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傑―壱

「おい……見ろよ。あそこの今にも死にそうなジジイと小便臭えガキのコンビ」


「あのガキの背負ってるデカイ太刀……見てくれだけで使い物になんねーな。お遊戯大会にでも行こうとして迷い込んだんじゃねーか?」


 昼間から酒に入り浸っていた男たちは声を荒げて笑った。

 ダハタ村――新鋭の魔王軍と熟練の勇者たちが一進一退の攻防を繰り広げている最前線から三つ手前の拠点にして、推奨Lv(レベル)は50。そしてこれより魔王城に近づくには通過試験というものをクリアしなければいけないことから、勇者たちからは"チェックポイント"の異名で有名な村でもあった。


 老人とユウカは先刻このダハタ村に着いたばかりだった。厩舎に道中の村で仕入れた一頭の馬を繋ぎ、老人はリンゴジュースを、ユウカは紅茶を注文し酒場の片隅のテーブルで今後の経路を確認し合っている。……といっても老人は滅多に口を開かなかったため、ほとんどユウカの話にウンウンと頷いているだけではあったが。


 骸の大太刀はそれに見合った鞘を特別にオーダーして以来、ユウカが持ち歩くようになっていた。老人が大太刀を背負っていると戦闘になった際、あまりにも太刀が大きすぎて上手く刀を引き抜けなかったからだ。老人は当初小さな勇者に大太刀を持たせるのを憚っていたが、ユウカはその役目を喜んで引き受けた。自分に明確な役割が増えれば増えるほど、老人の気が変わって自分が御払箱にされる可能性も低くなるだろう、というユウカのしたたかな狙いは今のところ功を奏している。


「そこの嬢ちゃん。通過試験もそのジジイと一緒に受けるつもりか? 俺たちのパーティーに加わった方がいいぜ、可愛がってやるからさ。……そのジジイだったらいつポックリ逝ってもおかしくなさそうだしなぁ~」


 ガハハハ、と下品に笑いながら酔った男の一人が千鳥足で老人とユウカのテーブルへ近寄る。

 ――やれやれ、またか。

 ユウカは内心で深いため息を吐いた。

 老人と少女というアンバランスな組み合わせが気にかかるのか、二人はどこの村を訪れても頻繁に声を掛けられた。その都度ユウカは適当な応対で切り上げようとするのだが、会話が盛り上がっていると勘違いしたおしゃべり好きな老婦人や熱心な青年に捕まり長時間拘束されてしまうことも少なくなかった。

 これからはもっとキッパリと断ろう、ユウカは先に訪れた村でそう決意したばかりだった。


「通過試験に落ちていつまでもこの村で足止めされてるアル中の勇者にホイホイ付いて行く人なんていませんよ。暇で暇でしょうがないんだったら雌の魔物でも誘ってきたらどうですか? ……たぶん断られると思いますけど」

 

 泥酔した男はあどけないユウカの唇から発せられた毒毒しい言葉に耳を疑い、そして怒りから顔色を真っ赤に染めた。

 しまった、とユウカは口元を押えた。いつもだったら三百倍程薄めてオブラートに包んでから言っていた本心をうっかりそのまま口走ってしまった。……長旅で疲れていたせいもあったのかもしれない。


「このクソガキ今何て言った!? おい、聞いてんのかって! 表出ろやワレェ!」


 泥酔した男は途端に語気を荒げ、テーブルを思い切り叩きつける。ユウカはその衝撃に反射的にビクリと体を震わせた。

 それまでいくつかの会話があった酒場にも気まずい沈黙が訪れ、周りの客も一様に騒ぎのテーブル席を見つめた。

 老人は申し訳なさそうに頭を下げながら、穏便な解決を図ろうとしている。


「謝ってすむと思ってんのか? なぁ!」


 むしろ酔った男はヒートアップして高圧的に怒り出し、老人の胸倉を掴んだ。

 そのまま顔目掛けて拳を振りかぶった男に老人は必死に首を振る。

 ――殴るのはダメだ。たぶん手の骨が砕けてしまうから……。

 そのことを老人が伝えようとした直前、勇ましい女の声が酒場に響いた。


「止めないか! 少し頭を冷やせ」


 虎の紋章が描かれた板金鎧を着こんだ凛々しい顔つきの女は、酒場に入るなりツカツカと酔った男まで歩み寄り手首を掴んだ。


「何だテメ――あ! 教官じゃないっスか~」


 教官と呼ばれた女はヘラヘラと笑みを浮かべた男の腕を反対の方向に折り、彼が悲鳴を上げている間に酒場の外へ放り投げた。


「すまないな。ここの奴らも第一線の目の前で足止め食らって不満が溜まってるんだろう、許してやってくれ」


「いえ、私もつい不躾なことを言ってしまいましたから……お互い様ですよ! ところで通過試験はいつ頃始まるんでしょうか? 出来るなら今すぐにでも受けてみたいのですが」


「随分と頼もしいな。だが……通過試験は暫く行われない」


 ユウカは老人と素早く眼を合わせた。只でなくでもこれまでの道のりで予定よりもロスが発生している。その上試験が行われるのをこれ以上待っているような余裕はもうなかった。


「待ってください。そこをなんとかして私たちだけでも……」


 まぁ待て、と教官は焦燥するユウカを宥めてから酒場にいる全ての勇者を見渡して声を張り上げる。


「魔王城攻略への重要な軍事拠点であるナハト村が魔王軍の奇襲を受け陥落した。これより我々はナハト村奪還に向けて小隊を編成する……我こそはと思う者は今夜北門前に集え。著しい戦果を挙げた者には通過試験を免除する。何か質問は?」


 酒場の奥にいた眼鏡を掛けた青年が手を挙げた。


「ナハト村ってここより魔王城から離れてる村ですよね? なぜ魔王軍が侵攻出来たんですか?」


「報告によれば突如数体のLvレベル60――ベヒモスがどこからともなく現れたと。村にいた勇者たちは逃げた者を除き壊滅。恐らく魔王軍は地上以外のルート……地下か空からベヒモスを輸送した。野放しにしておけば後方の新米勇者たちが根絶やしにされる。我々が早急に討伐するしかない、分かるな?」  

 眼鏡の青年は「分かりました」と深く頷く。


「他には?」


 沈黙する勇者たちの中で次に手を挙げたのはユウカだった。「お菓子はいくらまで持っていっていいの?」とさっきの酔っぱらいの仲間の男がユウカを茶化して裏声で言った。


「魔王軍の狙いは私たちを後方に誘導することなのではないでしょうか? 第二線に居る私たちがナハト村に引き返している間に最前線の勇者たちに総攻撃を掛け、一気に魔王軍のラインを押し込む。最高レベルの勇者たちが死守している最前線が崩れてしまえば、その後は雪崩れ込むように魔物が侵略してくるでしょう」


「……つまり?」


「ベヒモスは魔王軍にとって貴重な戦力なはず。それを我々を挟み撃ちにする形で使用した今こそ、こちらから魔王城へ攻め込むべきです」


「育成中の勇者はどうなる? 我々が魔王城へ攻撃を仕掛けている間にベヒモスに虐殺されるぞ」


「その前に魔王の首を取れば問題ないでしょう。どこかでリスクを取らなければ戦争には勝てません」


 再び酒場に沈黙が訪れる。サラリと人類の存亡を賭けた戦略を練ったユウカを、周りの勇者たちは何か恐ろしい物――それこそ魔物を見るような畏怖の籠った眼で見た。

 もちろんユウカにとってこの戦略は老人という切り札がいてこそ初めて機能する策だったが、運否天賊のギャンブルではないと見積もっていた。

 暫く老人がアップルジュースをストローで啜る音だけが酒場に響く。


「どうやら私は少し君を甘く見ていたらしい……。実は私も同じことを考えていた」


 教官が一瞬本当に愉快そうに笑い、その後すぐ真剣な顔に戻って言った。


「ただしそれは出来ない」


「……なぜ?」


「先ほど私はナハト村が重要な拠点だと言ったな。その理由は機密情報だったんだが……最早魔王軍に知れ渡ってしまった以上、機密もクソも無いからいいだろう。ナハト村には魔王城を囲む結界を解除するための魔導装置があるんだ」


「魔王軍がナハト村を攻撃したのはそれを壊すためだったんですか?」


「いや……あの装置は壊すことは出来ない。ただし装置の操作手を殺せば装置は起動しないからな」


「成る程……。結界を無効化する装置が占領されている限り魔王城への直接攻撃は不可能なんですね」


「その通り。ただいい着眼点と度胸だったと思うよ。……君の将来が楽しみだな」

 

 教官は呆気にとられている他の勇者たちを見回して質問が無いことを悟ると「以上」と短く言い残し、酒場を後にしていった。


「どうしますか? ナハト村までは馬でも二週間程掛かりそうですが……」


 ユウカは飲みかけた紅茶を喉に運びながら老人に声を掛けた。老人は机に広げてある地図に向かい髭を擦りながらじっと考え込んだ後、ナハト村の地点に指を置いて何度か頷く。時間が掛かろうと行くしかない、と老人の仕草が物語っていた。


 老人が酒場の支払いを済ませると、ユウカが上目遣いで老人の手をちょんちょんと引っ張った。ユウカが自分の希望を言うのは珍しかったため、老人は好奇心から案内されるがままに付いて行く。


「たぶん当分する機会が無くなってしまうと思うので……」


 ユウカが足を止めた先は煙突からモクモクと煙が立ち込めている大きな旅館だった。確かに遠征に出るのであれば入浴は出来なくなるだろう。……もしかすれば、魔王討伐までこの先ずっと湯船に浸かることすら無いかもしれない。老人はコクリと頷きユウカと共に旅館に入った。二人は幾十日かぶりの入浴を旅立ちの時間まで楽しんだ。


  

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