第16章
『只今、電話に出ることができません……』
「くそっ!」
相佐さんの携帯にかけると、すぐに留守番電話に切り替わった。けど留守電になるってことは電源は切っておらず、着信に気づいていないか携帯自体を所持していないのか。まさかもう、手遅れなんてことは……。
ダメだ、考えるな!
雨が降りしきる中を駆け抜ける。水浸しになることはもうどうでもよかったが、携帯が壊れるのだけは心配だ。相佐さんが折り返しの電話をくれているのに、通話できなかったら意味がない。
相佐さんの家は、高校を挟んだまったくの逆側だ。しかし全力疾走ともなれば、十分程度で行き来することができる。
「…………え?」
門を開け放ち、玄関を叩いて出てきたのは、相佐さんの母親らしき人物だった。夕食の準備の途中だったのか、エプロン姿で訝しげに僕を見る。
そりゃ当然だ。こんな大雨の中、傘も差さずびしょ濡れになりながら息を切らして、娘の友達だと言うのだ。少しくらいは不審に思わなければ、母親失格である。
そして彼女の告げた言葉は、予想範囲内の最悪な部類だった。
相佐さんは、友達に呼び出されて、さっき出て行ったらしい。母親が夕飯はどうするかと訊いたら、ちょっと話してくるだけだからすぐ戻る、と返して。
友達? 話? この雨の中で?
そんなもの、電話で済ませばいいじゃないか!
短時間で済む話など、尚更のこと。
あれほど暗くなってからの一人歩きはしないようにと言ったのに……。
いやだからこそ、相佐さんを呼び出せるのは相当親しい友人のはず。
だとしたら……。
呆然と相佐さんの母親の話を聞いていた僕は、即座に思考の海から現実へと還り、再び駆けだしていた。
話だと? 一体どこで。
この大雨の中、道端でということはまずない。ならば屋根のある場所。
もし不条さんが相佐さんを刺す目的で呼び出したのだとしたら、人目のあるところで待ち合わせはしないはず。
かつ相佐さんが、この雨の中に呼び出されたとしても不思議に思わない場所。
「…………」
確率は高いが、絶対じゃない。けどもう悩んでいる暇などない。さっき家を出たんだとしたら、二人が出会うまでにはすでに十分な時間が過ぎているはず。
ならば……賭けだ!
僕は再び携帯を取り出す。念のためアドレス帳に登録しておいて、本当によかった。
悠長に鳴る電子音が、フラストレーションを駆り立てる。コール五回で相手が出た。
「裕次郎さん!」
『あぁ、長瀬か。こっちはお前の電話番号を登録してないから、誰かと思ったぞ。そうそう朗報だ。ついさっき、例の連続殺人犯を捕まえた。追加の被害者も出すことなく、俺たちの努力が報われて良かったよ』
そんなことはどうでもいい!
「裕次郎さん!」
もう一度、相手の名前を叫ぶ。慣れない全力疾走をしているためか、言葉が途切れ途切れだ。
相手も僕の息遣いに、異変を感じたのだろう。声を低くし、言葉に真剣味が増す。
『どうした?』
話したいことは山ほどあるが、足を止めてダラダラと説明している時間はない。必要最低限のことだけを伝えなければ。
現状に危機感を持ってもらうために、まずは簡潔に叫んだ。
「助けて!!」