11・豊田カズシの場合
一目見て彼女を好きになった。
理屈とか、理論とかそういうのがどうでもよくなる程にその瞬間は劇的で。
人間はやっぱり感情とか本能とかで生きてるんだなと思った。僕も例外なくそんな人間で。
彼女の姿や雰囲気、何よりも「幸せになりたい」と「幸せが怖い」そんな背反する混沌を宿した瞳に僕は心奪われた。
僕はそんな彼女を幸せにしたいと思った。彼女を救いたいと思った。
「死にたい」と思わないことが希望。そんな世界に生まれて、漏れなく僕もそんな風に生きてきた。
幸いにも僕は「死にたい」と思うこともなく、平凡に生きることが出来ていた。
そんな世界に波紋を広げるように現れた「希望」を歌う少女。彼女の歌は僕の心にも一石を投じた。
僕は平凡を退屈なものだと思っていた。「死にたい」と思う人は大変なんだな、と思っていた。
その少女は平凡であることは奇跡だ、生きていることはそれだけで幸せだと歌っているようだった。
そこでやっと気がついた。僕は紛れもなく「幸せ」なんだと。
自分が幸せに生きていることを自覚してから、平凡だった僕の日常は楽しいものになった。
繰り返すだけの毎日と思っていたけれど、同じ日なんて一日足りともない。その毎日はなんて美しいのだろうと思った。
そして、僕の前に現れた彼女。
彼女は僕を拒絶した。でも彼女は心の底から僕を拒絶していないとすぐにわかった。
彼女の心は揺れている。「幸せになりたい」と「幸せが怖い」の間を彷徨っている。
僕は彼女の心の壁を叩き続けた。君を幸せにすると訴え続けた。
そして……やっと、彼女が作り上げた頑丈な心の壁を壊せた。
彼女は泣きながら自分の罪を僕に告白した。
自分には幸せになる権利はない、幸せが怖い、と。
僕は彼女に寄り添った。
彼女の心に初めて寄り添って、その深い傷に優しく手を差し伸べることが出来た。
僕は彼女を幸せにすることができた。そう思っていた。
それから、だんだんと彼女の心は不安定になっていった。
彼女の不安を消すためにずっと彼女に寄り添った。彼女に愛してると囁き続けた。
それでも…彼女は最後まで彼女自身を愛することができなかった。
彼女は僕に向かって「死にたい」と言った。
僕が最後に見た彼女の瞳は、初めて会った時と変わらず混沌を宿していた。
なんで、なんで…
なんでこんな簡単なことに気がつかなかったんだろう。
彼女は一度も「幸せになりたい」と言わなかったじゃないか。
僕は彼女の心に触れた時に気がつかなきゃいけなかった。
僕がしてきたのは彼女の傷を抉るだけだったんだ。
彼女を救えるのは彼女自身だけだったのに。
僕は彼女を幸せにできたかも知れない。それでも彼女を救うことはできなかった。
僕が幸せを見せたせいで彼女の心に致命傷を与えたんだ。
ーーー僕が彼女を殺したんだ。
僕にもやっとわかった。彼女の心の傷が。
幸せは…なんて残酷なんだろう。
サヨナラ世界:±0




