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傑―弐

「そこに居るのでひい、ふう、みい……合わせて53人か。これだけ集まれば上等だ」


 教官は松明を片手にダハタ村北門に集った勇者たちを数え終わった。王国はナハト村奪還を最重要任務と捉えているらしく、この遠征隊の中にはフリューテッドアーマーを身に纏った王直属の高貴な勇者も数人送り込まれている。


「これより我々は北東にあるナハト村へ向かう。目標は魔王城への結界を無効化する魔導装置の確保及びルーキーを喰い散らかしてるクソったれベヒモスの掃討だ。私たちがミスれば最前線で戦ってる勇者も挟み撃ちにされて死ぬ。そうなれば後ろで控えてる家族や友人も一人残らず魔物の供物だ……気合を入れろよ」


 勇者たちは拳を掲げて教官の声に応えた。それぞれの馬に乗り徐々に隊列を形作りながら次々とダハタ村を発っていく。


「教官。お話があります」


 ある一頭の馬はその隊列から外れ、先頭を走る教官の馬に追いついていた。


「あぁ、君か。……君、自分の馬は持っていないのか?」


 教官に話掛けたユウカは、老人の操る馬の首元にちょこんと腰かけていた。ユウカは顔を赤らめ、独りでは馬に乗れないことを正直に伝えようか迷ったがそんな場合ではないと思い直してやめた。


「えぇまぁ。……それよりこれを見て下さい」


 ユウカは胸元に仕舞っていた風呂敷を広げて、焼かれた亀の甲羅を教官に差し出した。


「これは?」


「こちらの老人のレベル鑑定の結果です」


「……100という数字が浮き出ているな」


「そうでしょう。ただし他言無用でお願いします。奪還戦に有意義な情報かと思い教官にはお知らせしましたが……魔物側に事前に察知されると面倒ですから」


 教官は溜息を吐きながら、その甲羅をポンとユウカの膝元に置いた。


「あの……」


「今日で三人目だ……自称高レベル勇者は」


「はい?」


「通過試験免除のために活躍したいのは分かるが吐くならもっとマシな嘘を吐いてくれ。レベル100なんて子供でも信じない」


「でも甲羅に……」


「いくらでも偽装出来るだろう。あんまり失望させてくれるなよ、早く隊列に戻れ」


 ユウカはまだ反論したそうだったが、老人は大人しく馬の手綱を引いて隊の最後尾まで下がった。


「いいんですか? 剣術なり魔術なりを見せればあの教官も納得するのでは」


 老人はフルフルと首を振った。「その必要はない」とでも言いた気な首の振り方だった。

 はじまりの村の吸血鬼のように、魔物の息がかかった者がどこにいるか分からない。老人は極限の状態まで自身のレベルを秘匿するつもりだった。


 この遠征隊がナハト村近郊に到着したのは、予定よりやや遅い二週間と三日後のことである。



 ◇ ◆ ◇



「しっかし道中平和だったなぁ……。魔物の二、三匹サクッと殺して憂さ晴らししたかったんだが」


「よく言うぜ。暇さえあれば酒ばっか飲みやがって……その震えた手じゃスライムも殺せねーよ」


「あぁ!?」


 ハハハ、と仲間に嘲笑われた酔っぱらいの男は機嫌を損ねたらしく、ムッと顔を背けて革水筒に入った酒を呷った。

 遠征隊はナハト村近くの小川でキャンプファイアを囲み、最後の休息を取っている。


「おい。お前ら毎回何しに出歩いてんだ?」


 キャンプ地にある男の咎めるような声が響いた。その矛先は二人きりでキャンプファイアから離れるように歩き出した老人とユウカに向けられている。


「お爺ちゃんがちょっとその……オシッコに行きたいみたいで」


「二人で行く理由は?」


「一人だと上手くできないみたいなんです……」


「――俺も一人だと上手く出来ないから手伝って―!」


 誰かが入れた汚い野次にユウカは苦笑いを浮かべ、そそくさと老人の背中を押して森の奥に消えていく。


「なあ」


 酔っぱらった男の仲間が体を屈めてひそひそと話しを始めた。


「怪しくねーか? あの二人」


「……何がだ?」


「気付いてねーのかよ。アイツラ休憩の時はもちろん、隊列組んで馬走らせてる時でさえちょくちょく抜けて人目の付かないところに行ってるんだ」


「頻尿のジジイなんじゃねーの?」


「アルコールも程ほどにしとけよ。普通に馬に乗れるジジイが小便するとき手助け要ると思うか? 一度も失禁したとこ見たことねーし、小便ってのは絶対に嘘だね」


「じゃあ何だ、適当な口実作って二人で何かしに抜け駆けしてるってことか。……でも何のために? 美味い肉でも隠して食いに行ってんのか?」


「お前はピュアか。男と女が人目に付かないとこに行ってやることと言えば一つしか無いだろ」


 酔っぱらった男は老人とユウカのそれを想像し、気持ち悪くなって老人のイメージだけを脳内から削除した。


「いや流石に……ジジイとガキだぞ。つーかアイツラ血繋がってねーの?」


「知らねー。ジジイは碌に口聞かねーしユウカちゃんに話掛けても笑顔でスルーされるから……」


 酔っぱらいの男は酒場で教官に腕を捻られることになった顛末を思い出し、老人とユウカに対する憎悪を再燃させた。


「なら俺が確かめてきてやるよ」



 ◇ ◆ ◇



 パキリ。酔った男が踏んだ木枝の折れた音が明瞭に鳴った。


「さみぃ……」


 酔った男はつい勢いで要らぬことを口走ったことを早速を後悔し始めていた。男は元から気性が荒く向こう見ずな性格をしていた。


「確かあの二人こっちに来たはずなんだがな……」


 森の手前の茂みを掻き分けてもあの二人がいる気配は無かった。さらに森の奥深くへ行っているのだろう。

 ――確かにアイツの言う通り、小便って訳じゃなさそうだな。

 ボンヤリとそう感じながらも木々を縫って奥へ奥へと進んでいた男は、不意に足を止め耳を研ぎ澄ませる。


「はぁ……はぁ……フーッ」


 激しく揺れる草の音と少女の荒い息遣いが微かにではあるが男の耳に届いた。

 ――おいおいマジかよ。

 男は期待と羨望を抱きながら忍び足で声の在処へ近づき、木陰からそっと顔を覗かせる。


「……?」


 男は思わず口から洩れそうになった疑問符を飲み込み、目の前に広がっていた光景を処理しようと努める。

 血、肉片、死骸――どれも魔物の物と思わしきそれが大量に散らばっている。ユウカの顔半分は返り血で朱色に染まり、梢に体を預け呼吸は乱れている状態だったが怪我はないようだった。

 ――つーことはコレ全部一人でやったのか……?

 男は戦慄したもののどこか官能的な美しさすら覚えるその異様な景色に立ち尽くしていた。


「……しーっ」


 男を驚かせないようゆっくりと木の裏から顔を出した老人だが、却ってそれが逆効果だった。血まみれの死体の山の隣から現れた老人はユウカと違い一滴の血すら浴びていなかったが、片手に持ったミノタウロスの首は戦闘の痕跡をありありと示している。

 ヌッと現れた老人に飛び跳ねるように驚いた男は、次にミノタウロスの生首に一睨みされ――そのまま意識を失った。


「とりあえずこれで辺りの魔物は狩りつくしましたね……」


 ユウカが顔に付着した血を拭い深呼吸してから老人に言った。

 老人とユウカは余計な犠牲者が増えないよう、人知れず遠征隊に近づいてきた魔物を一掃していたのである。この二週間遠征隊を襲おうとしていた魔物は数百を下らなかった。


「ってその男の人は酒場の時の……。え、目が合ったら気絶した? 何か臭いなと思ったら……失禁してますよこの人」


 老人とユウカは魔物の死体を茂みに隠した後、気絶した男を森の入り口辺りに運んでから何食わぬ顔でキャンプ地に戻っている。


「おいやけに遅かったな、何か小便の臭いするぞ。……どうだった?」


 数分して意識を回復しキャンプ地に帰って来た男に、仲間の男が興味深々で尋ねた。


「俺アルコール止めようかな……」


 気絶していた男はゲッソリと頬をやつれさせて別人のように呟いた。


「は?」

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