5・上野マサヤの場合
「あなたは強くて優しい人になって。」
記憶の中の母さんはいつもそう言っていた。僕が覚えている母さんの記憶はこの言葉以外はほとんどない。
僕が小さい頃、母さんは死刑になった。
僕はまだ小さかったから、なぜ母さんが「死にたい」と言ったのか理解できなかった。
ただ母さんが居なくなったのはすごく寂しかったのは覚えている。
僕は顔も知らなかった父さんに育てられることになった。
父さんからは僕が見えないみたいだった。
まるで存在しないかのように僕を見なかった。
だから、僕は母さんの言葉を守って生きていくことに決めた。
僕には母さんの言葉だけがあればいい。
僕は常に人のことを考えて行動して、他人を傷つけたりは絶対にしなかった。
困っている人を見たら手助けをして、進んで面倒ごとを引け受けて。
そうやって生きてきた。母さんの言葉が僕の生きがいだったんだ。
中学校に上がって少し経って、僕はクラスでいじめられている人を助けた。
その代わりに僕がいじめられるようになった。
それでも僕は自分はいいことをしたんだと自信を持って思えた。
どれだけ僕が殴られても、蹴られても、罵倒されても。僕は母さんの言葉の通りに行動した。僕は正しいことをした。
……そう思っていた。
僕はずっと周りから疎まれていた。そのことにこの時まで気がついていないだけだった。
すぐにクラス全員から陰湿ないじめを受けるようになった。
そして、僕が助けた人もいっしょになって僕をいじめるようになった。
「あなたは強くて優しい人になって。」
…………僕には母さんの言葉だけがあればいいと思っていた。
………僕にはそれしかなかったんだ。
僕はいるだけで迷惑な存在と言われて顔面を殴られた。
僕は弱い人間だと言われて腹を蹴られた。
僕は偽善者と言われて罵倒された。
母さんがなんで強くて優しい人になってと言ったのか、なんで母さんが「死にたい」と言ったのか、その理由がようやく僕にもわかった。
ーーー母さんは強くて優しい人になれなかったからだ。
だから母さんは僕に強くて優しい人になってほしかったんだ…
ごめんなさい、母さん。
僕は母さんのたったひとつの言いつけも守れない、悪い子だったみたいだ。
僕は母さんが言っていた「強くて優しい人」になれなかったんだ。
サヨナラ世界:悪い子




