佐賀の人喰いカチガラス ③
噂というものは、足が速いものである。フウタロウが新しい部活設立をもくろんでいる事はその日のうちに、関係各所に知れ渡ってしまっていた。
別段、ひた隠しにしょうとはしていない。だが、極力静かに済ませたいと、少年は思っていた。なぜなら、
「おら、顔かせ」
生徒会長との話から数時間ほどしかたっていない、放課後のことである。迫る練習試合へ向けてどうしたものかと頭を悩ませながらいつもの通学路を歩いていると、二度と見たくない奴らに呼び止められたのだ。
恐らくは彼を尾行していたのだろう。近道にと、人通りの少ない路地に入ったところを数名の生徒に取り囲まれてしまった。先日、フウタロウを袋叩きにした奴らの中心人物、森崎である。
着崩した制服に、馬鹿みたいに色を抜いた茶髪。180センチを超える長身も相まって、見てくれは立派な不良である。
「まじで調子乗りすぎだぞ。コラ」
森崎は、眉を吊り上げて、口元は笑みを浮かべていた。
少年の胸倉をつかむと、そのまま力任せに壁へと押し付ける。
フウタロウは、背中を壁に叩きつけられ咳き込むも、最後に溜息が出た。
「溜息つける場面かよ!? 」
少年の行動に腹を立てたらしい。森崎は眉間にしわを寄せて、こめかみの血管を浮き上がらせた。
「いつもいつも余裕ぶっこきやがってマジでムカつくんだよ! 主将も監督もテメェも! ほんとむかついてしょうがねぇわ! 」
「先輩達に注意されるのは、お前のせいだろうが」
「そういうとこがウゼェってんだよ! ブータロウ! 」
正直なところ、フウタロウはこうなることに薄々感づいていた。
このクズどものことだ、僕のやる事なす事全てが気に食わないと言い出すだろう。そう考えて、少年は目立たぬように部活設立へと動いていたのだ。
そのまま森崎たちに引きずられるように連れられた先は公園だった。
ビルの陰にひっそりと存在し、遊具やベンチにはスプレーで意味不明な落書きがされている。辺りに散らばったゴミを見るに、どうやら世間から忘れさられた場所なのだろう。
また殴られるのか。遅かれ早かれこういう事態を想定していたとはいえ、フウタロウの身体は緊張でこわばった。
前回はこちらも手を出すことができたが、今回は違う。
恐らく手を出せば、一発で部活設立の話はお流れになるだろう。この場から逃げることが出来ないのなら、あとはじっと我慢して、ただただ一方的に殴られなければならないのである。もしかすると、森崎もそれを狙っているのかもしれない。
だが、デメリットばかりではない。
多少気は引けるが、今日の出来事を後日、密告すればいいのだ。
そうすれば、体面を気にするお堅い『第一ワルキューレ部』である。少なからず部活設立を成就させる為の試金石になるかもしれない。
フウタロウは、歯を食いしばり覚悟を決めた。
相手の昂ぶりようから多少の怪我は覚悟すべきかもしれないが、それで楽しいワルキューレ生活を遅れるのなら安いものである。
しかし、彼の目論見は大きく外れることとなった。
突然、森崎はフウタロウの胸倉から手を離すと、言い放ったのだ。
「ラグナロクだ! ボコボコにしてやるよ! 」