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s_complex  作者: 秋山 楓
20/20

エピローグ

 ほんのりと消毒液の匂いが漂う病室で、僕は窓から青く晴れ渡った大空を見上げていた。昨日までの大雨とは違い、雲一つない澄んだ青色だ。頭上の位置にある昼時を示している太陽は、梅雨が明け、夏日が近いことを表している。すでに蝉が鳴いても不思議でない気温だった。


「アキ君、どうしたの? ぼおっと外なんて眺めちゃって」

「いや、なんでもないよ」


 言われ、簡易椅子に座る尻を方向転換させ、ベッドの方を向いた。清潔感溢れる純白のシーツに、同室の患者とを区切るカーテンが、僕の虹彩を刺激した。

 そして目の前のベッドの主である姉は、可笑しそうにくすくすと笑った。


「夕方でもないのに黄昏ちゃって。青春時なのかしら」

「そこは思春期でいいと思う」


 どうでもいい訂正を入れ、僕も軽く笑って見せた。


「それより姉さん。具合はどう?」

「ん、別に痛くはないかな。お医者さんもそんなに深い傷じゃなかったって言ってたし、後遺症も残らないらしいよ。順調に治れば一週間くらいで退院できるって」

「そう、良かった……」


 姉の傷が命に別状がないことは、僕も医者から聞いていた。ただそれは刺されてから短時間で救急隊員が駆けつけてくれたからであって、あの状態で何の手当てもせずに長時間放置していたら、危険な状態にもなりかねないとも。


「…………」

「どうしたの? アキ君の方こそ、具合でも悪いの?」

「いや……」


 考え事をしていたため、俯きかげんになっていたのかもしれない。実際、自分の表情に笑顔が張りついていないことは、よく分かった。


「あのさ、姉さん」

「なあに?」

「この際だから、言うけど。……隠し事はなしにしよう、お互い」

「…………」


 ベッドの上で上半身を起こしている姉が、眉を寄せた。


「なんつーか、その……、僕が夜にそっちに行ってたのは、姉さんとしては嫌だった……んだろ?」


 隣には同室の患者もいるので、多少は言葉を選んだ。


「別に嫌じゃなかったよ」

「…………」


 そんなふうに返されるので、こちらとしても気が滅入る。


「アキ君が求めてるのなら、仕方がないと思ってた。嫌じゃないけど、やっぱりそれはお互いにとってもあまり良いことじゃないことは、時々感じていたよ」


 空気に霧散するような語尾で、姉の口から言葉が紡がれる。

 その感情は後悔か。それとも寂しさか。

 口調と表情からも、僕が姉を求めていたことに対し、姉はそれを受け入れていた節が見える。


「うん。それは良いことじゃない。できれば、もっと早く教えてほしかった」

「ごめん……」

「謝るほどのことじゃないと思う。けど……」


 いつまでも、このままでいるわけにはいかないんだ。


「もしかしたら、また姉さんの所に行くことがあるかもしれない。だからその時は、引っ叩いてくれないか?」

「引っ叩く?」

「そう。寝惚けてる僕を、思いっきり叩いて起こして」

「…………」


 姉がじっとこちらを見つめてくる。僕もそちらを見つめ返し、お互いが瞳の奥の心理を確認し合う。それは姉弟だからこそ、短時間で正確に伝わったようだ。姉は脚にかかっているシーツを口元まで引き寄せ、不意に笑いを漏らした。


「うん、分かった。あーあ、アキ君もようやくシスコンから卒業か」

「シスコンじゃないってば」


 いやマジでホント。そりゃ両親がいないし、他の兄弟もいないわけだからシスコンしか選択肢がないんだけどさ。あまりそういうことは世間には広めないでくれよ。一般人はシスコン野郎って聞いてあまり良い顔はしないだろうし。


「でも、うん、そうだね。姉弟なんだから、お互いがマイナスになる隠し事はなしね」

「そうだよ、姉さん。だから姉さんの言う、隠し事ってなにさ?」


 ずっと気になっていることだった。今までの夜這については、姉にとっては僕の意識があるのかどうかも分からない状態だったので、隠し事にはならないだろう。加えて隠し事があると明言しているのだ。この意図は裏を返せばつまり、『隠し事をすることで優越感に浸る』もしくは『本当は話したいのだけど、恥ずかしくてはっきりとは言えない。だから相手が食いついてくるのを待って、自分が言わざるを得ない状況を作る』くらいだろう。


 前者であるほど姉は幼稚ではないし、以前訊いた時もいつかは教えてくれるような口ぶりだった。ならばいつ教えてくれるのか。


「そうだね。今のアキ君なら、もう教えてあげてもいいかもしれない」

「?」


 今の? どういう意味だ?


「お姉ちゃんね、実は……」


 と、姉がその先を口にしようとする寸前に、ドンッという大きな打撃音が病室に轟いた。病室の入り口を勢いよく開け放ったということは容易に想像できたが、ここは病院だぞ? そんなことができるのは、常識人以外と――、


「な、長瀬さん!」


 野太い声。ここは女性用の病室のはずなので、間違っても入院患者ではないだろう。つーかモロ自分の名前呼ばれてるし。


「ささ、刺されたって、大丈夫なの!?」


 いきなりガバッとカーテンが開いた。

 そこにいたのは、若いが冴えそうにないサラリーマン風の男だった。二十代前半から半ばの顔立ちに見えるが、頭の方が年齢の割には薄い気がする。誠実そうなセールスマン風にも見えるものの、気が弱いというよりは押しが弱そうな人柄の男だった。

 彼はカーテンを開けるなり、息を切らしながら姉と僕の顔を交互に見比べた。


「こちら、結婚を前提にお付き合いさせてもらっている、菊池さんよ」


 朗らかに、やや顔を明らめて、姉は宣った。

 結婚? お付き合い?

 目の前がクラッと揺れた。

 姉にとって僕がシスコンだと思っていた頃には明かせない秘密。

 数日前、倹約していた姉が行っていた焼肉。


 ……そうか。そういうことだったのか。


 僕は未来の義兄になるかもしれない男を、じっと見つめていた。

 嫉妬魂に火が付き、僕から姉を奪おうとするこの男をどう抹殺しようかと考え――ているわけでは一切ない。

 心配事は姉に対する独占欲云々ではなく、え、結婚? マジで? 僕、どうなっちゃうの? 一人暮らし? 収入は? それとも三人で暮らすの? なんか僕としては気まずいー。


「菊池さんは私が勤めてる会社の先輩なの。菊池さん。こっちが私の弟です」

「あ、どうも、菊池と申します。君のことは長瀬さんから常々聞いてるよ」

「はあ」


 混乱と動揺が渦巻いている間でも、自己紹介が勝手に進んでいく。

 つーか僕も長瀬だし。

 握手を求められたから無意識的に返しはしたが、マジで、どうなんの?


「心配しないでもいいよ。アキ君が自立するまでは結婚できないってことも了承してくれて、お付き合いしてるから」


 あー、なんだ。それなら良かった。ただの取り越し苦労だったか。

 ……ん? んん、あぁ、そっか。一応、僕は場の空気を読める方である。


「じゃあ僕はもう帰るよ。何か要るものがあれば電話して。すぐ持ってくから」

「うん、ありがとう」


 と宣言して、僕はお見合いの仲人の如く、若い二人を残して病室を後にした。

 長い廊下は端っこ辺りにナースさんが歩いているのが見えるだけで、他には誰もいない。だから気兼ねなく背伸びができた。いや、背伸びなんて誰も見咎めないと思うけど。


 それにしても――、


 僕は閉じられた病室の方を振り返る。


「あの人も不幸だよなぁ。まさか自分が殺人犯と婚約しているなんて思ってもいまい」


 確かに姉さんは美人だし、性格の器量も良い。寄りつく男も多いと思うが、だからこそ大きな欠点があるものだ。綺麗な薔薇には棘があるってね。……あれ、なんかとても臭う言葉を言っちゃったような気がする。


「さて…………」


 呟き、昼下がりの病院内を徘徊する。とはいっても、目的地は二つ隣の病室だ。数歩ほどで移動できるその部屋は、姉の共同病室とは違って、完全個室である。特に症状が悪いって聞いたわけでもないが……やっぱり格差か。経済的な意味で。


 ノックをすると中から了承の返事があったので、躊躇いもなく扉を開ける。

 決して広くはないその病室の窓際に、相佐さんが姉と同じような格好でベッドに座っていた。彼女は僕の姿を認めると、ニヘラと笑って見せてくれた。


 結局、不条さんに刺された二人は、死ななかったどころか命に別状すらもなかった。相佐さんは不条さんも言っていたように、刃先が心臓まで届いていなかったようだし、姉は刺されてから間もなく病院に運ばれたからだ。むしろ怪我人二人に対して救急車一台だからどちらかは死ななければいけないなんてのは、それこそ三流小説のご都合主義だろう。人はそう簡単に死ぬような生き物ではない。

 僕は片手を上げて挨拶をすると、ベッドの隣の簡易椅子に座った。


「具合はどう?」

「悪くはないよ。でも、まだちょっと貧血気味かな」


 刺されてから長時間に渡って、冷たいアスファルトとご対面していたのだ。医者によれば、出血多量の意味で姉さんよりも相佐さんの方がヤバイ状態だったらしい。

 ま、現状が元気な姿であってくれれば、そんなことはどうでもいいんだけど。


「…………」

「…………」


 お互い、言葉が続かない。それは同じことを考えているからだろう。二人とも、どうやって切り出せばいいのか分からないのだ。

 大空彼方から流れてきた雲が、一瞬だけ太陽と重なり陰を作る。再び陽が当たる頃に、ようやく相佐さんが口を開いた。


「フリちゃんも、アキ君のことが好きだったんだね」

「そう……らしいね」


 あぁ、あの時、意識はあったのか。じゃあ僕と不条さんの会話も全部聞かれてるかもしれない。


「人を殺したって言ってたけど、アキ君は信じる?」

「…………」


 とても残念そうな瞳で僕に問う。そりゃ僕だって残念さ。親友が殺人鬼だったなんてさ。理解して一緒に暮らしていた姉とは、まったく違う無念がある。


「信じるもなにも、不条さん本人の口からそのことを聞いちゃったんだ。僕らがどう信じようが、きっとそれが事実なんだろう」

「…………うん」


 頷いてはみたものの、相佐さんは納得のいっていない表情で顔を伏せてしまった。

 だがしかし、不条さんは僕らと出会う前から殺人鬼だったのだ。最初から狂った人間だったんだ。だから相佐さんが心を痛ませることも、僕らに罪があるわけでもない。


 いろいろ思い悩んでいるのだろう。不条さんについて、どこで道を間違えたのだとか、自分の行動が悪かったのかなどと、相佐さんは想いを巡らせているのかもしれない。しかしそれらの想いはすべて自分の心の中だけに閉じ込め、こんなことを口にした。


「……可哀相だな」

「可哀相?」


 悪いが僕はそうは思わない。二人の少女を殺したのも、聞いた限りでは完全に自分勝手な都合だし、不条さんを狂わせた環境が悪かったから可哀相かもしれないと思うも、すでに彼女は僕の最愛の人までも傷つけてしまっている。

 あれは同情する余地もなく――悪だ。


「あ、違うの。可哀相なのは、横山君……」

「あぁ……」


 そういえばあいつ、不条さんのことが好きだったんだっけ。


「皆で最後にゲームセンターに行った日ね、私、横山君から相談されたの。女の子にとって告白されて嬉しい言葉は何かとか、どうやったら私たちみたいに仲良くなれるかとか」

「あー……」


 それ以上言わないでくれ。横山がとても不憫に思えてくる。起こってしまったことは仕方のないことだから、僕が願うべきことは、菊池さんが横山と同じ目に遭わないように、ということだけだ。


 それからまた平穏な時間が流れ、相佐さんが唐突に言う。

 どこか遠慮したように、しかし一番質問したかったことでもあるように、言葉を溜めこんだ一言で。


「アキ君は、どうして私の名前を叫んだの?」

「?」

「救急車が来てアキ君のお姉さんを先に運ぼうとした時、アキ君叫んだよね。私から先に連れてってって」

「あぁ、そのことか」


 確かに叫んだ。姉を先に担架に乗せる救急隊員に向かって、相佐さんを先にと。あの時点では現状二人がこうやって元気な姿になっていることなどは想像もつかなかったわけだから、あの選択は僕にとって大切な方を示したということになる。

 ということを一言で説明した。


「相佐さんの方が大切だったからだよ」

「けどお姉さんなんだよ。こ……恋人の私と違って、お姉さんは一人しかいないんだよ。私なんかよりももっと大切にしなきゃ」

「何言ってるんだ。相佐さんだって一人しかいないじゃないか。そういう意味で言ったら、二人とも同じくらい大切だよ」

「…………もー、嬉しいこと言ってくれちゃって……」


 顔を朱に染めた相佐さんが、照れながらも僕の肩を軽く叩いた。その応えとして、僕も彼女の額を人差指で小突く。しかし相佐さんは『コノヤロー、やったなー』と言いたげに頬を膨らませて、先ほどよりも力強く肩を叩いてきた。僕も負けじと強めにデコピンを繰り出すと、相佐さんの強パンチが炸裂し、


「よーし、いい度胸だ! そのメロンのような胸を、生まれてきたことを後悔させるまでに揉みしだいてやる!」

「ひいいいいいぃぃぃぃ」


 両手をワキワキさせてみせるが、まあ実際にはやらないんだけどね。胸刺された手術後だというのに、そんな激しい行為をするのはただのバカだ。


「仕方がない。今日のところは許してやるよ」

「うん。でも……治ったら、いくらでも揉ませてあげるから」


 なんつー会話だよ。まったく。

 とはいっても、僕にとって相佐さんと姉さんの価値が同じなんてことは全然ない。経済的に支えてくれているという点を差し引いても、相佐さんの方が圧倒的に大切だった。

 それは僕が相佐さん抜きの日常を考えられないほど恋している、というのもあるけれど。


 不条さんに言ったあの言葉。

 殺人を、姉を全面否定するあの言葉を、僕は撤回するつもりはない。

 あれが僕の本音なんだ。自分勝手に人を殺せる人間は、本当に全員死ねばいいと思う。それは実の姉とて、例外ではない。

 姉のことなど、ただ養ってくれる赤の他人程度にしか思ってはいないのだ。


「じゃあ今日はこの辺で。また来るよ」

「うん、バイバイ」


 と、心の中で貶していても、姉が無事だったことに、どこか安心している自分がいるのも確かだ。最後の家族だからか、まだ心の奥底では甘えているからだろうか。

 目を閉じ、相佐さんに背を向けて、病室から出る。

 姉さんの婚約者と対面して動揺したことといい、まだこの二人暮しが続けられることに安堵していることを自覚すると、

 やっぱり、僕はシスコンなのかなぁ。




「よお」

「…………」


 相佐さんの病室を出ると、ヨレヨレのスーツを身に纏った、ぼさぼさ頭の男に呼び止められた。過去に対面した時の大きなサングラスは胸ポケットに掛けられ、まるで僕を何時間も待っていたかのように、その男は壁に寄り掛かっていた。素顔は初めて見たわけだが、うーむ、なかなかカッコ良いじゃん。


「今、終わるタイミングでしたよね?」

「何が終わるって?」

「この物語が、ですよ」

「なんだ、自殺でもするつもりだったのか?」

「…………」


 察しろよ、いろいろと。


「それにしても、やはりナース服というものはいいな。淡いピンクを基調とした清潔感溢れるその姿は、まさに女神に匹敵するぞ。あの姿で注射器なんて持たせた日にゃ、その中身がなんであろうと無条件に腕を出してしまうな。だがしかし、如何せん若い娘が少ない。昨今の医療機関は……ちょっと待て、どこへ行く」


 ちっ、バレたか。病院の廊下で、延々とナース衣装について独りで語る刑事というのもなかなか絵になって面白い気がしたんだけど。


「せっかく人が出向いてやったのに。その扱いはひどいな」

「だったら、それらしい対応をしてくださいよ」


 ま、一応恩があるから、そこまで蔑にはできないんだけど。

 僕が廊下を歩く脚を止めないので、裕次郎が勝手についてきた。


「それで、どうしたんですか? まさか僕と会う口実で、本物のナースさんを拝みに来たわけではないでしょう?」

「つれないな。お前とは腹を割ってコスプレ談義ができる仲だと思っていたのに」


 やめてくれ。あんたのせいで、まるで僕の品格が下がってるようじゃないか。

 いや、まー、うん。確かに相佐さんにはいろんなコスプレさせたいけどさ!


「今日来た用件は、報告と謝罪だ」

「謝罪?」


 報告は分かるが、謝罪ってなんだ?


「まずは報告だ。この前も言ったと思うが、あの時はそれどころじゃなかったからな。例の連続殺人犯が捕まった。今朝の新聞にも一面に大きく載ってたが、見たか?」

「いいえ」

「結構。それでこそ、わざわざ俺が報告に来た甲斐があるってもんだ」


 だがぶっちゃけ、そっちの報告はどうでもいい。僕にとって、もっと大事なことがある。


「そして不条不理の件なんだが……、すまない。警察も全力をもって行方を追っているが、まだ手がかりすらも掴めていないのが現状だ」

「そう……ですか」


 あの日以来、不条さんは行方をくらませた。当然のことながら家に戻った痕跡もなく、目撃情報すらもない。いや、未成年であるため、顔を公にして捜査するのは困難なのだろう。


「もう一度聞くが、不条不理は本当に例の家出少女二人を殺してるんだよな?」

「僕は知りませんよ。本人がそう言っていただけですからね。死体がどこに隠されているのかも聞いていませんので」

「そうなると、お前の両親も不条に殺された可能性が濃厚になる……のか?」

「はっはっは、そりゃあり得ませんって。僕の両親こそ、ただの家出なんでしょうから」


 危ない危ない。そういえば裕次郎は、僕の両親と家出少女を関連付けて考えてるんだったな。実際にはまったく関係ないのに、痛くもない腹を探られるのは、あまり心地の良いものじゃない。


「それで、謝罪ってなんですか? 僕が裕次郎さんに感謝こそすれど、そっちから謝られることなんか心当たりがないんですか?」

「俺から、というよりは、黒峰からの謝罪だな」

「黒峰さんから?」


 それこそ心当たりがないぞ。


「あの日な、お前が俺に助けを求めたすぐ後に、黒峰の方にもお前の姉から連絡があってな。それであいつ、学校にお前がいることを言っちまったんだよ。それで結果、刺された」


 あー、なるほど。道理で姉さんがあんなピンポイントで僕の場所を突き止められたわけだ。僕が裕次郎に学校へ救急車を呼ばせ、その隣に黒峰さんがいたのなら容易に理解できる。裕次郎が僕に名刺を渡したよう、姉の方は黒峰さんが渡してたわけか。


「別に気にしてませんよ。姉が刺されてなければ、僕が刺されてたわけですし」

「強がんなよ」


 裕次郎がその無表情を崩し、ニヒルな笑みを向けた。

 僕はその笑みに対し、唖然として見つめ返す。

 強がる? 僕は……強がっているのか……?

 他人の裕次郎からそう見えるということは、やはり僕は、姉を――、


「そんじゃ、そういうことだ。仕事中に抜けてきたもんだから、すぐ戻らなけりゃならん。縁があったらまた会おうぜ」


 刑事となんてもう一生関わりたくない。という意を込めて手を振った。


 受付の前を小走りで抜けて行く裕次郎を見送りながら、僕も自動ドアを通って病院前のロータリーへと出た。すっかりと明けてしまった梅雨は、初夏とは思えないほどの日差しを運んでくる。冷房の効いた院内から一転、外に出た途端、急に汗が浮かび上がったよう。


 あのボロアパートに越してきてから最初の夏。気温の問題ももちろん大事だが、それ以上に危惧するべきこともある。


 夏場の死体って、どれだけ臭うのかなぁ。


 そんな事を考えながら、近くのドラッグストアで無臭剤を購入し、帰宅した。

 自室、押入れの襖の前に立つ。

 視認はできないが、僕の視線の一メートルほど先には、両親の死体があった。

 二つの頭蓋骨が、じっとこちらを見上げている。

 何を言いたいのか、何を考えているのか、何を感じているのか。

 死人の言葉を聞く能力は僕にはないし、死体はそこにあるだけのただのモノ。

 だから僕からかける言葉は絶対的な一方通行。

 返事を期待しているわけでもないし、聞き手になってほしいわけでもない。

 けども自然に溢れ出る、僕の願い。

 少し早い盆参りのように、僕は両親の墓に向かって呟いた。


「今、それなりに幸せに暮らせてるよ」


 姉は嫌いだし、不条さんは殺人犯だったし、相佐さんは大好きだけど、それでも一応は今のところ不便なく世界は回っている。たとえ誰が否定しようとも、僕が幸せであると思っていれば、それは真実になるのだ。


「でも、貴方たちが見つかると、僕の幸せはどん底に突き落とされるんだ」


 どんなに嫌っていても、やはり姉は姉なのだ。残された唯一の肉親であり、数少ない心の拠り所。絶対に失いたくはない。

 だから――、


「悪いけど、ずっとそこで眠っててもらえないかな?」


 そう、永遠に。

私はバッドエンドが書けません。バッドエンドだと、書いてる途中で登場人物たちの行く末を嘆き、鬱気味になってしまい、途中で書くのをやめてしまうからです。

ではこの物語は、ハッピーエンドだったんでしょうか? それともバッドエンドだったんでしょうか?


さて、最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


主人公が『僕』の一人称小説を書いていると、どうしてもいーちゃんやみーくんが頭を過ります。オリジナルって難しいですね。


今回この『s_complex』はここで終わりですが、また近日中に似たようなダークな話を投稿します。正直そちらは意味不明な内容となっていますので、時間と根気のある方はよろしくお願いします。


最後に、他の投稿作の宣伝をば。


『六花廷へようこそ!』(完結済み・ラブコメ) → http://ncode.syosetu.com/n8418eb/

『ドラキュティックタイム』(連載中・現代ファンタジー) → http://ncode.syosetu.com/n7742eb/

『夜が降りてくる』(連載中・現代ファンタジー) → http://ncode.syosetu.com/n7096ec/

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