無差別殺人と未来の自分
「はぁ・・・はぁ・・・」
呼吸が荒い・・・
落ち着け、怪しまれて職務質問なんかされたら大変だ・・・
俺は生唾を飲み込み目を閉じて深く深呼吸をした。
「リーリリーリリーリリリー」
横断歩道信号が青に変わった音楽が流れスクランブル交差点に人が溢れる。
そこへ一歩踏み出して手にしていたカバンの中に手を突っ込んだ。
殺ってやる・・・誰でも良い・・・殺すんだ!
握り締めたのは包丁の柄、受験に失敗し彼女に振られ生きているのが嫌になった俺は自暴自棄になっていたのだ。
「はぁ・・・はぁ・・・」
人ごみに紛れ握り締めた包丁を目の前の女の背中に・・・
そう考えた時であった。
「止めておけ」
「っ?!」
後ろから腕を捕まれたのだ。
驚いてカバンの中に包丁を残したまま下へ落としてしまう。
そして、振り返って目を疑った。
シワの増えた顔、白髪の混じった髪・・・
だけど一目見て直ぐに分かった。
これは・・・自分だ・・・
「ちょっと付き合え」
そう言われ交差点を腕を引かれたまま歩いていく・・・
落としたバックはいつの間にか未来の自分が拾っており手に持っていた。
そのまま手を引かれて入ったのは喫茶店であった。
「コーヒーに砂糖1つだよな?」
「あ・・・あぁ・・・」
未来の自分が注文したコーヒーに砂糖が入れられ差し出される。
それを見て本当に目の前の人物が未来の自分だと確信した。
コーヒーに砂糖を1つ入れて半分まで飲んでから混ぜて残りを飲む。
砂糖を1つだけしか使わずに甘さを倍にするこの方法を使うのは俺だけだからだ。
「本当に・・・未来の俺なのか?」
「そうだ。今日はお前を止めに未来から来た」
「何故・・・」
「それはな・・・」
そうして未来の自分から告げられたのはあの後起こる出来事であった。
包丁を振り回して通行人を無差別に切りつけるのだが誰もが軽症で直ぐに自分は取り押さえられる。
そして、成人しているという事もあって裁判がしっかりと行なわれ懲役25年を求刑されると言うのだ。
「俺はずっと後悔してたんだ、この馬鹿な一瞬の行動のせいで25年だぞ?」
言葉が出なかった。
まだ成人したばっかりの自分の人生、それが刑務所の中で25年も無駄に消化されると言っているのだ。
服役を終えて外に出た俺はそのままタイムマシンの人体実験に自ら名乗りを上げて過去へ飛ぶ事にしたと言うのだから笑ってしまう。
たった25年でタイムマシンが本当に発明されたと言うのだ。
「でも・・・真実なんだよな?」
「あぁ・・・俺が証拠だ」
真っ直ぐに真剣な目、年老いていても毎日鏡で見続けた自分の顔は間違えない。
深く溜め息を一つ吐いて俺は頷いた。
「分かった。止めるよ」
その言葉で未来の俺は嬉しそうに頷いた。
今からでも人生はやり直せる、きっと目の前の自分が通った人生よりもより良いモノになる事だろう。
俺はお礼と言う訳ではないが料金を支払おうと伝票を手にしてレジへと向かった。
窓から差し込む太陽の光が非常に美しく感じられ世界が変化して見えた。
「ありがとうございました~」
店員の言葉に笑顔で返事を返して喫茶店を後にする。
そして、家に帰ろうとスクランブル交差点の信号を待つ。
「リーリリーリリーリリリー」
聞きなれた青信号を知らせる音楽が全く違って聞こえるほど心が晴れやかになっていた。
これからはもっと真面目に生きよう、少なくとも未来は変わったんだから・・・
俺はスクランブル交差点に足を踏み出した・・・
ざくっ・・・
「えっ・・・」
背中に熱い感覚が広がる。
それが痛みだと理解するのに少し時間が掛かった。
「キャー!」
誰かの悲鳴が聞こえた。
振り返ろうとすると体から流れ出た血のせいで足元がふら付いてその場に倒れる。
そこに立っていたのは未来の自分であった。
だが顔はガリガリに痩せて歯もボロボロ、目の下はクマが酷く頬に大きな傷が残っていた。
「なん・・・で・・・」
口から声と共に血が溢れる。
そんな俺を見下ろす未来の自分は笑っていた。
あぁ・・・そうか・・・
全てを悟った俺はゆっくりと閉じていく瞼が閉じきる前に理解した。
未来は変わったのだ。
だから未来の俺は更に酷い有様になる人生を歩んだに違いない。
さっき喫茶店の中で会った未来の自分は過去を変えた事で別の未来の自分に置き換わったのだろう。
その有様を見ればどれ程酷い人生を歩んだのか想像に容易かった。
喜びながら自らの顔を引っ掻く両手の小指は無く明らかに様子が異常である。
瞼が閉じるその瞬間、未来の俺の姿が忽然と消えて最後に残されたのは俺の指紋しか残っていない背中に刺さった包丁。
それ以前に、未来の自分が消えたと言う事は俺はここで・・・
彼の意識はそこで闇に溶けるのであった・・・
完