佐賀の人喰いカチガラス ④
なにが、ラグナロクだ。
フウタロウは、砂をかみながら、隣でにやつく森崎をにらみつけた。
一対一だというから受けたのに、いざ始まると一対七である。しかも、電熱線やカッターなどの明らかなレギュレーション違反。
「くそっ、このっ、どきやがれ」
スタートの合図と共に、フウタロウは地面に組み伏せられ、上手く『天馬』を操縦できないでいた。
つい数日前に思いつき、いろいろと試行錯誤し、ようやく形になり始めたかなといった出来。そんな生まれたてのひな鳥である愛機はろくな回避運動もとれず、見る見るうちにスクラップと化していく。
「ホントはもう一度グチャグチャにぶん殴ってやろうと思ってたんだけどよぉ……こないだの一件で先輩に目ぇ付けられちまってなぁ」
森崎は、わざとらしく溜息をつくと、
「まぁ、『ワルキューレ』なら問題ないよなぁ、少しばかり怪我してもよぉ」
変に血走った目を少年に向けてきた。結局はボコボコのグチャグチャにしたいのだ。
「ほらほら、ようやく『コロシアム』につくぜ?」
『コロシアム』――今回のバトルはレースバトルである。
決められたコースを走り、その後、決められた場所で『戦士』を戦わせる。その際、コロシアムへと到達したタイム差によって、『戦士』へといろいろなハンデが課せられるのだ。
フウタロウは今日何度目になるだろう、大きく後悔した。
はじめに森崎がこのバトルを提案してきた際、フウタロウは考えた。
フウタロウはどちらかというと、大鑑巨砲主義である。チマチマと動き回るよりも一発にすべてをかけるプレイングを好むのだ。
なので、森崎としては、そこを狙ってのスピードに物をいわせた戦略なのかと思った。
しかし、今日の『天馬』も『戦士』も、偶然高速セッティング。
となれば、相手の意表を突けるのでばないだろうか。目の前のクソ野郎の鼻を明かせるかもしれないなんてどこか甘い考えが頭をよぎったのだ。
しかし、相手はあの森崎である。卑怯なことをさせれば右に出る者はいないあの森崎なのである。
そして今、コースである公園の外周を回りきり、コロシアムである砂場へと、団子状に計八台の『天馬』が滑り込んだ。
「同時にゴールしたから、ハンデは無しだ。くぅ、俺って優しいぜ! 」
無理やり拉致し、一対七という壮絶なハンデを背負わせておきながら、森崎はさぞ愉快そうに自分の行為を褒め称えた。
「おら、解放してやれ。――忙しいよなぁ、這いつくばってる場合じゃねぇよなぁ、逃げ回んなきゃだしなぁ! それでもなぁ! 勝って見せろよ、エリート君!? 」
これ以上の枷はいらない。森崎はそう判断したのだろう。
あとは全力のフウタロウを多勢に無勢。数で押しつぶし、すりつぶし、あざ笑って、散々馬鹿にしてやろう。そういった種類の顔に森崎は表情をゆがめだ。
ようは、油断したのである。
そして、フウタロウの背から二人分の重さがなくなった。
少年はすぐさま距離をとると、ずれた操作用の伊達メガネをかけなおし、自機の状態表示画面を呼び出した。
目前に現れたウインドウを見るに、『天馬』の損傷率はひどいもので、幸いにも後部の『リア』、その内部に搭載された『戦士』は無事。だが、『天馬』自体は、もはや新品に買い替えたほうが利口だという状態である。
「……あぁ、くそ」
フウタロウの腹の奥で何かが燻った。すりむいた頬や、膝、手のひらなどがヒリヒリと痛む。どろりとした感情がぐるぐるととぐろを巻いて、どうしようもない。
今月の小遣いのほとんどを、こいつの改造で使い果たしたというのに。
数日かけて、ようやくここまで組んだというのに。
本当、つくづくである。災難もこうまで続けば、笑うしかないというものだ。
いやはや。
本当に。
「……ったく、ふざけんなってんだ……」
沸々と煮えたぎる腹の虫が、折れかけていた少年の心に再び火をともした。
「さっさとしねぇと、はじまんぞぉ!」
森崎が地面にむけてつばを吐く。それを合図としたかのように、八台の『戦士』が飛び出した。
五メートル四方の砂場は、戦場と変わる。