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07

【玖郎】



 階段を上がり続ける。

 足は重く、息は荒くなりはじめている。

 中層フロアと上層フロアとの距離の、三分の一程度は登っただろうか。半分までは来ていないが、四分の一も進んでいないとは思いたくない。

 外階段を吹き抜ける風は冷たく、汗をかく端から体温が奪われるように感じた。冬の夜気に息が白くなるが、すぐに風に吹き流されるため、ほとんど視界に入らない。

「……」

 僕だけでなく、茜も珊瑚も、しばらく前から無言だ。

 単調に階段を上り続ける運動は、それだけで体力を奪う。寒さも、風も、体力を奪う方向に働く。上層フロアに到着する前に体力が尽き、座り込んでしまうイメージすら浮かぶ。

 だが、そのような展開にはならないだろう。

 中層フロアでの攻防は瑠璃に任せてきた。彼女と、彼女が頼るであろう『悪い魔女』の能力を考えるに、あと数分もしないうちに状況が動くはずだ。

 一時的に魔法が戻り、その後に取り返すことができるはず。

 その時は――。

 そこまで思考がおよんだタイミングで。

 ぶつん、と音がしそうなほど唐突に、視界が暗転した。

「わっ――」

「きゃ」

 珊瑚と茜の悲鳴が聞こえた。

 僕自身も、暗闇に投げ出されたような感覚に襲われる。

 自分を支える物が消失したように錯覚し、浮遊感と落下感覚が脳裏に訪れる。

「落ち着いてください。照明が消えただけです」

 自分にも言い聞かせるように、僕は声を出した。

 ある程度予測していた僕ですら、相当驚いたのだ。

 茜や珊瑚が、転倒して負傷などしていないと良いが。

「停電です。瑠璃の反撃の第一段階です」

「え? 瑠璃の? これが?」

 茜の疑問の声が、説明を促している。

 僕は、その前に周囲の状況を素早く確認する。

 遠方の街明かりには変化がないが、このシーナタワーは、視界の届く限り上から下まで停電しているようだ。

 だとすれば、〈保護魔法〉(プロテクト)〈阻害魔法〉(プリベント)も、一時的に機能を失っているはず。

「珊瑚先輩、明かりが欲しいです。火をお願いできますか?」

「ああ。〈生成〉(クリエイト)

 ぽっ、と珊瑚の手の平の上で、火の玉が点った。

 キャンプで使うカンテラ程度の光の量だ。茜に頼むと、こういう微調整が望めないので――。

「魔法、使えてる!」

「うわ。どうして――?」

 茜の声に、僕は説明の順番が逆だったと思い至る。

 言われて反射的に魔法を使ったようで、当の珊瑚も驚いている。

「落ち着いて下さい。瑠璃が起こした停電によって、一時的に魔法が戻っているだけですから」

 見ると、珊瑚は右手で明かりを点しながらも、左手を階段の板についた腰砕けの格好だ。茜も、両腕で近くの手すりにしがみついた情けない格好だった。

 急に光を奪われたのだ、無理もない。

「とりあえず、あの踊り場まで行きましょう。少し落ちついて、状況を説明します」

 僕は、珊瑚の明かりを頼りに、階段を数段上り、踊り場の板に直接腰を下ろした。

 茜と珊瑚も僕にならって、踊り場の一段上の段に並んで腰掛けた。

 僕との位置を気にしたのか、茜が〈魔法少女〉(プリンセス)の衣装のスカートを巻き込むように両足をそろえ、少し斜めに座り方を変えた。

 その仕種が変に女の子らしく、笑いそうになってしまった。この最終〈試練〉(トライアル)の緊張感に似合わないし、なにより茜に似合わないと思ったのだ。

「珊瑚先輩、明かりを消して良いですよ。魔力の節約と、暗闇に目を慣らしておきましょう。ただし、この暗闇の中で移動するのは危険です。少し話をしましょう」

 僕の言葉に、再び暗闇が訪れた。

 冷静になれば、遠い街明かりだけでなく、電池で点灯する非常口の表示など、近くにも光が存在していることが分かる。

「それで、これは本当に瑠璃がやったの? 停電なんてどうやって――」

「ちょっと待った」

 早速始まった茜の疑問を、珊瑚の声が遮った。

「小泉。確認だけど、魔法が戻った今のうちに、上層フロアまで一気に移動した方が良いんじゃないか?」

 ふむ。

 単調に階段を上りつづけ、唐突に暗闇、魔法の回復、暗闇と状況が急変する中で、優先事項を見失わない思考は及第点だな。

「この状況は、停電によって一時的に〈阻害魔法〉(プリベント)が停止しているだけです。復旧のタイミングが分からない以上、空に飛び上がるのは危険です」

「そうか。それなら、少しでも階段を登った方が」

「瑠璃を信じるなら、この後、ちゃんと魔法を取り戻してくれます。飛べば一瞬なのですから、無駄に体力を浪費する必要はないでしょう」

「それもそうか。悪かった、話を邪魔したな」

 珊瑚は納得したようだった。

 甘いな。

 もう一歩踏み込んで、それではどうしてここまで登ったのか、と問えば良かったのに。さすがの僕も答えに窮するところだったが――。

「二階で見た、〈保護魔法〉(プロテクト)は覚えていますね。床一面の水晶に掘り込まれた魔方陣で、電気によって駆動していました」

「うん」

 茜の短い返事に、僕は説明を続ける。

「あの魔方陣の精密さから言って、魔法の発生位置の変更を、後から刻んで加えることは至難でしょう。とすれば、〈保護魔法〉(プロテクト)〈阻害魔法〉(プリベント)に変化させた、ではなく、〈保護魔法〉(プロテクト)を書き換える〈阻害魔法〉(プリベント)が存在する、と考えるべきです」

「ああ、それはそうだな。二階で感じた魔法は、間違いなく〈保護魔法〉(プロテクト)だったし」

 珊瑚のコメントは、僕の思考の外にあるものだった。

 なるほど。

 そう言う直感的な理解があるのか。

「一秒の間に百回、千回という周波数で生み出される魔法を改変し続けるには、同じ周波数で別の魔法を作るという考えがシンプルです」

「だから、〈阻害魔法〉(プリベント)も同じように〈魔水晶〉の魔方陣だって考えたんだね」

「だとすれば電気を使っているはず――それで停電、か」

 茜の言葉を、珊瑚が引き継いだ。

「そうです。停電については、瑠璃の知人の、反則レベルのハッカーの仕業でしょう。瑠璃が、普段であれば常時接続にしている僕との電話を切っています。電話でその人物に依頼したことは間違いないですね」

 わざわざその人物と僕の関係に言及する必要はないだろう。

「ハッカーってパソコンとかの? へー」

 茜の反応を聞く限り、具体的にイメージできたとは思えないが、まあ追加の質問がないなら良しとしよう。

〈阻害魔法〉(プリベント)の話に戻しましょう。その設置位置は、上層フロア四階だと考えられます」

「え、そんなことが特定できるの?」

 茜の質問は、僕がまさに次に言おうとしていた内容だ。

「第一に、瑠璃が黒い光――〈阻害魔法〉(プリベント)の発生位置が上層フロアであることを目撃しています。第二に、先週中に四階で、長期予定にない改装工事が、急遽行われています。〈保護魔法〉(プロテクト)〈阻害魔法〉(プリベント)は可能な限り近い方が都合が良いでしょうし、まず間違いありません」

「なるほど。確かに四階にありそう。すごいね」

 茜が、素直に称賛の言葉を口にしました。

「先程の瑠璃との電話で、瑠璃自身が、サソリと〈阻害魔法〉(プリベント)を受け持つと言っていました。瑠璃も〈阻害魔法〉(プリベント)の位置に考え至っているはず。さらに、停電で一時的に魔法をとりもどしている間に、それを破壊する手順もイメージできているはずです」

 はず、とは言ったが、僕は確実だと思っている。

「間もなく〈阻害魔法〉(プリベント)は破壊され、魔法が戻ります」

 僕は、そう断言した。

「瑠璃が……」

 静かに、茜がつぶやいた。

 暗闇の中にいるため、その表情は見えないが――。

「小泉、さっきの電話で、そこまで細かい話はしてなかっただろ?」

「あ、珊瑚全然分かってない。それを以心伝心って言うんだよ」

「いや、伝わりすぎだろ」

 少し落ち着いてきたのか、茜と珊瑚は、普段の調子を取り戻しつつあるらしい。

 消えてしまった電力が戻る気配はない。

 もう少し、時間が必要か――。

「そう言えば。〈試練〉(トライアル)開始直後の移動、最初に上を目指して移動するアイディアは見事でした」

 僕は、別の話題を口にした。

 多少のわざとらしさが残ることに、あえて目をつぶって。

「あのアイディアは珊瑚先輩ですか?」

「あー。私、です」

 照れた様子を声色に混ぜて、茜が応えた。もしかすると、小学校の授業よろしく、片手を上げているかもしれない。

〈試練〉(トライアル)のゴールが五階かも、空中には妨害があるかも、って先に気づいたのは珊瑚なんだけどね。それに、あんな高さから落ちることになって、命すら危なかったんだけど」

 茜か。

 僕は、少し意外に感じた。

 戦局を左右するような一手は、比較的珊瑚の方が得意だったと認識していたが、茜の評価を上方修正する必要がある。

「あの移動方法は、予測される危機の回避と、自分の得意分野を生かす二つの意味で秀逸だった。クロミの妨害がなければ、正直なところ打つ手がなかった。結果的には落下したかもしれないが、魔法の消失は予測できなくても無理はない。魔法は茜達には当然すぎる存在だからな」

 正直に称賛する。

「わわわ、褒めすぎ褒めすぎ。調子にのっちゃうって」

 僕が茜を褒めるという場面は、そんなに珍しかっただろうか。

 暗闇を通して、茜が身体をくねくねさせながら照れている様子が思い浮かぶような声が聞こえる。

 気を取り直して。

「茜、珊瑚先輩。あなた達は、間違いなく、僕と瑠璃の前に立ち塞がる最大の障害でした」

「おい、何だよ。改まって」

 珊瑚が、僕の言葉に慌てたような声を上げた。

「最初は、茜の魔力の量が、最も警戒するポイントだと思っていました。無尽蔵の魔力と、無限の魔法。〈生成〉(クリエイト)が苦手で、操るための水を生み出せない瑠璃にとっては、特に相性が悪い」

 でも、と僕は続けた。

「それだけだ、と甘く見ていました。知略を巡らし、意表をつき、戦略でいくらでも覆せると考えていました。ところが、それは違った」

 それは、僕と瑠璃にとっては、厳しい誤解だった。

「四月頃はともかく、二人とも、すぐに色々なことを考えて戦うようになりました。小手先の戦術は通用せず、こちらの戦略が不発に終わることもありました。特に、夏以降、茜と珊瑚先輩が意識して連携するようになって、さらに強くなった。ここ最近の伸びは目を見張るものがあります」

「小泉くん、さっきから褒めすぎ」

 茜の声からは、照れて仕方がないという雰囲気が、減少していた。

 僕が手放しで成長を認める彼女だからこそ、予測したのかもしれない。

 この次は、不穏な話題が来るだろう、と。

「私こそ、小泉くんはスゴいと思ってるよ。何でも知ってるし、いろんなことをあっと言う間に考えちゃうし、説明も上手だし、何度も助けてもらったし。瑠璃のことをずっと助けてくれてるし。それにほら、瑠璃だけに見せてる優しそうな雰囲気も結構素敵で格好よくて――」

 上滑りする茜の言葉を遮って――。

「そんな茜だから、僕は正直に伝えておこうと思う」

 そう断りを入れてから。

 僕は、こう言った。



「次の女王は、茜だ」



 茜と珊瑚の反応は、絶句だった。

 僕達にとって最大の障害が茜と珊瑚なら、彼女達にとっての最大の障害が僕たちだ。そうであれば良いと思う。

 その僕が。

 譲れない願いがあり、どうしても女王にしたい〈魔法少女〉(プリンセス)がいて、そのために必死に戦ってきた――そんな僕が。

 瑠璃を裏切る形で。

 静かに、しかし確信を持って断言したのだから。

 ああ。

 風が冷たいな。

 こんな高度で、風通しの良い階段の踊り場に座り込んでいるのだから、当然か。

 それとも、自分自身で口にした、おそらく真実になるだろうその予測に、心が凍りついてしまったからだろうか。

「何を、言って――」

 ようやく、呆然とした調子で、茜が口を開いた。

 まだ分からないはずだ、と。

 なぜ断言するのか、と。

 言外の疑問が聞こえるようだった。

「この王位継承試験は――その正体は、次の女王である茜を、成長させるために用意されたものだ。次期女王を決める戦いというのは、見せかけだ。同時に、他の〈魔法少女〉(プリンセス)を、茜を助け、支えるように誘導するためのものだ」

 僕は、言葉を続ける。

「そう考える理由は三つある。一つは、〈試練〉(トライアル)の内容だ。春先は単独での〈試練〉(トライアル)が多く、一人一人の課題の解決が評価されていたが、その内容は少しずつ変化した。夏以降は対戦型が増え、秋頃には協力型が加わった」

 その傾向は錯覚ではなく、僕と瑠璃の経験に加えて、向日葵や常盤にも聞き取ったデータが語っている。実のところ、統計的に有意だと言える程に、偏りが存在している。

「茜にとっては、自分の苦手を自覚し、困難を克服し、他の候補に対処し、協力を覚えるという成長の物語になっている」

 一方で。

「茜以外の〈魔法少女〉(プリンセス)にとって、それが意味するところはこうだ。困難は克服できたが、茜には勝てない。それでも、協力して支えて行くことはできる」

「そんな馬鹿な話が――」

 珊瑚が声を上げた。

「二つ目の理由は」

 そう僕が遮ると、珊瑚は黙って聞く姿勢を見せた。

〈試練〉(トライアル)の対戦結果だ。僕はこれまでの、瑠璃、向日葵、常盤の三チームの勝敗データを調べた。必然的に、茜の勝敗も分かる。一対一の直接対決において、単純に勝率で比較すれば、茜が間違いなく首位。残りの三者はほぼ同率で、わずかに瑠璃がリードしている程度という結果だった」

 その事実だけ見れば、茜が強い、と錯覚する。

「しかし、ここにトリックがある。茜の試合数は、極端に少ない。試合をすれば勝つ。しかし、その内容は茜に有利なものが多く、他の〈魔法少女〉(プリンセス)は、茜には勝てないという印象を受けてしまう」

「そんなの――」

 珊瑚が再度声を上げかけて、飲み込んだ。

 一方で、茜は分かりやすい反応をしていない。最後まで聞いてくれる、ということか。

「三つ巴の勝率で言えば、瑠璃がトップだ。一方で、三つ巴の〈試練〉(トライアル)に茜が参加したこと自体がほとんどない。まあ、全体数が少ないので、これは参考程度に考えて欲しい」

 僕は、そのまま最後の根拠を続ける。

「三つ目の理由、それは〈仕事〉(タスク)だ」

 王位継承試験特有の〈試練〉(トライアル)とは違い、〈仕事〉(タスク)は魔法使い本来の役目に近い。不幸を退け、幸福を運ぶ。〈魔法少女〉(プリンセス)としての仕事だ。

 王位継承試験の内容が、〈試練〉(トライアル)〈仕事〉(タスク)だとされている以上、どちらも偏らずに評価されるはずだが――。

「そう言えば、この三つ目の理由については、最後の重要なピースの確認がまだだった。茜――この王位継承試験で、いくつの〈仕事〉(タスク)をこなした?」

 その数が、確信にいたる道だ。

 夏の砂浜で瑠璃と話したことがある。火を扱い、細かい制御が苦手な茜にとって、〈仕事〉(タスク)は難しい課題であると。茜を押さえて優勝するためには、〈仕事〉(タスク)こそが重要だ、と。

「私達の〈仕事〉(タスク)――」

 茜の答えは。

「――少なくとも、五十はこなしているよ」

 ああ、やはりそうか。

 僕は自分の考えが、間違っていなかったと理解する。

 できれば――間違っていて欲しかった。

「僕と瑠璃は、二百強だ」

「なっ――」

 珊瑚が声を上げた。

 もしかすると、五十でも余裕を見た数字だったのかもしれない。

「向日葵と常盤のペアも、それぞれ百五十を超える〈仕事〉(タスク)をこなしている」

 その差は――差どころか、三倍、四倍という積のレベルであり――無視されて良いものではない。

「王位継承試験の配点基準は詳しく把握していないが、課題が〈試練〉(トライアル)〈仕事〉(タスク)だと言う以上、これだけ明確な〈仕事〉(タスク)の差が誤差扱いされるはずがない。だとすれば――」

 僕は結論を口にする。

「今日の最終〈試練〉(トライアル)が、茜と誰かの一騎打ちになるとは考えられない。〈試練〉(トライアル)〈仕事〉(タスク)を公平に見るなら、全員に優勝の可能性、あるいは、瑠璃と誰かの一騎打ち、となるはずだ。ここには、間違いなく不公平が存在する」

 僕は断言した。

「――結果は決まっているんだ。最初から」

 そして、一つだけため息をついた。

「細かい話ならまだある。茜以外のペアは、〈騎士〉(ナイト)との別れを覚悟しながら最終〈試練〉(トライアル)に望む必要がある一方、珊瑚先輩はこれからも茜のそばにいられる。これも不公平の一端だ」

 僕はそこまで語ると、少し黙った。

 なぜなら――。

 この話は、前振りにすぎないからだ。

 本当に伝えたい内容は、ここから。

 これからが本命なのだ。

「聞いて欲しい。この〈試練〉(トライアル)を有利にするために精神攻撃をしようとか、腹いせに意趣返しをしようとか、そういう目的はない。茜達を非難している訳でもない。当然、茜達も知らなかった事実だろうから」

 それでも。

「これが事実だ」

 そうだ。

「これが、魔法世界なんだ」

 綺麗なだけじゃない。

 楽しいだけじゃない。

 夢があふれる世界などではない。

「それを、知っておいて欲しかったんだ」

 そして。

 僕は、その一言を口にした。

「茜は、それでも女王になりたいか? その覚悟があるのか?」

 その問いに。

「――」

 茜が、静かに息を吸って、吐いた。

「そっか。うん、小泉くんの話は、かなり説得力があるね。私も、この王位継承試験について、なんだか気持ち悪いなぁって感じることがあったんだ。それも小泉くんの話なら納得できる」

 まず、僕の話をしっかりと受け止めてくれたようだ。

「でもね――」

 そして、茜は言葉を返した。

「それって本当? 私達は、小泉くんがその考えに至った、具体的なデータを何一つ聞いてないよ。そもそも、そのデータで必要なものが全部そろっているかどうかも分からない。その上、結果は全て、小泉くんの考えを通過したものだよね。例えば、単独の〈試練〉(トライアル)の成績は反映されてる? 王位継承試験は得点競技じゃなくて採点競技のはずだけど、それは考慮されてるかな? 小泉くんを疑うなら、最初から全部嘘だって可能性もあるよね。――って反論したら、どうする?」

「そ、そうか。そうだよな。どう説明するんだ?」

 僕の言葉を全て信じてくれたらしい珊瑚は置いておくとして。

 なるほど。

 いつからか、茜もここまでの思考をするようになっていたのか。

 瑠璃だけではない。そもそも女王になるという資質を持つ者が、一年も困難に向かい続けて、成長しないはずがない。

 とは言え――。

「その反論は、正直驚いた。具体的に話す手間を惜しんだのは、僕の落ち度だ。数字なら覚えているが、その真偽までを証明できる用意はないな」

 僕は、負けを認めるしかない。

「そうだな。もし、この〈試練〉(トライアル)の結果、ターゲットジュエルを瑠璃が――あるいは、向日葵か、常盤さんか――茜以外の誰かが手にしたとして、それでも茜が優勝した時。その時は、僕の話した偏りについて考えてみて欲しい。これは、説得というよりは、お願いだ。これ以上のことは、今は言えない」

「ふふっ」

 そこで、茜が笑ったようだった。

「なぁんて、無理難題を言っちゃったけど。私の直感は、小泉くんの話は正しいって言ってるんだよね」

 驚くことに、茜は再度、話す立場を切り替えた。

「ねえ、珊瑚。小泉くんの言う通りなんだよ。――王位継承試験は公平じゃない。地平世界は綺麗なだけじゃない。世界は楽しいだけじゃない」

 瑠璃の言葉は、隣に座る珊瑚に向けられたものだった。

 〈魔法少女〉(プリンセス)を助ける〈騎士〉(ナイト)

 女王になれば、おそらくその伴侶となる相手だから。

「お母様達にも、きっと、私達が知らない顔がある。クロミ達が、革命を目指すような理由がある。瑠璃が女王になりたい理由だってそう。きっと瑠璃が、それを見て知っているからなんだよ」

 そして、茜は断じた。

「魔法世界では、誰もが笑顔を浮かべてなんていない」

「でも、俺は――」

 珊瑚の声は、信じられない、というよりも、信じたくないという声色だった。それはきっと、無理からぬことなのだ。

「私は――私達は、それから目を逸らしてはいけないんだよ。逃げちゃだめなんだよ」

 茜の声が震えた。

「でも、ね。――ねえ、珊瑚。私、さすがに怖いよ。地平世界にいた頃は、あんなに楽しくて、あんなに綺麗で、あんなに笑顔だったのに。私は、自分が見たいものを見ていただけなんだ。それに隠されたものを、私は、地平世界に帰ったら――」

「俺も、一緒に行く」

 そして、その声に応えた珊瑚の声は、力強いものだった。

「お前を支えて、共に進めるように。見たくないものにだって、手をつないで向かえるように。俺も行くから――心配するな」

「……ありがとう、珊瑚」

 暗闇の中、茜と珊瑚の声が聞こえる。

 遠く離れた非常灯の光や、ここまで届く街明かりに、きつく手を握りあった二人のシルエットも見える。

「小泉くん。さっきの質問の答えは、こうだよ」

 そして、茜は宣言した。



「私は、それでも女王になる」



「魔法世界の事実をしっかり見つめて、難しいかもしれないけど少しずつ変えていく」

 その宣言を。

 その覚悟を。

 その決意を。

 まるで祝福するかのようなタイミングで、空に轟音が響き渡った。

「きゃっ」

「うわ、何だ」

 祝砲を連想させる爆発。

 ――ああ、瑠璃か。

「これって、瑠璃がやったの?」

 茜の声。

 ああ、そうだな。

 確かに、茜の決意も宣言も、素晴らしく見事で聞き惚れてしまうものだ。困難を知ってなお、痛みを予想してそれでも、構わず進もうとする姿は、ある種のカリスマ的な輝きを見せた。

 それでも。

 そう、それでも――。

「これで、〈阻害魔法〉(プリベント)が破壊されたはずです」

 僕は、そう口を開いた。

 そのタイミングで、ばちん、と電気が戻った。

 次々に照明が復旧する。

 シーナタワーの隅々まで、電力が戻ったはずだ。

 やれやれ。

 僕は、脱力して座り込んだ姿勢から、立ち上がる。

 茜と珊瑚も、目をぱちぱちさせながら、立ち上がった。

「珊瑚先輩、指先から火を出して、僕を焼いてみて下さい。念のため、左腕を狙って下さい」

 二回目となる僕の言葉に、今度はためらわずに珊瑚が魔法を使った。

〈生成〉(クリエイト)

 そして、かつての勢いのまま炎は生成され、僕の視界を光で埋めた。

 瞬間の後に、闇が戻って来た。

「小泉、無事だよな?」

「ええ。火傷の一つもない上に、服に燃え移ったりもしていません。〈阻害魔法〉(プリベント)の破壊は成功。〈保護魔法〉(プロテクト)は元通りです」

 そこで、茜の方を向き、僕は言った。

「こうなれば、上層フロア五階まで、魔法で一飛びだな。クロミは今度こそ手加減なしで全てを出し切って来る。気をつけて。――それから、瑠璃も五階を目指して移動しているはずだ。手加減せず、全力で相手をしてやってくれ」

「小泉、くん? なんでそんな言い方――」

 茜が疑問の声を上げる。

「一時休戦の条件は、クロミの打倒か、〈阻害魔法〉(プリベント)を破壊するまで。――僕は、茜達とは一緒に行けない」

「そんな。五階までは一緒に行こうよ。私達が運ぶから――」

 僕は、首を横に振って見せた。

 その提案は、甘すぎるというものだ。

「瑠璃のためにできることはやった。もちろん、僕も五階を目指す。階段を下りて、エレベーターだ。しかし、おそらく――クライマックスには間に合わない」

 僕は、瑠璃に任せる、と言った時から覚悟していた内容を、改めて言葉にした。

〈騎士〉(ナイト)ではない、ただの協力者の出番はここまでだ」



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