港湾都市
久しぶりです
ファーガン達はハリクを拠点とし、
海岸線に敵の姿がないか捜索を続けていた。
どうやら大方それも済んだようである。
若い騎士が、ファーガンの元にやって来た。
「もはやこのヴェリアの土地に、野蛮な略奪者の影は見られません。」
ヴェール防衛戦以降の一連の戦いで、
ファーガンは「風」を
ヴェリアから追い出すことに成功した。
しかし、略奪され荒れてしまった土地の復興も
急務である。
また本格的に「風」の略奪を防ぐ為には、
逆にこちらから北方へ乗り出して行き
彼らを攻撃する必要がある。
ファーガンは迷っていた。
為政者として、
敵と内政のどちらを優先すべきなのだろうか。
「アーロッド、お前はどう考える? 風を海に叩き出したところで、我々には二つ選択肢がある。海に繰り出していって敵を追うか、略奪された土地を再び豊かな大地に戻すのか。」
「まずヴェリア領内の再生に注力すべきかと。
西のガルリアの動きが気になります。帝都も我々のこの戦をどう捉えているか。敵は外だけとは限りません。
現状風を追撃する余力もないでしょう。」
アーロッド・レイゼルク。
レイゼルク家はもともとハリクの領主一族であったが、
ハリクが略奪されヴェールに逃れて来たのを、
父の代で直属の臣下に登用した。
アーロッドの父は余り優れた武人ではなかったが、
詩や文学に造詣の深い文化人で、
ファーガンは彼の父を尊敬していた。
アーロッドはそんな父の血を引いているからか、
温和な人柄でファーガンにとって親友と言っていい
存在である。
「まずハリクを再建しよう。この街を再び活気に溢れた場所に戻すのだ。」
ファーガンはハリクをヴェールに勝る都市に
作り上げるつもりだ。
いずれはハリクをヴェールに代わる伯爵家の居城と
する。
帝国との戦を見据えたこの「遷都」を
実現する為にも、
ハリクの復興は必要不可欠だ。
それに、近隣の伯爵家の動向も気掛かりである。
帝国は伯爵達を統制する力を失い、
帝都から遠い領域では、
伯爵同士の戦いも何度か起きている。
帝国建国初期から、
ガルリアとヴェリアの両伯爵家は仲が悪く、
幾度となく小競り合いを起こしてきた。
「私もレイゼルクの人間です。ハリクがこの様な姿では…。美しきハリクを、父は愛していました。」
レイゼルク家の人間にとって、
ハリクは大切な場所だ。
「ハリク」という街の名自体、
ハリクを建設したレイゼルク家の家祖、
ハリク・レイゼルクに由来する。
故郷がこの様な姿となっていることは、
アーロッドにとってとても辛いことだろう。
「まだすべき事は山ほど残っている。アーロッド、ラズムントを呼んでくれないか?お前も一緒にあの男の話を聞こうではないか。」
「あの男、どうも気が合いません。捕虜の中でも一番良くペラペラと言葉を発するんです。奴の口に今すぐでも蓋をしてやりたい位だ。」
「まあそう言うな、アーロッド。奴の話、中々興味深いのだぞ?」
「ファーガン様は相変わらず変わりませんね。」
アーロッドはそう言うと、
天幕から去っていった。
しばらく待つと、
アーロッドと、数人のヴェリア兵、
それに手を錠で繋がれたラズムントがやって来た。
「お呼びでしょうか伯爵殿下。なんでもこのラズムントの話をお聞きになりたいそうで。」
「旅する」ラズムント。
捕虜となった一人の男は、
己の名をそう名乗った。
十五の時に一人で船を駆って、
帝都の南の海に浮かぶ、シザリアまで赴いたのが
彼の誇りだそうだ。
単なる法螺吹きではないのだろう。
帝国とその近隣地域の地理にかなり詳しく、
各地を回って商いをするのが本業らしい。
「お前らが帝国を襲うようになったのは、
今から四十年ほど前からだ。
それまで、
南に、稀に商いに訪れることはあっても、
お互い危害を与える様なことは無かったと聞いている。
なぜここまで大規模な略奪が
行われるようになったんだ?
そしてなぜ四十年もの間それが続く? 」
「お話したいのは山々ですが、何分この腕が悲鳴を上げておりまして…。」
「何を生意気な…!」
アーロッドは不機嫌である。
「良いではないかアーロッド。その錠を外してやれ。」
錠の開く音が聞こえ、
安堵の表情を浮かべるラズムント。
「冬でございます殿下。」
ラズムントが語り始めた。
「冬? 」
「はい。我らがスヴィヨッドは、寒く暗い冬によって閉ざされてしまったのです。」
「どういう意味だ? 」
「我らがスヴィヨッドは北の土地。故に元々冬は厳しいものでございました。
それが年が過ぎる毎に、
より厳しくなって行くのでございます。
海から得られる魚も、土を耕して育つ食べ物も、
寒さが厳しくなる毎に少なくなってゆく。
自然の摂理にございます。
寒さから逃れるには南へ向かう。
どんな阿呆にも思いつくことでございます殿下。」
冬。それが彼らを虐げ、
彼らも生きる為に略奪を選んだと言うのか。
「しかし、何故略奪という手段を選んだのだ?
他にも手段はあっただろう。」
「伯爵殿下は、我々風と、ヴェリアの民は、
帝国が建国される以前は同じ民族であったのをご存知でしょう。」
「ああ。帝国は国民の統一のため、国教の信仰を強制している。それが大昔のヴェリア人の中で、
納得の行かない人間も数多く居た。
それがお前ら風の祖、
逆に帝国に
従う事を選んだのが我々の祖なのだろう?」
「我々にとって、南の民は裏切り者。
その様な卑怯な連中を頼るのは祖の誇りを捨て去る愚行だ。
この様に申す者も確かに居りましたが、
背に腹は変えられませぬ。
ヴェリアの民と和解し、
ヴェリアの地への移住を決断する者も増え、
我々の船着場があった辺りでしょうか。
一つの街が出来上がったのです。
力の弱き民が集まり、
お互いを温め合うようにして産まれた街でした。」
「知っている。
風の民が移住し出来上がった街があったことは、
伯爵家の記録にも残っている。」
「その街は、ある日やってきたヴェリアの軍勢によって焼かれ、灰燼に帰してしまいました。
まともな軍も持たず、戦う術も持っていなかった我らの街の民は、抵抗らしい抵抗もできず、
全てを奪われ殺されてしまったのです。」
「待て! 記録には、その様な記述は無い!
どういう事だ? 」
「略奪」を先に行ったのは、
我々ヴェリアの方だとでも言うのか。
「都合の悪い歴史が捨て去られてしまうのはよく有る
話でございます殿下。
その悲劇を知ったとき、
風の民は怒りに燃えたのでございます。
それからでございます。
我々の父達の代でしょう。
ヴェリアに対する略奪が始まったと聞いております。」
帝国建国以来から続く蟠りが、
二つの元は同じであった民を分かつことが、
今お互いの流血と共に噴出している。
それがとても悲しく思えた。
「どうにか止める術は無いのか…。」
西の空に日が沈んで行く。
冷たい空気が肌を撫で、
辺りは仄かに闇を帯び始めた。
夜が訪れる。
よろしくお願いします^ - ^