながら坊主頭、桐生と話す。

立花に話しかけられたことは二人とも知っている。


僕と二人は中学からの仲で、気持ち悪いぐらい共通点が有って意気投合した。

好きな小説は時計仕掛けのオレンジ、廃墟が好き、有彩色が嫌い、じゃんけんの時に最初はチョキを出す、その他諸々。

違うのは味覚と好きな女のタイプぐらいだ。


「なんかいきなり渡された」


リュックから紙袋を取り出す。

テーブルに置いたときに鈍く重い音が響く。


「ん? 何を注文したんだ?」


長身の方、リズが冗談めかして聞いてくる。


「さあ、チーズバーガーではないと思うけどね」


教室で有ったことを話し、興味を持った二人がテーブルを囲む。

紙袋には中ぐらいの箱が二つ、小さめの箱が一つ入っていた。

どれも中身は金属らしく、重たかった。

とりあえず小さい箱を開けてみた。


「は?」


「何? 何入ってたの?」


リズが覗き込んできて、僕同様に固まる。


「開けていいか?」


桐生はそう言ったときには箱の封を開けていた。

声こそ出さなかったが、同様に硬直。

僕はもう一つの箱に手を伸ばし、中身を取り出し、テーブルの上に中身を並べる。


「これはどう見ても、、、」


「本物?」


「もう少し見せてくれ」


テーブルの上ではおよそ日常には無いであろう物体が存在を放っている。

桐生が一つずつ持ち上げ、観察する。


「本物だな、少なくとも撃てる。弾入ってないけど」


「全部?」


「全部」


「は?、、、は?」


冷静な桐生に対し、リズは驚いている。


「右からグロック17、スミスアンドウェッソンM19、あとこれは、あれだ、デリンジャー」


「スミスアンドウェッソンってあれだろ、次元のやつ」


「そう、通称コンバットマグナム」


「デリンジャーは不二子ちゃんが使ってたやつでしょ?」


「そうだな」


「で、それが何でここに有るんだ?」


「いや、お前が立花サンに渡されたからだろ?」


「ねえ、まだ何か入ってる」


僕と桐生の問答は紙袋を漁っていたリズによって遮られる。


「電話番号だな、携帯の、どうやら立花サンのだってよ」


リズの見せた紙には漢字で「立花」とかいており、その下に電話番号が書かれていた。

しかし言葉は頭に入らず、言葉も見つからず、少しの間沈黙が流れた。

外は雨が降っているらしく、雨音が耳に心地好い。

そしてその沈黙を破ったのも同様にリズだった。


「で、これからどうする?」


「まあ、とりあえず、掛けるか。番号は?」


「マジで?」


「だって、これどうすんのさ」


こういう時の桐生の決断力、或いは向こう見ずさが羨ましい。


「まあ、それもそうか」


「掛けるぞ」


「いや、僕がやる」


「助かる」


実際、この三人の中で一番社交性が有るのは僕だ。


リズから紙を受け取り、スマホに番号を打ち込み、スピーカーにする。

ワンコールで繋がった。


「もしもし、佐久間千秋さんですね?」


「はい、佐久間です」


「桐生董さん、入月仁さんもご一緒ですね?」


「ええ、よくご存知で」


何故知っているのかはこの際どうでもいい。

だが聞きたいことはあるのに、言葉が纏まらない。


「では、ご説明させていただきます」


気配を察したのか、数秒の後に立花が話し出す。


「まず、何故佐久間さんに()()をお渡ししたのか、ですが」


三人とも固唾を飲んで続きを待つ


「特に理由はございません」


三人ともフリーズした。


「、、、、、は?」


リズが声を漏らす。


「次に()()の入手経路ですが、」


「いやいやいやちょっと待って」


「はい、なんでしょう」


「ちょっと時間貰える?」


「分かりました」


三人でテーブルを離れ、キッチンに移動する。


「理由無いって何?」


とリズ


「そのままの意味じゃね?」


と桐生


「いや、そうだろうけども」


「か、もしくはお前らに教える気は無い的な?」


リズがそう言って、この議論は無駄だと全員が悟る。


「とりあえず気にしない方向で」


「ん」


「そうだな」


テーブルに戻る。


「悪い、続けてくれ」


「分かりました、では改めまして、入手経路についてですが、こちらはお教えできません。」


「ナンバー削られてたな、そういえば」


桐生が呟く。


「次に弾ですが、一日に三発、それぞれに適したのものを一発ずつ差し上げます」


「使えってことか?」


「いいえ、ご自由に」


「はあ?」


今度は桐生が声を出した。

普通の高校生三人に銃と弾丸を渡すだけ? 訳がわからない。

銃乱射事件でも起こさせたいのか? それにしては一日三発の意味がわからない。


「次に、使用方法ですが、それは桐生さんがご存知でしょう。一応、箱のなかに取り扱い説明書と、動画ファイルのUSBを同封していますので、お役立て下さい。」


リズが確認する、三つとも箱にそれぞれ冊子とメモリが入っていた。


「私から言えることは以上です。」


「は?」


今度は僕。


「何か質問はございますか? 私に許されている範囲で答えます。」


「時間を下さい」


例によってキッチンへ。


「整理しようか」


「ええと、要するに、拳銃自由に使えるようになった。ということか」


「まあ、そうだな。むしろそれ以外に何もない」


テーブルに戻り、桐生が尋ねる。


「なあ、立花サン?」


「はい、何でしょう」


()()って警察に届けてもいいの?」


「構いませんが」


少しの間。


「皆さんがそういったことを望んでないことは知っています」


またもや、()()()()()()


「じゃあ次ウチ質問いい?」


「はい」


()()()()をウチらが持っててあんたに何か得あんの?」


「いいえ、何も。先程言った通り、()()あなた達にそれらを贈る理由は有りません。メリット、デメリットもございません。」


考えるだけ無駄に思えてきた。

二人も同じようだ。


最後に僕が質問する。

「質問は以上ですか?」


「じゃあ、あなた、立花さんについて聞きたい」


「それは、明日学校でお話ししましょう。では、失礼します」


どこか含みのある声で立花は通話を終わらせた。

雨は止み、隣の部屋のガスの音が聞こえる。


「これからどうする?」


「腹へった、マック行こうぜ」


僕が冒頭名前を伏せた意味は消え去った。


「いいね、サク服貸して」


「別に制服のままでいいだろ?」


「いいから貸してよ」


「はいはい」


僕らのやることは変わらない、腹がへったら飯を食う。

例えテーブルの上に本物の銃が置いてあっても。

僕と桐生は制服のまま、リズは僕の貸した服(僕とリズは体格があまり変わらない)で某マクドナルドに向かった。

雨で更に溶けた雪が跳ねるが、不快には感じていない。

思っていたより受かれているのかもしれない。


店内は思っていたより客がいて、注文まで少し時間がかかったし、暖房が効きすぎていて暑かった。

そういえば教室で読んでいた小説では、夏の暑い日にファストフード店のアルバイトの職務怠慢にキレた主人公が銃を乱射するところから話が始まる。

アメリカの話だったが、急に現実味を覚え始める。

と言っても髪の濡れた女の子たちはいないし、銃は家、弾もない。

そんなことを二人に話すと、二人は二人で別の似たシーンを思い出していたらしいが、その中では僕のが最も現状に近かった。

帰ったら見せてやろう。

僕はチキンフィレオのセット、リズはエッグチーズとポテトLを二つ、桐生はダブルチーズバーガーを10個頼んだ。

最早見慣れた紙袋を下げ、家に帰る。


ハンバーガーを咀嚼し、ポテトを摘まみながら説明書を読んでいたが、リズが指を拭かなかったせいで僕が今読んでいるグロックの説明書は油で汚れていた。

桐生は知っていた事らしく何も感慨も無さそうだったが、僕とリズは分解、組み立て、手入れやらの項目に大分辟易し始めていた。


「これって、一人ずつ持つ感じ?」


「まあそうだよな、どれがいい」


「せえので選ぼうぜ」


「分かった、いっせえのーで」


音頭をとったリズと僕はデリンジャー、桐生はスミスアンドウェッソンを指差した。


「いや、デリンジャーは女の銃でしょ」


リズが不満そうに言う。


「いや、別にそういう訳じゃないだろ」


「サクはなんでそれにしたんだ?」


「そりゃあ持ち運びしやすいし、リズは?」


「まあ、理由は得にないけど」


「じゃあいいじゃん」


「でもウチもそっちがいい」


「じゃんけんでもしたら?」


「よっしゃ、じゃん、けん、」


初手はどちらもチョキ。


「あいこで」


僕がパー、リズがグーを出した、つまり僕の勝ち。


「よし!」


「チッ、まいっか」


そんなわけでデリンジャーは僕、グロックはリズの物になった。


「別に後々交換してもいいべ?」


「「確かに」」


桐生の言う通りだった。


「サク今日泊まっていい?」


「あー、いいけど。桐生は?」


「俺は帰る、これ箱ごと持ってくぞ」


「ん、了解。また明日」


「バイバーイ」


僕たちよりも早く食べ終えた桐生は銃を箱に入れて、自分の買った方の紙袋に入れた。


「おう、またな」


玄関の扉が閉まる。


「シャワー借りるよ」


「ん」


「一緒に入る?」


「ははっ、遠慮する」


「おっけー」


誤解されないように言っておくが、僕とリズは友人だ。

しかもリズはほとんど男に興味はないし、僕には性欲というものがない。

従って、彼女が僕に何かを感じることはなく、また僕も然り。

つまり、リズはからかって言っているのではなく、近しい者には簡単に懐を見せるような奴なんだ。


もう少しリズに触れようか。

彼女と初めて会ったのは中学校に上がってすぐの頃、諸事情で中央区の中学校に通うため、地下鉄に揺られている時だった。

僕の聞いていた曲を音漏れだけで言い当てたのが隣に座っていたリズだ。

心底引いた、音漏れだけで曲を当てるなんて中々出来ることじゃないし、それを本人に確認するなんて僕なら絶対にしない。

(後日聞いた所によると、最初は僕を女だと思ってナンパしようとしたらしい。)

でも中学生でまさかAC/DCを知っている奴なんていると思わなかったから、興味が勝った。

僕らは学校につくまで話続け、どちらも気づいてはいなかったけれど同じクラスだったので、休み時間もよく一緒にいた。

それからリズとはつるむようになった、桐生はもう少し先だ。


中学生の頃、放課後リズが同級生と()()()いるのに気づいて何度気を回したことか。

僕とは対照的に、二人は()()()の面で盛んだった。

リズは今友達(パトロン)の家を回って生活しているし、桐生も世間では異常と呼ばれる趣味を持っている。

桐生についてはまた何かの折りに触れよう。

とにかく、趣味や感性が近かった僕たちは得難い友人になった。

三人とも家を出て、高校も同じ所を選び、僕らは家を出て、比較的自由に生活している。

大体そんなわけで、今に至る。


さて、これからどうしようか。

僕の、おそらく僕たちの答えは「何もしない」こと。

普段通りに生活する、暫くは。

間違っても強盗なんかはしないだろう。

何にせよ、明日立花さんに話を聞くまでの数時間は何もできやしない。

とりあえずはリズが上がってくるまで寝よう。

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