佐賀の人喰いカチガラス ⑤
『ラグナロク! 』
掛け声と共に、フウタロウのバイザーから警告音が鳴り響き、レンズ越しにアイコンが八つ表示された。
その中のひとつ、【 鍋島 】
フウタロウの『戦士』である。
まだところどころ改造が不十分で、胸を張れる出来ではないのだが、もちろんただの間に合わせではない。
外見は、フウタロウの趣味どおりカラーリングを青系で統一した子供向けロボット風。
男性型より一回り小柄な少年型の素体に『天馬』とカラーリングを合わせた軽量なアーマーパーツを装備し、尻の上には小ぶりのダガーナイフ、背には大きな両刃剣を携えていた。
フウタロウは、自機である【 鍋島 】に指示を飛ばす。
といっても実際に命令するわけではない。覚えこませたモーションを駆使し、レンズ越しにしか知覚できない手元で光るタッチパネルを使って操作するのだ。
「おらぁ! 」
さっそく、一機の『戦士』が後ろから切りかかってきた。
ネームは【シンヤSP】となっている。
二足歩行する犀のような男性型で、ガチガチに固められた防具に武器である鉞からコテコテの近接格闘系と見て取れた。
フウタロウの指示通り、【 鍋島 】は半身になって斬撃を紙一重でかわすと、そのまま腰を捻って半回転。装備している大剣で相手を横薙ぎにした。
「あぁっ! てめぇ! 」
スピードが乗らず、真っ二つとはいかなかったものの、運よく腰の間接部に刃を入れることができたらしい。アイコンの消失と共に、撃破と確認できた。
残り六台。
自機を【シンヤSP】の残骸の陰にいったん隠し、手馴れた操作でフィールドをスキャンすると、【 鍋島 】を中心に距離をとった『戦士』が三機。どうやら援護機、遠距離武装であると考えられる。
【 鍋島 】はスピードタイプの『戦士』である。機体セッティングは全て機動性に特化しており、それを生かす為に、装甲も薄く軽量化を測っている。距離をとっての一撃必殺を主とする遠距離型とは素直に相性が悪かった。
だが、フウタロウははじめに一機の遠距離型へと【 鍋島 】を走らせた。
十五センチにも満たない【 鍋島 】だが、トップスピードに乗ると十メートルを三秒で駆け抜ける。
「くっそ! 」
「コノヤロウ! 」
「速ぇ! 」
そんじょそこらの『戦士』に捕まえきれる速度ではなく、襲い掛かる他三機の『戦士』の攻撃を難なくかわす。
目標は、蛇のような頭部と六本足が悪路に強そうな『異形型』である。
『戦士』ネームは『ガンバルマン』
砂場の端で、こちらへと遠距離ライフルを構えている。
「アホか! 真正面なら外さねぇよ! 」
正面から一直線に向かってくるフウタロウに、敵の一人が笑い声を上げた。そして引き金は引かれ、弾丸が発射される。
だが、
「なら、当ててみろ」
フウタロウが呟くと【 鍋島 】は力任せに大剣を前方へと投擲。地面に刺した。そして、慣性に逆らうことなく、突き立てた獲物の柄尻を踏むと大跳躍する。
一瞬遅れて、激しい金属音が響いた。
弾丸は大剣にこそ命中したが、そこに【 鍋島 】はもういない。
「くそったれぇ! 」
【 鍋島 】はまっすぐ前方に飛ぶと、空中で抜いた腰部のダガーナイフを進行方向の先、『ガンバルマン』の右胸に突き立てる。
装甲を切断する甲高い音と火花を散らし、そのまま勢に任せ、砂煙を上げて二機は絡み合った。
乾いた砂は濃い煙幕を作り上げる。聞こえてくるのは、攻撃音のみ。何が起きているのか、どちらが優勢なのか。状況を把握できるのは、『戦士』の視界をモニターできるプレイヤーのみである。
――強い。
誰かが声をもらした。
数的不利をものともしないフウタロウを目の当たりにし、皆の心に恐れが芽生えたのだろうか。
「う、撃てっ! 蜂の巣にしろっ! 」
森崎の、癇癪をおこした子供のような声を合図に、残る遠距離型の二機が獲物の引き金を引いた。
未だ砂煙の晴れない中、【 鍋島 】と【ガンバルマン】に集中砲火が浴びせられる。味方をも巻き込んだ非道な攻撃は数秒ほど続き、二機の遠距離方が全弾撃ちつくすころ、ようやくバイザー越しにアイコンが消えた。
「や、やったか? ……ひぃっ! 」
敵の一人が悲鳴を上げた。
彼は気づいたようだ、アイコンがひとつしか消えていないのを。
そして、砂煙から一機の『戦士』が飛び出した。
【 鍋島 】である。左手には穴だらけになった【ガンバルマン】の上半身。そのままスピードに物を言わせ、砂煙を引きずりながら次の獲物へと肉薄する。
「行かせるかよぉ! 」
進行方向をふさぐように飛び出したのは、【モリサキ五号】
西洋騎士の甲冑を思わせるフルプレート全したデザインの『戦士』である。名前の通り、森崎の機体だろう。
「調子にのんなやぁ! 」
森崎の叫びと共に、【モリサキ五号】は装備した大降りのランスを勢い良く突き立ててくる。
【 鍋島 】はいったんスピードを殺し、すぐさま速度を上げて緩急をつける。僅かに標的をずらすことで直撃を避けたのだ。
ランスが左肩を掠めたが、そのまま【モリサキ五号】の脇を潜り抜ける。そして再び最高速まで上げ、【モリサキ五号】の射程圏外へ離脱すると、二機目の遠距離型に、元助の指示通りあるものを投げつけた。
弾除けとして使った【ガンバルマン】の上半身である。
突然の飛来物に、遠距離型【プリッツォ】は仰け反った。
「うわぁぁああぁああぁっ!! 」
プレイヤーの混乱からか、弾切れしたライフルを【 鍋島 】へと振り回す。
「落ち着けぇ! 相手は丸腰だっ! 」
森崎の言葉はもはや届かない。
遠距離型は接近戦のモーションを覚えこまされていない。中距離型のガンマンならともかく、遠距離特化型にわざわざクロスレンジを覚えさせるのは非効率なのだ。
【 鍋島 】の、オイルに濡れた右拳がヌメリと輝く。
結果、【プリッツォ】のアイコンはあっという間に消滅することになった。
残り四機。
仲間へと怒鳴り散らす森崎を横目に、次の遠距離方へと向かうよう、フウタロウが【 鍋島 】に指示を出す。――そのときだった。
「あぁ、見てらんないね」