月光
短いですが。
憎かった。
只々憎かった。
何が憎いのかと尋ねられれば、エイルは答えに詰まってしまうだろう。
「ヴェルガルド」の軍勢とも言えるし、
不甲斐ない自らの軍と己自身とも言える。
徹底的に追撃してきた敵の大将とも言えた。
あらゆることが憎かった。
戦いを嫌う彼女にそれを強制する世の中も憎い。
淀んだ感情が彼女の中で渦巻いている。
何よりもそれが一番憎いのであった。
(それにしてもあの男……。)
エイルは、先の会戦で敵の大将と出会った。
ファーガンという名の、自分と同い年位の青年だった。
高い背、整った顔、精悍な声……。
エイルは何度も記憶を反芻させていた。
体の奥が熱い。
彼女自身初めての感情だった。
心から憎い筈の男の事を、片思いに悩む娘のように
想像していることに苛立ちを隠せない。
次会うときは、一体どのような立場で
出会っているのだろうか。
きっと敵として相見えるのだろう。
「スヴィヨッド」はまだまだ遠い。
月明かりが海を照らし、明々と輝いていた。
ガラスの杯に入っている水が、
月の光を妖しく揺らしていた。
寝台に入ったが妙に落ち着かない。
その様に魅入っていると、あの女の事がぼんやりと浮かんできた。
美しい、あの女を見たときの素直な感想だった。
背が高く、長い手足、
透き通るような切れ長の目に、
雪の様に白い肌。
流れる様な長い髪。
詩的な程に美しい。
敵でなかったら、と一瞬考えた。
ファーガン自身これには驚いた。
(あの女、名はなんと言うのだろう。)
名も知らない女。
敵の女。
余りに遠いからこそ、
よりファーガンの意識に深く存在するのだろう。
薄っすらと感じる微熱の様な感覚の中、
ファーガンはそっと目を閉じた。
長い間空白期間があって、
久しぶりの更新の為、
準備運動的な短さですがご了承ください。