ヴェール防衛戦
「ヴェリアの風」、そう呼ばれる民族は、
今では帝国の民となったヴェリア人と祖を同じくすると言われている。
帝国が建国される以前のヴェリアは、
帝国化される以前のヴェリア人、古ヴェリア人の
小国家群が乱立し争いを繰り広げていた。
しかし、南方のアムリアの地に、帝国が成立したことによって、この古ヴェリア人達は自らの宗教を捨て、我らの「国教」に帰依する者と、ヴェリア古来からの宗教を信じ続ける者達とに分裂した。
帝国は次第に勢力を広げ、遂に古来からの宗教勢力をヴェリアの地から駆逐し、帝国の領土としてヴェリアを併合した。
この時、「ヴェリアの風」達の祖は自らの信仰を維持する為、北方の海へ新天地を求めて旅立ったと伝えられている。
〜「ヴェリア史書」より〜
「ヴェリアの風」、そう呼ばれる略奪者が現れたのは、夜明けが近づき東の空が微かに明るくなってきた頃だった。
城壁を守る兵士から見て、その軍勢はとても強大に写る。
一歩ずつ城壁に迫ってくる暴力の奔流は、最初に投槍や弓による攻撃を始めた。
バタバタと守備兵が倒れ始める。
「押し負けるな! こちらからも矢を撃ちかえせ!」
ガルムが檄を飛ばす。
守備兵も負けじと弓を放った。
敵の中にも矢を受け倒れ始める者が出始めたが、
果敢に前進してくる。
全く怯んだ様子は見られない。
むしろ少しづつ近づく獲物に興奮を増しているようだ。
「ヴェリアの風」の戦士達は、帝国の民とは違った宗教観を持っていると聞いた。
勇猛に現世で戦い散った者は、戦乙女に迎えられ、 楽園の様な場所へ行き、来たる最後の神々の戦いに
備えると言われている。
なんと戦が好きな民族だろうか。
死してもなお戦が待つ。
帝国の民のように、殺し合いに微塵も恐怖は感じていないのだ。
戦自体を崇拝している、と言っても過言はない。
(戦乙女。どんな美女なのだろうか。)
何かが飛んでくる。
咄嗟にそう感じた後、聞こえてきたのは風を切る音だった。
矢、あるいは投槍か、兜を掠めて遠い闇へと消えていく。
ガルムが避けた訳ではなく、まるで神が悪戯をしたかのように幸運が彼を助けたのだ。
冷たい汗が背中から噴き出すのを感じた。
(幾つ命があっても足りんぞ。)
危うくガルムが戦乙女に召されるところであった。
生命の危機に瀕したとき、
人間は一番自らに生があることを実感すると言う。
恐怖と共に、何かに恋をしているかの様な陶酔を
覚えた。
ガルムを狙ったのであろう男が悔しそうに睨みつけている。
素早く倒れた味方の弓をとると、
矢を番え狙いをつけた。
(俺より先に戦乙女の顔を拝ませてやろう。)
ガルムの放った矢は美しい軌道を描いて、
敵の額へと飛んでいく。
目と目の間、鼻の真上辺りに矢が突き刺さる。
目から力が消えその場に崩れ落ちる男の姿は、
ガルムの本能的な力に対する欲求を満たす。
「戦え! 敵がそこにいる限り手を休めるな!」
近づいて来た敵の軍勢は、
大きな板を城壁に立て掛け始めた。
雪崩のような勢いで壁を越えようとしている。
「登って来る敵を殺せ! 通せば後が無いぞ!」
ガルムが叫ぶ。
「風」が壁を越えようとするとき、
大きな板を立て掛け登って来る。
ハリクの戦いでは同じ方法で壁を超えられていた。
帝国の民が用いる梯子を使って登る方法より、
盾を構えながら進める為に犠牲を少なくして守備兵 の場所まで到達できるのだ。
対抗する為にヴェリア軍は弓兵などの兵を盾でかばいつつ、
優先的に登って来る兵士を叩かせることで対応している。
これにより、登って来る兵士は左右横方向、
さらに前方という三方向からの攻撃にさらされる。
効率的に敵を消耗させることのできる戦術を友軍の兵に徹底させているのだ。
しかしそれでも敵は恐れを抱かず足を止めはしない。
城壁を登り切る敵が現れ始めた。
団子のように固まって切り結ぶヴェリア兵と
「風」の戦士。
ガルムの近くに、城壁を登りきった敵の戦士が現れた。
敵が持つ斧は、「風」の素朴で美しい装飾が施され鋭く磨かれている。
あの斧が肉を切断し骨を砕く。
鮮血を撒き散らしながら倒れる自らの姿が
ガルムには容易に想像できた。
言葉にならない雄叫びを上げながら敵が向かってくる。
敵が振り下ろす斧を身軽に躱すと、
ガルムは剣を一直線に敵の首を狙って振るった。
避けようとする敵であったが、
重力のある斧を渾身の力で振るった直後である。
体勢を立て直すには至らなかった。
ガルムの剣は赤い血の軌跡を描き、
敵の体は主を失いふらふらと倒れた。
(やはり何度斬っても慣れぬな。)
戦とはこういうものなのだ、と自らに言い聞かせて
心を静めた。
次々と現れる敵を一人ずつ倒していく。
劣勢ではあった。
敵の主力がガルムの守備隊が守る場所に集中的に
攻撃を仕掛けていたからだ。
(戦乙女とご対面か。)
ガルムは決死の覚悟で戦うことを誓った。
実際こんな所で死ぬつもりは毛頭無いが、
死ぬ覚悟で戦わねば勝利は難しいだろう、
と考えたからだ。
押される友軍の兵を奮い立たせつつ、
目の前の敵を斬り倒していくガルムの姿は、
「風」の戦士達に、「軍神」と呼ばれ
尊敬されたと言う。
戦は重要な局面を迎えていた。
勢いを失い攻勢を弱める敵が増えていたが、
未だ勝利が決まった訳ではない。
ガルムの部隊が敵主力に押され気味である、
という伝令がファーガンのもとに舞い込んできた。
もし敵主力が城壁を突破するのを許せば危険な状況になる。
さらにガルムの守備隊が壊滅すればかなりの数の兵士を失うことになる。
死守させるか、後退させて街の中で主力を叩くか。
ガルムの守備隊が守る場所付近の街の構造が、
路地の入り組む狭い道が多くなっていることを思い出した。
地の利を生かし敵を街に誘い込んで袋叩きにすることが有効な手段だと考えられた。
何よりもガルムを失うことが一番の痛手である。
ファーガンの心は決まっていた。
予備として保存しておいたファーガン直属の兵と、
軍議の為にヴェールに集結していた家臣達とその
手勢で 街の中に強固な防衛線を敷き反撃する作戦を とることにした。
「皆の者! 今から敵主力を叩く! ついて参れ!」
ファーガンが家臣達に呼びかけた。
家臣達の士気は高く、未だ損耗のない部隊の投入は
局面を打開し得る。
「ガルムに伝えよ。今から向かう。街の中で決戦を行う故号令を出し次第後退せよ、と。」
ガルムの撤退の手際、これがこの作戦における重要な要素となる。
伝令兵が素早くガルムの元へと走って行った。
(耐えてくれガルム……。)
ガルムならば持ち堪えてくれるであろうとは考えたが、戦というのは何が起こるか分からない。
胸中は不安が渦巻いていたが、
ファーガンにはそれに勝る勇気があった。
「ディルク、ここを頼む。」
「御武運を。ファーガン様。」
ディルク、ヴェリア伯爵家の宰相とも言える人物で、ファーガンと、伯爵家に対する忠誠は彼の右に出る者はいないだろう。
寡黙だが、彼の高い人徳は家中の尊敬を集めている。
「ディルク、そんな顔をするな。まるで今生の別れのようではないか。」
「ご無事で。」
ディルクが微笑んでいる。
肝が座っているな、といつも思う。
まだ若さの抜けきらない自分に、
人の上に立つとはなんたるかを教えてくれる存在だ。
「ああ。」
ファーガンは頷くと、そう答えて振り返り、
ディルクの元を後にした。
色々な人間に期待されて立っている立場。
それがこの伯爵という地位なのであり、
自分はその期待に応える義務がある。
ファーガンは改めてそれを実感し、
身が引き締まる思いで一杯になる。
(やはりこの戦、負ける訳にはいかんな。)
ファーガンの出陣は、東の地平線に太陽が
登り始めた頃であった。
太陽が、まるで彼を祝福しているかのような
光をもたらしている。
戦へと向かうファーガンの後ろ姿からは、
闘志が沸々と湧き上がる彼の心が見えてくるようであった。
ヴェールの戦いは遂に佳境を迎える。
二話目です。
頑張って続けたいと思います。
次回あたり女の子登場させようかな(笑