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3/6

天―前

「マル坊おっせーなー……ビビッて逃げたか?」


 タケルは苛立たしそうに鋼の剣を素早く振った。

 剣先にいた少年の襟足が風圧でふわりと浮き上がり、少年は慌てて首筋を手で押さえながらタケルから離れる。


「来たみたいだよ」


 ユウカは逸る鼓動を懸命に抑え平静を装っていた。

 自分と5レベル差以上のある魔物と戦うのはこれが初めてだ。もしマル坊が来なかったらその時はその時で、タケルを説得し骸の騎士討伐を止めさせよう。

 そう思っていた矢先姿を現したマル坊に、ユウカは若干恨めしそうな視線を送った。


「よーし! 骸の騎士と戦うのは俺、トドメを刺すのがユウカだ。マル坊はいらないけど……もしもの時のサポート。残りの四人はロクに戦えないからここで見張ってろ。誰も通すなよ?」


 タケルは見張りの子供たちの肩をガシガシと叩いてから、洞窟の入り口へ足を踏み入れた。

 ユウカとマル坊もタケルの後を追うように続く。先ほどまで周りを照らしてくれていた月明りも洞窟の内部までは届かず、どこに壁や足場があるのかすら分からない完璧な暗闇が広がっていた。


「おい、何も見えねー! マル坊先頭歩いて〈ラハの灯〉で照らして歩け」


 タケルに命令されたマル坊は杖の先端に光輝くオーブを作り、それを松明代わりにしながら渋々と先頭を歩いた。


「骸の騎士どころか魔物一匹いる気配もねーぞ? どうなってんだマル坊?」


「骸の騎士は群れるのが嫌いだから、他の魔物と一緒にいることはしないんだって」


 マル坊は少し愉快そうに笑う。

 マル坊のことだから絵本か何かで知った知識なのだろう、とユウカは思った。

 普段能天気なタケルもさすがに緊張してきたのか、洞窟深部へ進むにつれて次第に口数は減っていった。


「……ここか」


 三人は洞窟の壁を伝いながら歩き続けていたが、あるところからその壁がふと消えた。巨大な広間のような空洞に突き当たったのだ。そしてその空洞の中心にある高台に、骸の騎士はいた。

 洞窟の上を覆う岩と岩の間を縫って入る月光が、スポットライトのように朧気に高台を照らしている。胡坐をかいてこちらを見つめる黒い骸の騎士は、まるで挑戦者を待ち構えているようにジッとそこに座っていた。


「ユウカはここで見てろ。マル坊は俺と一緒に高台に来い……あくまでサポートな。手柄を横取りするなよ!」


「……気を付けて」


 タケルに掛けたユウカの言葉はいつになく本心から発せられたものだった。……尤もそれはタケルが連想したような「戦場に行く恋人を見送る女」のような心情からではなく、赤の他人でも目の前で死なれたら悲しいという人並の感情から生じたものではあったが。


「心配すんな! マル坊、行くぞ!」


 タケルはマル坊の首根っこを掴んでグイグイと引っ張り高台まで連れ立った。


「悪しき魔物の首、希代の名剣士タケルが貰い受ける!」


 一時間かけて考えついたた決め台詞を叫んでから、タケルは鋼の剣を振りかざしながら骸の騎士へ突進した。

 骸の騎士はゆったりとした動作で両手で持った太刀を左肩の上に構え、体を捻った。前方に薙ぎ払うように振るわれた太刀の刃先を、タケルはスライディングの要領で掻い潜った。

 骸の騎士は太刀を逆さに持ち懐に入ったタケルを串刺しにするように狙いを付けたが、刃が振り落とされるより早く骸の騎士の右足を切り付け距離を離した。


「やっぱり……強い」


 ユウカはタケルの機敏な動作を観察し、感銘を受けていた。Lv15最年少記録は伊達ではない……このままならもしかしたら――。


 タケルは不意を突いた攻撃にも対応できるよう一定のリズムでステップを踏みながら、骸の騎士を観察した。あの巨体を支える足を潰すのが先決……片足でも潰せれば俺の勝ちはほぼ確定。

 タケルの戦闘に関する判断力は優れていた――。


「タケル!」


 ――が、その素早い判断が仇となり反応が遅れた。

 ユウカの叫びが耳元へ届く頃には、骸の騎士はその巨躯から想像できないような速さでタケルの頭上に跳んでいた。

 「骸の騎士の動きは鈍い」それはタケルが自発的に判断したのではなく、無自覚の内に骸の騎士から植え付けられていた情報(ブラフ)だった。

 タケルが上を見上げた頃には、骸の騎士の太刀が鼻の先まで迫っていた。

 反射的に身を護るように構えた鋼の剣が、かろうじて骸の騎士からの太刀を受け止める。

 しかし骸の騎士に押し倒されたタケルは声にならない悲鳴を上げた。身を護るはずの剣が太刀を受け止めた反動で自身の首筋を切っている。骸の騎士は太刀を押す力を緩めず、むしろ徐々に勢いを強めていく。


「マル坊! 助けてくれ! おいマル坊!」


 タケルは刃を抑えるのに必死で、マル坊の顔は見えなかっただろう。……それが幸運だったかもしれない。

 

「助けてあげて!」 


 ユウカは慌てて高台のマル坊へ助けを求め――そして言葉を失った。

 マル坊は無表情で、ただただずっとタケルの首元から滴る血を見つめていたのだ。

 今からユウカが助けに行っても間に合わないことは明白だった。


「降参! 降参します! ごめんなさい! 許して……」


 半狂乱になり泣きながら降伏と謝罪を繰り返した後、タケルは全てを投げ出したように腕の力を抜いて目を閉じる。


 しかし骸の騎士は刃を振り下ろさなかった。タケルに戦意が無いことが分かるとクルリと反転し、元いた高台の奥へ再び鎮座する。

 戦意を喪失した相手は人間であろうと殺さない。それが骸の騎士の流儀であり、また骸の騎士(・・)である所以でもあった。

 ――助かった! タケルは去っていく骸の騎士の足音を聞き安堵し、また心の底からせせら笑った。

 降参すれば助けてくれるなんて、ノーリスクで出来る最高のレベル上げじゃねぇか! 世界中の骸の騎士が絶滅するまで狩り尽くしてやる……。


「律儀だよねぇホント。そんじょそこらのニンゲンよりよっぽど律儀だ。まぁ~だからこそ僕らにとってみれば失敗作(ゴミ)なんだけど」


「マル坊……?」


 マル坊はゆらゆらと揺れるように歩きながら倒れているタケルの元へ近づいた。体力を使い果たしたタケルは倒れたまま首だけをマル坊の方へ向ける。


「助かった! ――何て思ってないよね?」


 マル坊はいつの間にか手に握っていたナイフを、慣れた手つきでタケルの腹へ突き立てた。

 タケルは二、三度呻き声を発し、蚊の鳴くような声でマル坊に助けを懇願した。


「ニンゲンってすぐ味を占めるんだよなぁ。骸の騎士が助けてくれたから、僕も助けてくれるんじゃないかって? そんな訳ないじゃんかぁ」


 マル坊がタケルの血の付着したナイフを舌なめずりし、恐怖を与えるのを楽しむかのようにゆっくりとユウカの方を振り返ると――


「誰?」


 風が吹けば倒れてしまいそうな老人が必死に杖で体を支えながら、ユウカを守るように立ちはだかっていた。 

 老人はユウカが去り際に言った一言と、夜遅くに剣を持って出掛けている様子が気にかかりそっと後を尾けていたのだった。洞窟の入り口を見張る子供たちに中に入るのを止められていたが、タケルの悲鳴を聞くとその子供たちが逃げ出したため内部へ侵入することが出来た。


「あなたマル坊じゃない……魔物ね? はじまりの村で将来有望そうな勇者を選別し、成熟する前に芽を摘んでおく暗殺者ってとこかしら?」


 ユウカは老人の背中の後ろ――といっても老人の腰は曲がっていたため、普通に上半身は見えていたが――から毅然とマル坊に尋ねた。

 ユウカの憶測は完全なる直観だった。これは戦闘の前に会話を引き延ばすことで魔物の正体・弱点が少しでも分かればという狙いからだったが、偶然にもこの憶測は当たっていた。ユウカの直観はこれまでも、そしてこれからも違えることは無い。


「わお! 何で知ってるの? てっきりタケルが死んだらキャーキャー泣き喚くのかと思ったけど、以外と冷静なんだね。でもさ……そういうプライド高くてクールな奴ほどイジメ甲斐があるんだよね~」 


 マル坊はユウカの美麗な顔と色香を纏わせつつある肉体を舐め回すように眺めて言った。


「決ーめた! キミは僕の眷属にしてやろう。お話と違って日光浴びても死にはしないし、変身出来るし楽しいよ?」


 吸血鬼か……ユウカは即座に学術院(アカデミー)で学んだ魔物リストを回想した。確か相当レベルは45。本来は魔王城の近くにいるべき魔物のはずだった。Lv(レベル)13の私ではマトモな戦いにすらならない。頼りになるとしたら……ユウカはおもむろに老人の曲がった腰を見つめる。信じられないけれど、彼しかいない。


 自身の背中に注がれたユウカの熱い視線を知ってか知らずか、老人が動き出した。体を支えていた杖を一歩また一歩と前に進め、マル坊のいる高台へ歩き出す。


「マル坊……いえ、吸血鬼さん。貴方優秀な勇者が誰か分かるんでしょう? その老人からは何か感じない?」


「……?」


 吸血鬼は眼を赤く光らせ、高台へ這うように登ってくる老人の姿をまじまじと視る。

 そして何が可笑しかったのか、高らかに笑い出した。


「何だコイツ!? こんなに覇気の無い勇者は初めてだよ! 数十年何をやって生きて来たんだ? いや何もしなかったらこうなったのか!」


「……それは貴方の視る眼がないのよ」


 ユウカは強がってみせたが、本心では揺れていた。

 あの老人の魅せた瞳の奥の炎は気のせいだったのか? ただの耄碌した老人が起こした錯覚?

 ユウカは信じもしない神に祈るような気持ちで老人と吸血鬼を交互に見比べている。


 老人はなんとか高台の上に辿り着くと、体を支えていた杖をヨロヨロと空に掲げた。杖の先に弱弱しい火が渦巻き始めている。


「ならゲームをしよう。ユウカ、理由はさっぱり分からないけれど君はこの老人に賭けているんだね?」


 ユウカは内心の動揺を汲み取られないようにハッキリと頷いた。


「僕が一発だけ彼の攻撃を喰らってあげよう。それで僕が倒れたら僕の負け……君たちに一切手は出さない。ただしそれで僕が倒れなかったら……ユウカに僕の血を飲ませる。そうすれば一生ユウカは僕の奴隷だ」


「それで構わない」


 どちらにせよ老人が死んだら自分も死ぬ、なら少しでも勝ち目を増やそうと決意していたユウカに躊躇は無かった。


「エクセレント。……さぁ見せ場だぞお爺ちゃん! 頑張れ~」


 吸血鬼は老人の杖にやっと集まったかよわい火の玉を嘲笑しながら、おどけて老人を応援している。

 老人は杖の先に赤子の握り拳程の大きさの火の玉を錬成したが、一向にその火の玉を放つ気配はなかった。それどころか老人は、杖を持ったままぼんやりと空を見つめている。


「もしかしてユウカを逃がす時間稼ぎ? つまんないな~……なんか冷めちゃった」


 吸血鬼はやれやれと肩をすくめ、次の瞬間には蝙蝠の大群と化して老人へ飛び掛かっていた。老人の火の玉は消えかかった線香花火のように弱々しく放たれ、数匹の蝙蝠を焼いただけで燃え尽きた。  

 老人の後ろで蝙蝠の群れが密集し、再度マル坊の姿へ戻っている。


「今の〈ファイヤ〉ってレベル1で覚えられる魔法だよね、ユウカ?」


 吸血鬼は口元を歪め、顔を蒼白させているユウカを面白そうに一瞥した。


「僕の勝ちだ! あんたの血なんか汚らわしそうだから吸いたくもない」


 吸血鬼はタケルに刺したのと同じナイフを老人の背中に突き刺した。老人は意識が朦朧としているのか、吸血鬼には目もくれず尚も空を見上げながらドサリと倒れた。


「こんな終わり方……」


 ユウカは力なくその場にへたり込んだ。


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