表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷竜の盾  作者: ま蔵
吹き荒れるは風
6/10

継承

久しぶりになってしまいすいません。

 非力な子供や女は、常に暴力によって

踏みにじられるのは乱世の常だ。

 周りの何人かは、声を殺して泣いている。

 平和であったはずの日常が、

一瞬で崩れ去ることに、まだ何も知らない

 無垢な存在では耐え切れはしないだろう。

 母親が目の前で切り裂かれるのを

見た仲間に至っては、虚ろな目で項垂れている。

 まだより幼い頃に聞いた子守歌に出てくる、

「ヴェリアの風」と呼ばれる者達。

 全てを奪われ、殺されていった同胞達を数多く見た。

 こんな時、自分はどうすべきなのだろうか。

 親や師は、皆の道標となれと言う。

 隠れた民家の近くには、

すでに「風」が迫っているのが分かっていた。




「お城に逃げよう! きっと父上が助けてくれる! 」

 



疲労で言うことを聞かなくなった体を奮い立たせ、少しでも声が通るように。

 絶望に抗い、皆を導けるのは己だけなのだ。

 こんな所で諦めるわけにはいかない。

 逃げ込んだ民家から出て暫くした所で、

 略奪者の一団が追ってくるのが見えた。

 後ろを見て、恐怖で腰を抜かしてしまった

仲間の少女。

 鋭い剣で刺し貫かれるのが、視界の隅に見えた。

 大人の足から逃れられる訳がなく、

みるみるうちに略奪者との距離が縮まっていく。

 ふと前を見れば、

騎士がこちらに迫ってくるのが分かった。

 そこにガルムの姿があった。

 いつも自分に剣を教えてくれる、少し年の離れた兄のように思っている。




「ファーガン様! 」

 



ガルムはファーガンの体を抱きかかえると、そのまま素早く手綱を引き城の方向へと引き返した。




「待て! 皆が! ガルム! 」




 ガルムは一言も言葉を発しない。

 仲間たちと距離が開いていく。

 仲間たちは、敵の一団の餌食となった。

 文字通りの虐殺に、思わず吐き気を催した。

 必死に逃げようとするも、

背中から斬撃を浴び絶命する少年の姿が見えた。

 恐怖に怯えた目から光が消えていく。

 その表情が、一瞬の間だけ悲しみと恨みに満ちたものになったのが、ファーガンの目に映った。

 ああ…… と言葉にならない溜息が漏れる。

 ふとガルムの顔を見上げると、

頬を伝う一筋の涙が見える。

 石畳を蹴る蹄の音が、寂しげな音で木霊していた。

 



ヴェリア伯爵家の当主の座を、

ファーガンが継承したことを祝う使者が

何人も訪れて来ている。

 先代当主の父が病に斃れ、

長男である弱冠十六歳のファーガンが主となる。

 継承はスムーズに行われ、

特に問題も無く事が進んだ。




「……其方をヴェリア伯爵に任ずる。」





 帝都から来た使者が、皇帝からの勅書を読み上げた。





「謹んでお受け致します。」





 正直ファーガンは余りいい心持ちはしなかった。

 時が来れば、

衰退する帝国に反旗を翻すつもりだからだ。

それにあの夢の所為もある。

子供の頃、風に仲間を何人も殺された。

 自らの悲劇的とも言える過去を、

あの夢は半ば強制して自分に思い起こさせるからだ。

 帝国は腐敗し、外敵の侵入に対し

有効な手を打てなかった。

 だからこそ、腐った帝国から覇権を勝ち取り、

皆を護る国を作るのだ。

 それができるのは己だけだ、という自負がある。

 帝国の勅使が帰った後、

宴が華やかに開かれた。

 華やかな宴の中で、

ファーガンは焼けるような心で新たな秩序の

建設を決意する。

 それは険しい戦の道に踏み込むことを意味した。

ガルムがゆっくりと近づいてくる。

顔が紅潮し、

酒と新たなる主の誕生に酔っているようだ。





「随分と楽しんでいるようだな、ガルム。」





ファーガンが静かな口調で語りかける。





「この葡萄酒が中々のものでして。ファーガン様も酔って居られるようですが?何か大きな事をお考えなのでしょう。」





ガルムはファーガンの夢を見透かしているようだ。





「あの時の事を覚えているか?

幼い時、何人もの友を殺された。

我々がヴェリアの地で苦しんでいた時、

帝国は手を差し伸べてくれたか? 政争に明け暮れ

民を蔑ろにしていた。これが許されるのか。

本来民を守るのが我々為政者の役目ではないか。

権力とは己の為にあるのでは無く、より多くの民の為にあるのではないのか。」





ファーガンは昂った気持ちのままに語り続ける。




「帝国を一度この世界から

消し去らなければならん。淀んだ空気に新たなる風を吹き込むように。

腐敗した帝国ではもう民を守れぬのだ。

俺がその新たなる風となる。

ヴェリアの風なる野蛮な略奪者達も、

腐りきった帝国も吹き飛ばしてやる。

その上で、男も女も、子供も老人も誰もが傷つけられぬ国をこの手で作るのだ。

博打と言われても俺はやる。

それがこの俺の使命だからだ。」




ガルムは笑みを浮かべている。

その笑みには彼の人柄故の力強さがあった。




「面白そうな博打ですな。

私もその博打乗ってしまいましょう。

もともとこの命、

ファーガン様にお預けしている物ですから。」




宴は終わらない。

ファーガンにも少し酔いが回ってきた時、

彼は自らのこの門出が、

偉大なる歴史の

第一歩であるかのように感じられていた。








感想、評価等お待ちしてます

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ