表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷竜の盾  作者: ま蔵
吹き荒れるは風
7/10

港湾都市

久しぶりです

 ファーガン達はハリクを拠点とし、

 海岸線に敵の姿がないか捜索を続けていた。

 どうやら大方それも済んだようである。

 若い騎士が、ファーガンの元にやって来た。

「もはやこのヴェリアの土地に、野蛮な略奪者の影は見られません。」




 ヴェール防衛戦以降の一連の戦いで、

 ファーガンは「風」を

 ヴェリアから追い出すことに成功した。

 しかし、略奪され荒れてしまった土地の復興も

 急務である。

 また本格的に「風」の略奪を防ぐ為には、

 逆にこちらから北方へ乗り出して行き

 彼らを攻撃する必要がある。

 ファーガンは迷っていた。

 為政者として、

 敵と内政のどちらを優先すべきなのだろうか。





「アーロッド、お前はどう考える? 風を海に叩き出したところで、我々には二つ選択肢がある。海に繰り出していって敵を追うか、略奪された土地を再び豊かな大地に戻すのか。」




「まずヴェリア領内の再生に注力すべきかと。

 西のガルリアの動きが気になります。帝都も我々のこの戦をどう捉えているか。敵は外だけとは限りません。

 現状風を追撃する余力もないでしょう。」




 アーロッド・レイゼルク。

 レイゼルク家はもともとハリクの領主一族であったが、

 ハリクが略奪されヴェールに逃れて来たのを、

 父の代で直属の臣下に登用した。

 アーロッドの父は余り優れた武人ではなかったが、

 詩や文学に造詣の深い文化人で、

 ファーガンは彼の父を尊敬していた。

 アーロッドはそんな父の血を引いているからか、

 温和な人柄でファーガンにとって親友と言っていい

 存在である。





「まずハリクを再建しよう。この街を再び活気に溢れた場所に戻すのだ。」





 ファーガンはハリクをヴェールに勝る都市に

 作り上げるつもりだ。

 いずれはハリクをヴェールに代わる伯爵家の居城と

 する。

 帝国との戦を見据えたこの「遷都」を

 実現する為にも、

 ハリクの復興は必要不可欠だ。

 それに、近隣の伯爵家の動向も気掛かりである。

 帝国は伯爵達を統制する力を失い、

 帝都から遠い領域では、

 伯爵同士の戦いも何度か起きている。

 帝国建国初期から、

 ガルリアとヴェリアの両伯爵家は仲が悪く、

 幾度となく小競り合いを起こしてきた。




「私もレイゼルクの人間です。ハリクがこの様な姿では…。美しきハリクを、父は愛していました。」





 レイゼルク家の人間にとって、

 ハリクは大切な場所だ。

「ハリク」という街の名自体、

 ハリクを建設したレイゼルク家の家祖、

 ハリク・レイゼルクに由来する。

 故郷がこの様な姿となっていることは、

 アーロッドにとってとても辛いことだろう。




「まだすべき事は山ほど残っている。アーロッド、ラズムントを呼んでくれないか?お前も一緒にあの男の話を聞こうではないか。」





「あの男、どうも気が合いません。捕虜の中でも一番良くペラペラと言葉を発するんです。奴の口に今すぐでも蓋をしてやりたい位だ。」





「まあそう言うな、アーロッド。奴の話、中々興味深いのだぞ?」




「ファーガン様は相変わらず変わりませんね。」




 アーロッドはそう言うと、

 天幕から去っていった。

 しばらく待つと、

 アーロッドと、数人のヴェリア兵、

 それに手を錠で繋がれたラズムントがやって来た。




「お呼びでしょうか伯爵殿下。なんでもこのラズムントの話をお聞きになりたいそうで。」





「旅する」ラズムント。

 捕虜となった一人の男は、

 己の名をそう名乗った。

 十五の時に一人で船を駆って、

 帝都の南の海に浮かぶ、シザリアまで赴いたのが

 彼の誇りだそうだ。

 単なる法螺吹きではないのだろう。

 帝国とその近隣地域の地理にかなり詳しく、

 各地を回って商いをするのが本業らしい。





「お前らが帝国を襲うようになったのは、

 今から四十年ほど前からだ。

 それまで、

 南に、稀に商いに訪れることはあっても、

 お互い危害を与える様なことは無かったと聞いている。

 なぜここまで大規模な略奪が

 行われるようになったんだ?

 そしてなぜ四十年もの間それが続く? 」





「お話したいのは山々ですが、何分この腕が悲鳴を上げておりまして…。」




「何を生意気な…!」

 アーロッドは不機嫌である。





「良いではないかアーロッド。その錠を外してやれ。」





 錠の開く音が聞こえ、

 安堵の表情を浮かべるラズムント。





「冬でございます殿下。」





 ラズムントが語り始めた。





「冬? 」





「はい。我らがスヴィヨッドは、寒く暗い冬によって閉ざされてしまったのです。」





「どういう意味だ? 」





「我らがスヴィヨッドは北の土地。故に元々冬は厳しいものでございました。

 それが年が過ぎる毎に、

 より厳しくなって行くのでございます。

 海から得られる魚も、土を耕して育つ食べ物も、

 寒さが厳しくなる毎に少なくなってゆく。

 自然の摂理にございます。

 寒さから逃れるには南へ向かう。

 どんな阿呆にも思いつくことでございます殿下。」





 冬。それが彼らを虐げ、

 彼らも生きる為に略奪を選んだと言うのか。





「しかし、何故略奪という手段を選んだのだ?

 他にも手段はあっただろう。」





「伯爵殿下は、我々風と、ヴェリアの民は、

 帝国が建国される以前は同じ民族であったのをご存知でしょう。」





「ああ。帝国は国民の統一のため、国教の信仰を強制している。それが大昔のヴェリア人の中で、

 納得の行かない人間も数多く居た。

 それがお前ら風の祖、

 逆に帝国に

 従う事を選んだのが我々の祖なのだろう?」





「我々にとって、南の民は裏切り者。

 その様な卑怯な連中を頼るのは祖の誇りを捨て去る愚行だ。

 この様に申す者も確かに居りましたが、

 背に腹は変えられませぬ。

 ヴェリアの民と和解し、

 ヴェリアの地への移住を決断する者も増え、

 我々の船着場があった辺りでしょうか。

 一つの街が出来上がったのです。

 力の弱き民が集まり、

 お互いを温め合うようにして産まれた街でした。」





「知っている。

 風の民が移住し出来上がった街があったことは、

 伯爵家の記録にも残っている。」





「その街は、ある日やってきたヴェリアの軍勢によって焼かれ、灰燼に帰してしまいました。

 まともな軍も持たず、戦う術も持っていなかった我らの街の民は、抵抗らしい抵抗もできず、

 全てを奪われ殺されてしまったのです。」





「待て! 記録には、その様な記述は無い!

 どういう事だ? 」





「略奪」を先に行ったのは、

 我々ヴェリアの方だとでも言うのか。





「都合の悪い歴史が捨て去られてしまうのはよく有る

 話でございます殿下。

 その悲劇を知ったとき、

 風の民は怒りに燃えたのでございます。

 それからでございます。

 我々の父達の代でしょう。

 ヴェリアに対する略奪が始まったと聞いております。」





 帝国建国以来から続く蟠りが、

 二つの元は同じであった民を分かつことが、

 今お互いの流血と共に噴出している。

 それがとても悲しく思えた。




「どうにか止める術は無いのか…。」





 西の空に日が沈んで行く。

 冷たい空気が肌を撫で、

 辺りは仄かに闇を帯び始めた。

 夜が訪れる。



























よろしくお願いします^ - ^

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ