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佐賀の人喰いカチガラス ②

 

 事の起こりは少し前にさかのぼる。

 県立東高校入学式から半月ほどたち、ゴールデンウィークを目前に控えたとある昼休みの事だった。以前提出した部活動申請について話がしたいと、生徒会から呼び出しがかかったのだ。

 ついに来たか。

 フウタロウは合戦へと向かう下級武士さながらに、鼻息荒く生徒会室へと向かった。

 部活動申請。――フウタロウは、新しい同好会を立ち上げようと考えていた。

 その名も、『ワルキューレ同好会』

 名前の通り、活動内容はワルキューレ関係である。

 だがこの学校には非常に類似したクラブが存在した。もともとはフウタロウも籍を置いていた『第一ワルキューレ部』である。

 県下でも有数の強豪で、数多くのプロを輩出しており、全国大会の常連。たとえ練習試合といえど、多数のスカウトがひっきりなしにやってくるのだ。

 そんな強豪ひしめく部活へと、フウタロウは鳴り物入りで入部した。

 幼少時からワルキューレが好きで、中学を上がるころには立派なワルキューレ馬鹿に成長していた彼に、部の監督が目をつけたのだ。

 キットを作る技術もさることながら、プレイヤーとしての腕前にも光るものを感じたらしく、まだ中学に入ったばかりのフウタロウを口説き落とし、推薦という形で、今の高校へと入学させたのだ。

 フウタロウもまんざらではなかった。

 自分の腕を買ってくれたのは素直に嬉しかったし、何よりも、その学校の高名や設備の良さを耳にしていたからだ。高校に入ったらこうしよう、ああしようと、期待に胸を膨らませた。

 だが、現実はそう甘いものではなかった。

 俗に言う、体育会系の部活だったのだ。

 先輩の命令には絶対服従。何もかもが先輩から。中でも気に食わなかったのが、自由にワルキューレをすることが禁止された事だった。

 曰く、部活で得た技術や情報が外部に漏洩することを防ぐ為。異議を申し立てたフウタロウに対し、主将は手厳しくそう告げたのだ。

 ただ楽しくワルキューレを続けたいだけだったのに。フウタロウは部活のあり方に疑問を抱き始めた。そして、あの事件が起きることとなる。


 ――フウタロウは初めての試合で、違法改造をしたとして失格になったのだ。


 試合前、ほんの僅か目を離した間に、誰かがフウタロウの『天馬』に手を加えたのだ。

 もちろん身に覚えのない彼は身の潔白を訴えたが、常日頃、上級生達と意見のぶつかることが多かった為、周りのフウタロウに対する心象は悪く、多くの部員達は訴えに耳を貸そうとしなかった。それどころか、一部の人間による嫌がらせすらも始まった。

 もともと彼を快く思わない輩はいたのだ。強豪校に集まった、人一番負けず嫌いの集団である。ホープだの未来のエースだの、ちやほやされていたフウタロウを疎ましく思うのは当然ともいえた。

 嫌がらせ、いびり、時には手を出す奴すらも居た。

 はじめのうちはフウタロウも堪えた。こんなもの数日も経てば収まるだろうと考えたのだ。しかし、嫌がらせはますます陰湿さを増し、そして、ついには部室内での大立ち回りである。

 ある部員が、故意にフウタロウの『戦士』を傷つけたのだ。

 それが引き金となり少年の溜まりに溜まった鬱憤が爆発、その場にいた全員を巻き込んでの大喧嘩。もっともそこにはフウタロウに味方するヤツなどおらず、多勢に無勢のまま、最後はボロ布のように部室の外に打ち捨てられた。

 気がつくと日はすっかり沈んでおり、身体を起こそうとして、それすらも困難なことに気がついた。身体中、痛みを感じないところはない。息をするにも胸が痛み、切れた唇が無性に熱かった。

 這うようにして、執拗に砕かれた自分の『戦士』や『天馬』だったものを拾い集めると、


 ――僕はただ、ワルキューレを楽しみたいだけなのに。


 悔しさや悲しさがごちゃ混ぜになった何かが、フウタロウの腫れ上がり塞がった右目からこぼれた。

 数日後、ようやく歩けるまでに回復し、学校へ足を向けると、監督と主将に呼びつけられた。どうやら先日の一件が問題となっているらしく、事の顛末を根掘り葉掘り聞かれたが、少年は頑として答えなかった。自分を痛めつけた当事者達が知らぬ存ぜぬを貫いていると聞いて、フウタロウは腹が立ったが同時に悲しくなった。

 こんな腐った人間と、同じ場所にいたのか。

 口を真一文字に固く結び、殴られて腫れ上がった顔も、打撲だらけの身体も、すべて階段から転げ落ちたのだと吐き捨てた。同時に退部届けを突きつけて、その日、フウタロウは部を去る事となったのだ。

 フウタロウは、その足で職員室へ向かい、部活動申請をおこなった。

 皆が楽しくエワルキューレを満喫できる。そんな自分の理想とする部活を作ろうと考えたのだ。

 そして今日、ようやくその返事が出るのだろう。

 フウタロウははやる気持ちを抑えつつ静かに扉をノックすると、緊張で高鳴る胸を押さえながら、生徒会室に足を踏み入れた。


 ――生徒会の言い分はこうだった。


 フウタロウの作ろうとした同好会に、振り分ける予算は今のところない。それに、類似の部活動がある手前、設立は難しい。ただし、我が校に利益となりうる同好会なら話は別である。

 二週間後、『第一ワルキューレ部』との練習試合を行い、フウタロウが勝てば、同好会設立を認めよう。

 要するに、態の良い断りの言葉であった。

 ここの生徒で『第一ワルキューレ部』の強さを知らないヤツは居ない。生徒会長も当然そうである。勝てるものなら勝ってみろ、万が一にも勝てたなら認めてやる。

 不可能だと分かった上での提案だった。

 だが少年としては、今更諦められるものでもない。ええいままよと、偉そうにふんぞり返った会長に、半ばヤケクソ気味に言い放ったのだ。


 「やります!」


 詳しくは追って連絡する。会長の言葉を背中で聞きながら、フウタロウは来たときと同じように鼻息荒く、生徒会室を後にした。


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