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玖郎ならこの状況を絶対になんとかしてくれるはずです、と瑠璃は断言した。
それ私が言いたかったなーそのためにみんなを呼んだんだけどなー、と未練がましい茜も、最初からそのつもりだったようだ。
うんうんそれってナイスアイディア! 小学生であのレベルだったから、大人小泉ちゃんは本当に凄そう! と向日葵も同意した。
確かに、チェスの名人みたいに勝利するか、詐欺師の笑顔で勝利するか、どちらにせよ絶対負けない安心感があるね、と常盤も頷いた。
となれば、善は急げと早速召喚に取り掛かることとなった。
「さて、と」
気分を変えるように、茜が仕切り直した。
大広間からはテーブルが片付けられ、四人の魔法使いが広間の中央を向いて同心円上に立っていた。正確には、向日葵だけは直前まで座っていることと厳命されたため、イスに腰かけていたが。
「前例のない召喚魔法だけど――向日葵?」
茜は向日葵へと視線を向けた。
「かなり難しいよ。召喚相手は契約した〈精霊〉じゃない。地球世界から召喚っていうのも異例だし。呼びかけの手がかりすら――小泉ちゃんに、瑠璃ちゃんの魔力の影響が残ってるかなぁ」
右手の人差し指を頬に当てながら、向日葵は思案する。
行う魔法が〈開門〉を使った召喚であれば、最も詳しいのは昔も今も彼女である。
向日葵の言葉に、瑠璃は首を横に振った。
「いえ、私の魔力はダメです。〈保護魔法〉で、彼には魔法が届いていませんから」
そして、一呼吸の覚悟の後、瑠璃は言葉を続けた。
「――本当は思い出すのもイヤなのですが、代案があります。茜陛下の〈契約〉を利用します」
瑠璃は眉を寄せながら、そう言った。
「茜陛下の〈契約〉? 珊瑚殿下が何?」
常盤が、きょとんとした表情で目を丸くし、疑問の声を上げた。
向日葵も似たような表情をしている。
二人の視線を受けた珊瑚が、苦虫をかみつぶしたような顔になった。すっと移動して、茜の背後に隠れてしまう。
すると、常盤達の視線は当然のように茜に向かった。
「えっと、言ってなかったかな? 最後の〈試練〉の時、小泉くんを倒すために、〈契約〉しちゃったんだよね、彼と。こう、私のあつーい魔力を、無理矢理唇から流し込んで、ちゅーっと――。あは」
茜の答えに。
「きゃあああ、何それ何それ、何でそんな面白いことになってたの――」
「えーちょっと待って、珊瑚くんかわいそう、だってその時二人はもうあの約束――」
「ああああっ。よりにもよって何て表現するんですか。きーっ。こうなったら血流を〈操作〉して心臓を直接――」
大騒ぎになった。
そして、しばらく後。
「それじゃあ、茜陛下と小泉くんの〈契約〉を手がかりに、王位継承試験直後の戴冠式祝宴会で使う〈騎士〉の特例召喚をアレンジしてやってみるね。特例をさらにアレンジするから、水、風、土の三領主の承認を持って発動。呼びかけは茜、小泉くん本人の了解を持って、地平世界へ召喚。おっけー?」
向日葵が手順をまとめた後、よいしょと声をかけながらイスから立ち上がった。
「魔法は私が組み上げるけど、基本的には茜陛下の魔力を使うね。常盤ちゃんと瑠璃ちゃんは、サポートをお願い。他属性同士の協力は、一対一だと反発しやすいから、四人の魔力のバランスを調整して」
向日葵は、ぽんぽんと自分のお腹を叩いてから、両手を前に出した。
その動作に合わせて、茜、瑠璃、常盤も両手をかかげる。
「瑠璃ちゃん。気持ちは分かるけど、召喚が完了するまで声を上げないようにね。魔力のバランスが崩れちゃう。あくまで召喚主は茜陛下だよ」
「――肝に命じておきます」
瑠璃の返答に笑顔を見せてから、向日葵は集中を開始した。
言葉で説明したほど、簡単ではない。王位継承試験の頃に扱っていた魔法とは、イメージの精度も扱う魔力量も違う。必要なイメージは、もっと具体的で記号的――言うなれば、絵画ではなく数式を扱うような感覚だ。そして、魔力の量は、茜の魔法を扱う以上、すぐに向日葵がこれまで扱ったこともない量を制御することになる。
息を吸って、吐いた。
「茜陛下、良いよ――!」
「〈開門〉!」
向日葵の合図に、茜が魔法の呪文を唱えた。
膨大な魔力が渦巻き、広間の中心から風が押し寄せた。
炎の輪郭を持つ扉が、四人の中心に現れた。
しかし、その姿はどこか安定しないようで、ゆらゆらとぼやけて見えた。
「フラッタース王国女王、灯火・バーミリオン・茜の名において命じる」
慣れた召喚なら省略される呪文を、茜は丁寧に詠唱した。
「水の領主、清水・セルリアン・瑠璃は、この召喚を承認します」
手筈通りに、瑠璃が魔力を込めて宣言した。
「風の領主、風見・ビリジアン・常盤は、この召喚を承認します」
「土の領主、土地・ライムライト・向日葵は、この召喚を承認します」
常盤と向日葵の宣言が続いた。
「常盤ちゃん、もう少し出力上げて。瑠璃ちゃんはそれくらい。茜陛下、多分つながる、呼びかけてみて」
向日葵の指示に、茜は頷いた。
「――小泉くん、聞こえますか?」
そして――。
『茜か。久しぶりだな』
地球世界と繋がった扉から、玖郎の声が聞こえた。
それだけで。
(玖郎っ――)
瑠璃の視界は涙で揺れてしまう。
その声をどれだけ聞きたかったか。
どれだけ聞きたいと願ったか。
当然ながらその声は、少年だったあの頃の声に比べて、低く年齢相応にはなっていたが――間違いなく玖郎の声だった。
瑠璃は、叫び出したい衝動を、必死に押さえ付けた。
この召喚には、王国全体の命運がかかっていると言っても良い。特例をアレンジするという難しさから、二度目はないかもしれない。
それでも。
その全てに目をつぶって、声を上げたいという衝動が、後から後から瑠璃の胸中に沸き上がって来る。
玖郎、私はここです! もっと声を聞かせて下さい! 会いたかった! すぐに来て下さい!
必死に衝動を押し殺す。
唇を噛み、耐える。
「小泉くん。魔法世界は、今、存続の危機に直面しているの。あなたの力を貸して欲しい」
茜が、扉の向こうへと呼びかけている。
「私たちの召喚に応じて、魔法世界へ来て!」
それは、召喚を求める声。
地球世界から、地平世界へと転移を求める、要請の声。
その声に、玖郎は――。
『そのままで十秒待て』
と応えた。
『――ケースシグマ。ああ、僕の予想より二日早い。予想よりフットワークが軽い。後は任せる。――待たせたな、茜』
手早くどこかに連絡を取る様子が、こちらにも伝わって来た。
(ああ、あの頃の玖郎のままです)
瑠璃は、その反応だけで涙をこぼしそうになってしまう。
『こちらも忙しいが、どうやらそちらの状況の方が優先順位が高そうだ。僕の力で良ければ、貸そう。――どうすれば良い?』
快い彼の返事に、四人は顔を見合わせて笑顔を作った。
「次の私の呼びかけに、応えて。――行くよ」
茜が息を吸った。
「我が呼び声に応えよ――小泉玖郎!」
そして――。
『どこへでも喚び出せ、茜』
その声が聞こえた途端――。
すさまじい量の魔力が、炎の扉からあふれ出た。
「――っ!」
四人の魔法使いは、そろって悲鳴を飲み込んだ。
それは、二つの世界の壁を超える際の衝撃か。
それとも例外たる召喚を実現する際の余波か。
四つの属性を持つ魔力が猛り狂い、時に具現化して弾けた。
「向日葵、これってこう言うもの?」
嵐のように吹き付ける風から、両手で顔を守りながら、茜が叫んだ。
「何だか、手応えがすごく軽いんだけど!」
「こんなはずじゃ――。確かに、異様に魔力の消費が少ないけどっ!」
叫び返す向日葵が、暴風に煽られてバランスをくずし、転倒する直前で常盤に抱き留められた。
「風からは守れるけど、他は厳しいかも」
常盤が言いながら、向日葵をかばいつつ守りの構えを取る。
「珊瑚くんは茜の側に! この反応は異常です!」
玖郎との再開に備えていた瑠璃が、ようやく現状に反応して声を飛ばした。彼女に言われるまでもなく、珊瑚は魔力の渦を切り裂くようにして守るべき女王の側に到着した。
瑠璃は、状況を把握するため目を見開く。
召喚が失敗した――?
軽い手応え、消費の少ない魔力、扉の向こうから現れようとしている存在と、余剰魔力が高密度に堪えられず具現化しながら渦を巻く、この状況は――。
轟音と衝撃が響いた。
扉が、召喚相手を吐き出した。
空間が、直前まで存在しなかった物体の出現に歪んだ。そのエネルギーが、空気、広間の床と壁と天井、王城全体へと伝達しながら拡散した。
嵐は、瞬間的に収まった。
水の魔力の影響か、立ち込めた薄い霧が消えて――。
広間の中央に、それは立っていた。
全身を覆う黒鉄の鎧。身の丈ほどもある巨大な黒剣を背負った姿。
それは――。
「魔王っ!」
「召喚魔法に介入された――!」
茜の叫びと、向日葵の悲鳴のような声が、連なって聞こえた。
「〈開門〉!」
響いたのは、珊瑚の声だった。
瞬時に喚び出されるのは、臨戦態勢の衛兵だ。
「おおおっ!」
着地と同時に、赤い軍服と軽装の防具を身につけた兵が槍で突きかかった。その一撃は、黒鉄の鎧の頭部――顔を覆った防具の、視界を作るためのスリットを狙い済ましていた。
ギリギリまで引き絞られ、放たれる突撃。
しかし、その攻撃は、魔王がわずかに上体をそらしただけで、空を突いてしまう。
伸びきった槍の柄を魔王の右手が掴み、無造作に放り投げた。
人の腕力を超えた力に、衛兵は軽々と投げ飛ばされ――その動作が始まった直後に、鎧のまま跳ね上げられた魔王の右足に迎撃された。
「攻魔四連っ!」
言葉もなく倒れる衛兵と入れ代わるように、四組の魔法が放たれた。
土、水、風、火のそれぞれを操る衛兵が、二人一組で〈生成〉と〈操作〉を分担し――連携したタイミングで、魔王へと攻撃を放ったのだ。
一方、魔王は回避行動自体をとらず、その攻撃を甘んじて受けた。
岩の砲弾は、黒鉄の鎧の表面を傷付けることなく四散した。水の弾丸と、風の刃も、まるで効果を現さずに掻き消されてしまう。
最後の炎の矢に至っては、鎧の表面に浮き出た紫黒色の光に反射され、放った魔法使い達を打ち抜いてしまった。
「これが、魔王の力――」
常盤が呆然とつぶやいたその言葉を掻き消すように――。
「〈靴〉、〈剣〉っ!」
珊瑚の叫びが響いた。
「珊瑚っ!」
茜の呼び声すら置き去りにして、珊瑚は瞬時に接敵していた。
床に踏み出す右足の底で魔力を爆発させ、一足で黒い鎧を通り過ぎる。使い慣れた〈騎士〉の魔法は、次の一歩を踏み止まるため――左足を踏み締め、全身を回転させて、右手で抜刀した片刃の剣と、左手に握った魔法の剣とを、上下の斬撃にして打ち込んだ。
「はあっ!」
気合いの声が、大気を震わせた。
物理的に衝撃波すら生じるようなその衝撃は――。
しかし、漆黒の鎧を抜けることはなかった。
業物であった片刃剣は刃こぼれを起こし、〈剣〉はそれを構成する魔法ごと消滅する。
その一瞬に、魔王の手の平が鎧越しに珊瑚の腹部に触れ――。
衝撃音と共に、広間の中央から吹き飛ばし、壁へと叩き付けていた。
「珊瑚っ! 貴様ぁ――!」
一歩踏み出した茜から、陽炎のように火の魔力が吹き出した。
あまりの魔力密度に、空気が自然に発火し、ぱちぱちと爆ぜる音が聞こえ出す。
しかし。
怒りを隠しもしない茜を、右腕を上げることで制しながら、立ち塞がったのは瑠璃だった。
「瑠璃、どきなさい。ここは私が――」
「それは、このフラッタース王国にとって最後の手段です。ここは私に任せてください」
宣言し、有無を言わせずに茜に背を向けると、瑠璃は黒鉄の鎧に向かって立った。
瑠璃の思考には、懐かしい連想が働いていた。
あの王位継承試験の日々で身につけた、直感的とも言える思考の飛躍。
同時に浮かび上がるいくつもの思考が輪を作り、瞬時に論理的な鎖を作り、編み上げた網で事実の海から真実を引き上げる。
正解に至る。
だから――。
瑠璃は、魔王の姿を視界に入れて、静かに一歩、足を進めた。
『――』
そして、黒鉄の鎧をまとった魔王もまた、瑠璃を見ていた。
「――」
瑠璃は、さらに一歩、足を進めた。
――鎧の右腕が上がった。
瑠璃が、一歩。
――鎧の右手が、黒く光る鎧の頭部を掴んだ。
瑠璃が、また一歩を踏みだし――。
――そして、魔王は、頭部を守る鎧を外すと、そのままそれを捨ててしまう。
瑠璃は、その時にはもう、駆け出していた。
――鎧の中から現れた顔は――。
「――玖郎!」「――瑠璃!」
互いの名を呼び、瑠璃は玖郎を――玖郎は、黒鉄の鎧をまとったまま、瑠璃を抱きしめていた。
「玖郎、玖郎っ――!」
瑠璃はもう、こぼれ落ちる涙を堪えはしなかったし、名を呼ぶ声を止めはしなかった。
玖郎も、会えなかった長い長い時間を埋めるように、しっかりと瑠璃を抱きしめた。
「ああ。――ようやく会えた。ずっと会いたかった」
耳元で囁かれる声は、瑠璃が夢にまで見た玖郎の声だった。
「はい。ようやく約束が果たせます。ずっと、ずっと待っていました」
応える声は、玖郎が待ち望んだものだった。
そして、ようやく再開の感動から立ち直った玖郎は、まだ涙の止まらない瑠璃に言葉をかける。
「心配しなくても、この鎧はジーニアスプロジェクト謹製の、陸戦用高機動パワードスーツだ。AA兵器の技術と、魔法材料工学の粋を集めた傑作だから、さっきの珊瑚の攻撃くらいでは傷一つ――」
「もうっ! いきなり意味不明な解説をしないで下さい」
余韻に浸っていた瑠璃も、さすがに声を上げた。
「やっと泣き止んだな」
間近で微笑む玖郎の顔に、瑠璃はまた涙があふれそうになってしまう。
「だいたい、せっかくの再開シーンなのに、何ですかこの鎧は。抱きしめられても固いし冷たいし――完全に邪魔です」
「奇遇だな」
玖郎は、そう言いながら瑠璃との距離を詰めて――。
「僕もそう思っていたところだ」
唇を重ねた。
瑠璃は息を止め体を固くしたが、やがて力を抜くと、しっかりと玖郎を受け入れた。
「……よかったね、瑠璃ちゃん」
「そうだね。ずっと待ってたからね」
感動の再開を果たした二人につられて、瞳を潤めていた向日葵に常盤が応えた。常盤の方は、涙がぼろぼろ流れていた。
「――ちっとも良くないけどね」
言葉を割り込ませたのは茜だった。
腹を立てながらも、さすがに二人の邪魔はできないようで、傷ついた珊瑚に肩を貸して向日葵達のところまで来たのだ。
「そう言いながら、茜陛下の目に光るそれは何かなー?」
「うるさいわね。良いでしょ。常盤には負けるわよ」
「ううう。最近涙もろくてだめなんだよ。これ止めてよ陛下ー」
「無茶言わないでよ」
やがて。
ようやくお互いの体を離し、玖郎は瑠璃の隣に立ったまま、茜達へと向かい立った。
「魔法王国の存続の危機だそうだな?」
その言葉を口にした玖郎の姿は、しかし、間違いようもなく魔王のそれだった。
黒鉄の鎧と称された、有機的にすら見える不思議な光沢を持つ金属で構成された、全身を覆う装着型機動兵器。加えて、武装として使用する訳でもなく背中に固定された、黒い大剣の形をした装備からは、見るからに切り札然とした存在感が漂っていた。
懐かしい人との再会であるはずなのに。
それは、間違いなく会敵であったのだ。
「あなたのせいでね。――あなたが、異界の魔王だったのね」
茜は、断言した。
「その通りだ」
そして、玖郎は一言の下に、それを肯定した。
「――状況を、説明してくれるんでしょうね?」
茜は声に怒気を乗せ、周囲の空気を揺らめかせながら、問いを口にした。
「状況か?」
その問いに、玖郎は鎧の衿元を指でなぞった。その動きに連動して、不思議な燐光が灯った。
「――クロミ、状況を報告しろ」
玖郎が、唐突な言葉を発した。
『こちら、清流城を制圧完了。抵抗はなし。城内も城下も開戦前に空になってたみたい。目標Lは確保できず』
通信が拡声されて、茜達の耳にも届いた。
「こちらは、ケースシグマが第三フェーズに入った」
『あら、そちらにいたのね。そして、おめでとう。ふふふ、どうだった?』
「余計な言葉を通信に乗せるな。――各隊、状況を報告しろ」
『チームベータ。状況は最終フェーズ。火炎城制圧まであとわずか』
『チームガンマ。領土内オールクリア。問題なし』
『チームデルタ。状況は第四フェーズ。大地城を目視確認』
『チームイプシロン。王都内はオールクリア。火炎城包囲完了。第二フェーズの開始指示待機中』
「了解」
複数の声による報告に、簡潔な返事を返し――。
玖郎は、茜に向けて言った。
「――これが状況だ。夜明けを待たずに、魔法王国は我が手中に落ちる」
「夜明けを待たずに、って。そんな――」
茜は、言葉を続けられなかった。
「ちょ、ちょっと待って小泉ちゃん。何かの、冗談なんだよね? どうしてこんなこと――?」
「あの向日葵もお母さんか。大変な時期に、驚かせて悪かったな」
声を上げた向日葵に、玖郎が優しく微笑んだ。
その表情も、声色も、王位継承試験では欠片を見せるだけたった、玖郎の優しさに満ちていた。
向日葵は、ほっと息をついて、胸を撫で下ろした。
「だが、純然たる事実だ。動機など決まっている。――瑠璃に会うためだ。瑠璃を助けるためだ。瑠璃の望みをかなえるためだ」
瞬間的に言葉を硬化させ、玖郎は断言した。
向日葵の体が、びくりと震えた。
「だって――あれから、十七年も経っているのに。それに、クロミって呼んでた――あの声は?」
呆然とつぶやく常盤の声に、玖郎は頷いて見せた。
「準備にそれだけの時間をかけてしまった。もう少し早く動きたかったが、念には念を入れた用意が必要だったからな。クロミは、皆が知っている彼女で間違いない」
言葉を失う常盤に代わって、次に口を開いたのは、玖郎の隣に立つ瑠璃だった。
「あの時、クロミを助けられたのですね?」
「そうだ」
〈試練〉の最後、シーナタワーから落下したクロミの安否を確認できないままだった瑠璃は静かに息を吐いた。
「魔王軍の侵攻は、全て玖郎の仕業だったのですね?」
「そうだ」
静かな瑠璃の問いに、玖郎も静かに応える。
「全ては、私に会うため」
「ああ」
「私を助けるため」
「ああ」
「私の願いをかなえるため」
「ああ」
「――約束を果たすためだったと言うのですか?」
「その通りだ」
その言葉を確認して。
瑠璃は、涙をあふれさせ――。
微笑んだ。
「本当に……。嬉しいです」
「瑠璃っ?」
予想と違う反応に、茜が声を上げた。
茜を一瞥した後、瑠璃は再度玖郎へと問いかけた。
「この戦いで、誰も死んではいませんね?」
「当然だ。瑠璃を哀しませることはしない」
答えに頷き、瑠璃は問いを重ねた。
「この不平等な世の中を変えられますか?」
「もちろんだ。全て壊して、一から作り直せる」
瑠璃は、さらに問う。
「私が目指す、優しくすることが許される、そんな世界が作れますか?」
「そのために来た。――待たせてすまなかった」
問いと答えに、深く瑠璃は頷いた。
「瑠璃。きみを愛している。いつまでも、僕の隣にいてくれないか?」
そして、玖郎の問いに、もう一度瑠璃は頷いた。
「私もです、玖郎。いつまでも、お側にいさせて下さい」
「それでハッピーエンドにはならないわよ!」
茜の声が響いた。
「そんな理想が、そうそう実現するはずがない。フラッタース王国だって、そんなに簡単に滅ぼされるはずはない。私がここにいる限り――」
「いいえ、茜」
茜の声を遮ったのは、玖郎ではなくて瑠璃だった。
「玖郎が、必要な時間を使い、周到に準備を整え、ここまで来てくれたのです。私に会うために、私を助けるために、私の願いを叶えるために――私との約束を果たしに、ここに来てくれたのです。私には、この世界がどうなるか、その未来が分かります」
瑠璃は、断言した。
「今、この時をもって、不平等な世界は終わります。優しくない世界は終わります。フラッタース王国は――茜の王国は終わるのです」
瑠璃は、宣言した。
「――これからは、自由と平等の名のもと、フラッタース国が始まります。誰もが誰もに優しくできる、そんな世界が始まるのです」
瞬間。
世界が震えるかのような低い音が響いた。
王城である火炎城を響かせて。
王国の中心である王都を揺るがせて。
王国全土を――地平世界を揺さぶるような。
重く響く音が。
「瑠璃。今の演説は即採用だ。魔王軍を通じて、地平世界全体に瑠璃の声を届けた。この響きは――」
玖郎が右手を振ると、衝撃波が放たれ、広間の壁で閉じられていた窓を吹き飛ばした。
同時に飛び込んで来る、声――。
この響きは、歓声だったのだ。
「民衆の声だ」
割れんばかりに叫ばれる、喝采。
自由と平等の訪れを喜ぶ声。
「地平世界に暮らす人の九割弱が、今や僕の陣営にいる。武力で押さえ込んでも、維持することは難しい。それなら味方に引き入れるまでだ。しかも、理想を語って共感してもらうという、とびきりの正攻法で」
玖郎の言葉に、瑠璃はあきれたように言った。
「それ、言うほど簡単じゃありませんよ。全く、さすがは玖郎です」
そして、笑顔を見せた。
対称的に――。
「そんな――」
茜は、力を失うように両膝をついた。
自分が信じて作り上げて来たものが、瓦解する感覚。少しずつではあったが、王国のため、民のためと思い進んでいたはずなのに。瑠璃の新しい国が、これほどまでに民に受け入れられるなんて――。
そして――。
「――そんなことが許されると思っているのか?」
唐突に、声が響いた。
状況に似合わぬ軽い空気音とともに、小さな白煙が立ち上り、空中に現れたのは〈精霊〉オリジン・ジャッジメントだった。
頭大の緑色の毛玉に、短い手足が直接生えて、シルクハットとステッキを持った姿は、王位継承試験の日々に、玖郎の前に現れていた姿と同じものだった。
「お久しぶりですね。ジャッジメント様」
「小泉玖郎。やはり、お前は危険だったようじゃ。最後の最後で非情になれず、命を助けてしまった自分を悔いておるよ」
ジャッジメントの言葉に、玖郎は肩をすくめて見せた。
「感謝していますよ。僕とクロミを助けてくれたこと」
「――玖郎、どういうこと?」
瑠璃の言葉に、玖郎は頷いて説明を始めた。
「シーナタワーでの最終〈試練〉が終わり、〈魔法少女〉と〈騎士〉が地平世界への扉をくぐる直前――落下したクロミを助けるため、僕は中層フロアから飛びだし、瑠璃はおまじないをした。覚えているよな?」
「忘れるはずがありません」
玖郎の確認に、瑠璃は即座に返事をした。
「瑠璃の魔法で背中を押された僕は、魔法の影響を受けたという理由で〈保護魔法〉に守られ、落下の衝撃から助かる。――僕はそう考え、それを信じて飛んだ」
そう補足をした上で、玖郎はにやりと笑った。
「あれは、考え違いだったんだ」
「――まさか……」
話の展開に目を見開いた瑠璃だったが、次の瞬間には理解が及んだのか、顔色を青くした。
「そう。〈保護魔法〉があるなら、そもそも瑠璃の魔法で背中を押される訳がないんだ。結果、僕の行為は単なる跳躍と落下であり、地面にぶつかって即死」
「待ってください。そうです――直前に茜と〈契約〉していましたよね。あれで、〈騎士〉として扱われたはずです。だから、私のおまじないは、効果を――」
「その場合、瑠璃の魔法に背中を押されることはできても、〈保護魔法〉が守ってくれなくなる。どのみち結論は変わらず、即死だよ。さすがの僕も、四十度を超える高熱があっては、まともな思考ができなくなるらしい」
「でも――」
そうだ。
実際は、玖郎は生きている。クロミもだ。
とするならば――。
「ジャッジメント様が助けてくれたんだ。僕も、あれ以来考えを改めたよ。誰にでもミスはある。どれだけ対策をとうろうとも。それを包含した戦略を立てる必要がある、ってね」
そして、玖郎はジャッジメントへと向き直った。
「さて、命の恩人である偉大なる〈精霊〉に感謝の意を表して――僕の流儀による、先手必勝問答無用の選択肢は却下しました。瑠璃の流儀で言うならば――」
玖郎は、その〈精霊〉へと右手の人差し指を突きつけた。
「僕たちの邪魔をしないで下さい、ジャッジメント様。それとも、こう呼んだ方が正確か? 『地平世界そのもの』――あるいは――」
玖郎は、そう前置きして――かの存在を呼んだ。
「――椎名の化け狐」
「ふぉっふぉっふぉ。――懐かしい呼び名じゃのう」
否定の言葉はなかった。
それどころか、これまでの口調が擬態であったことを示すように、ジャッジメントの声は、その途中から美しい女性のものに変わった。
「鋭き思考、鋭き眼、突きつけられる鋭き指先――ほんにあの男の生まれ変わりのようじゃ。咄嗟に命を助けてしまったのも、無理のない話だったやもしれんのう」
白色の炎が吹き上がり、ジャッジメントの姿を焼き尽くしたかと見えた次の瞬間には――巨大な白金色の狐が姿を現していた。
その狐の姿は、まるで炎でできているかのようだった。美しい毛並みの先端が炎へと変化し、揺らめいている。体は巨大の一言で、この大広間にさえ収まり切らない。鋭く細められた瞳は小さな人間達を睨み、見下ろしていた。熱波を吹き出す口からは鋭い牙が見えたが、その形は笑みを作っているようだった。
「この姿もほんに久方ぶりじゃ。――さて。その鋭き考えを披露してもらおうかの。わらわの正体と、この世界の秘密に思い至った考えを」
ふむ、と玖郎は頷いた。
「第一に、地平世界について。――王位継承試験への参戦直後から疑問点は多かった。フラッタース王国という名称だけではない。異なる世界から来たはずの〈魔法少女〉の名は、清水瑠璃という日本名だった。日本語も問題なく話せる上に、文化的、習慣的な齟齬もほとんどなかった。先ほど珊瑚が振るった武器は、片刃の剣というより、完全に日本刀だ。さらに驚くことに、地球世界と地平世界は、同じ月と星を見上げているらしい。どれも、別の世界から来た魔法少女の『お約束』、という概念では納得できないものだ」
言葉を挟めない王女達の視線を受けながら、玖郎は続けた。
「加えて、王位継承試験の開催場所だ。百歩譲って日本は許すとしても、なぜ毎回A県B市椎名町で開催される? 首都である東京の方が適切では? そもそも、なぜ〈保護魔法〉はシーナタワーに設置されていた? 状況を疑えば、この地平世界は、日本以上に椎名に関係深いことが予想できた」
玖郎は、王女達の表情を見てから、続きを話す。
「第二に、ジャッジメントへの疑問だ。――〈精霊〉であるその存在が扱う魔法は、明らかに〈魔法少女〉が使う魔法の領域を超えた力があった。瑠璃達あるいは〈騎士〉達の魔法は、基本的には自然元素の属性の魔力を操り、現実に干渉する技術だ。一方で、ジャッジメントが扱う魔法の中には、〈保護魔法〉があるにもかかわらず、地平世界の人間の予定や感覚に干渉する『人払いの結界』や、〈試練〉で破壊された建物を修復する『時間操作』としか思えないものもあった。――特殊な魔法といえば、僕が利用した〈保護魔法〉、〈阻害魔法〉に加え、姿や位置を変えて見せる『クロミの仮面』もそうだ」
瑠璃の表情に疑問の色が強くなる。玖郎にとっては疑って思考を始めるに十分なポイントも、そういうものだと強く刷り込まれた彼女達は素通りしてしまうものなのだ。
「そして、疑問が生まれる。誰がこのオーバーテクノロジーとも言える魔法を使えるのか? 革命軍に渡すことができるのか? 瑠璃達の魔法体系は、もっと大きな魔法体系の一部にすぎないのではないか?」
「私たちの魔法が、ほんの一部――?」
茜の声に、玖郎が頷いて見せた。
「私たちの魔法を超える魔法を使う存在――たった一人だけ心当たりがあります」
瑠璃の視線は、その心当たり――すっかり姿を変えてしまったジャッジメントを指していた。
玖郎は、瑠璃へと頷いて見せた。
「地平世界の謎、ジャッジメントの謎。その答えに至るポイントは、実は瑠璃と茜の最初の〈試練〉にあった」
それは、椎名小学校を舞台に行われた、瑠璃と茜の最初の直接対決だった。機動力の高い小型の〈精霊〉ハガネイカを、先に倒した方の勝利。玖郎の思考で、屋上に追い詰めたはずのハガネイカは、本来の巨大な姿に戻っており――後から駆け付けた茜によって燃やし尽くされた。
「ジャッジメントは、ハガネイカの大きさをコントロールできる。物理法則の大原則である、質量保存の法則を軽々と超える魔法。――僕は、そんな風に物の大きさを変えることができる存在に、一つだけ心当たりがあった」
それは、秋の飯尾山のハイキングコースで語られた、椎名に伝わる昔話の登場人物だった。小さな葉や筆を巨大化させたり、寺社を小さくしたりして、村人達を驚かせていた存在。
すなわち――椎名の化け狐。
「その発想さえ得ることができれば、傍証を得るのは簡単だ。椎名の化け狐の伝承は、江戸時代以降は聞かれていない。明治の近代化を考えればうなずける話だが、実はある事件を境にぱったりと語られなくなった。その事件とは、椎名の乱だ」
玖郎はそこで、茜に支えられた珊瑚に目をやった。
「おいおい、そこにつながるのかよ」
玖郎に叩き付けられた衝撃波のダメージが残っているのか、珊瑚はまだ回復しきってはいない。
「茜は、十五代目の王女だったな?」
「な、何よ突然? そうよ」
唐突な問いに、茜が目を白黒させながら答えた。
「概算で一代二十五年として、三七五年前――いや、今年は地平歴三八九年だから、そちらの数字を使うべきだな。島原の乱が一六三八年で、椎名の乱は五年後の一六四三年――今からちょうど、三八九年前だ」
「ぴったり一致した。と言うことは、つまり――?」
常盤の疑問の声を、玖郎が受け継いだ。
「この地平世界は、椎名の乱の年に、椎名の化け狐の力によって作られたものだ」
さらに、と玖郎は続けた。
「椎名の乱では四つの村の住人とイギリスからの宣教師が亡くなっている。しかし、正確に表現するなら、戦火は叡智稲荷神社を焼いたが、村人達の遺体は確認されなかった。ある古文書には、異国の神を信じた者達が神社で神隠しにあった、と表現されていた」
それが意味するところは、その場の全員がイメージできたようだ。
すなたち、その村人達が地平世界の最初の住人となったのだ――。
「例の宣教師についても、面白い資料を手に入れた。それによると、彼は英国のキリスト教会の使命だけでなく、英国魔術協会の密命も帯びていたようだ。彼の真の目的は不明だが、魔法の呪文が英語である理由や、瑠璃達のミドルネームの謎について想像することはできる」
玖郎は、そう言葉を放った。
そして――。
「ほっほっほ。愉快じゃ愉快じゃ。全て解き明かしてしまいおったわ」
ジャッジメント――椎名の化け狐は笑い声を上げた。
「では、どうしてわらわが国を作り、民に土地と魔法を与え、こうして世界を維持しつづけているのか――その理由も分かっておるな?」
その問いに、玖郎はその視線を鋭くした。
「古来より、妖怪の類は人を驚かせて来た。直接肉を喰らうこともあったが、実のところお前が欲しいものは、人の感情だ」
「その通りじゃ!」
狐の瞳が、どのような感情を表すものか、細く狭められた。
高みから、黒い鎧を身につけた人間を見下ろして――。
「世界を作り、国を作り、民を生かして、その上で――苦しみを作り、喜びを作り、それを取り上げ、絶望を生み出す。魔法を与え、それで争わせ、果てなき地獄を同時に作る。歪んだ政治も、腐った貴族も、悲しみに暮れる哀れな民も――全てこのわらわの楽しみ、わらわの糧、わらわの愉しみよ。当然、あの王位継承試験も、退屈しのぎの遊びじゃよ。ほっほっほ……」
耳障りな哄笑が響いた。
それを無造作に見上げながら、玖郎は決して怯まない。
「お前と宣教師との間に、どんな契約があったのかは知らないが――」
狐の笑い声が止まった。
「それが、僕と瑠璃の約束に立ち塞がるならば、容赦はしない」
玖郎はそう宣言した。
それでも彼は、次の一言を付け加えた。
「敗北を認めろ。この世界を終わりにするんだ」
その言葉に、椎名の化け狐は視線に気迫を込めた。
「そこで開戦の合図ではなく、降伏勧告とは――ほんに、あの時命を助けたのは間違いじゃ――本当にあの男に似ておる。異国から自分の神を広めるため――自分の技を残すために来たあの男に。その挑みかかる目、意思の強さ、ゆずれない願いがあるくせに、最後の最後で甘いところも、全部じゃ。お前を見ていると、ほんに落ち着かなくなるわ」
そして。
「答えは、否じゃ――!」
その叫びは、嵐と雷鳴を呼び、溶岩を吹き出すように、玖郎へと吹き付けた。
「わらわはこの世界そのもの。世界全てを敵にして、勝利できる算段でもあるのかえ?」
言葉と同時に放たれた、世界を滅ぼすような稲妻を――玖郎は左手を上げただけでかき消してしまった。
まるで、あの王位継承試験の日々に、彼が〈保護魔法〉を使って消滅させたかのような――。
「――!」
巨大な狐が虚を突かれた時間を使って、茜達が玖郎と瑠璃の側に集まって来る。
「今のは何? ここ、地球世界じゃないんだけど」
「この鎧の左手部分に可搬型の〈保護魔法〉を仕込んである。発動条件、距離、方位、強度などについては微調整が可能だ。操作は僕の脳波と連動している」
向日葵の疑問に、玖郎はさらりと応えた。
「魔法技術と魔方陣技術は全て解析を完了している。電力/魔力の変換器も実用化したし、電力は超小型核融合炉で電池切れ知らずだ。その全てが、この鎧に入っている。例えば、右腕部分は魔法のベクトルを逆転させて打ち返す〈反射魔法〉、背中の大剣には〈阻害魔法〉を改良した妨害魔法――〈拒絶魔法〉が入っている。全力展開でこの世界の存在自体を吹き飛ばせる」
玖郎が語るあまりの規模に、常盤は天を仰いだ。
「あんた、簡単に言うけど、どれほどの人員とコストがかかると思ってるのよ。まさか全部一人でやったなんて言わないでしょうね?」
そう言われても驚かない心の準備をして、常盤はそう言った。
「まさか。必要な人員とコストを投入したに決まっている」
「それにしても――瑠璃のためとは言え、一体どれだけの準備をして来たんだ?」
ようやく自分の足で立つようになった珊瑚も、疑問の声を上げた。
「この地平世界を全て破壊し、新しく作り直すほどの準備だ」
その答えは、間違いなく全員の想像を超えていた。
「は? それって――」
呆然とつぶやく茜に、玖郎は衝撃の事実を告げる。
「手始めに、地球世界は征服して来た。今、あちらは全部、僕の支配下だ」
「はぁ?」
叫ぶ茜にかまわず、玖郎は瑠璃の手を握って言った。
「A県があった場所を空けてある。そこに地平世界で生きている全員で移住して、新しいフラッタース国を作る。瑠璃、一緒に来てくれないか?」
「ぷぷっ、あっはっは――!」
瑠璃の返事の前に、堪え切れなくなったのか、茜が笑い出してしまった。
「何よ、そのめちゃくちゃな話。なんだか楽しくなってきちゃった。なんにせよ、ジャッ爺が狐で全ての黒幕だったなら、やっつけない訳にはいかないしね。よし! この世界を壊しても良いって言うんだから、私も全力で行くわよー!」
茜は、早速空中へと火を吹き出しながらやる気を見せている。
「向日葵は、私と一緒に後方待機だからな」
「はーい。グリちゃん達に頑張ってもらいまーす」
常盤に背中を押されながら、向日葵が明るく歩いて行く。
「――ということで、茜と俺は参戦だ。昔のように、好きに使って構わないぞ」
珊瑚も、日本刀を持った右腕をぐるぐる回して臨戦体勢に入りつつあった。
「この世界を作ったジャッ爺――椎名の化け狐を敵に回すということは、この世界そのものが相手ということです。玖郎が立つその足場すら敵だと考えて良い状況です。そんな状況で、すべての民を守りながら、勝利できますか?」
静かな瑠璃の問いに、玖郎は笑顔を見せた。
「地球世界征服の最後の七日間は、こんなものじゃなかった。なにしろ、武者小路財閥の残党と、真鍋道場の連合軍に加えて、母さんと朝美を敵に回して――世界七ヶ所で同時に、武力と情報と魔法が入り乱れての総力戦だったからな」
覚えのある名前が混じった、どうしても勝てそうにない敵の戦力を聞いて、瑠璃はめまいがする思いだった。
玖郎は、大した困難ではなかったと言わんばかりの軽い口調で、その戦いの結果をまとめた。
「――それでも、それを乗り越えて、ここにいる」
そうですか、と瑠璃は言った。
「先ほど、一緒に来てくれないか、と言いましたよね? その返事がまだでした」
瑠璃は、にっこりと微笑むと、その返事を言葉にする。
「――もちろんです。あなたとなら、どこへでも」
瑠璃が差し出した手を、玖郎は握り返した。
手をつなぎ、並び立ち、共に前を向く。
一歩を、踏み出す。
「返事がまだ、といえば――『勝てる算段があるのか』と言う疑問に対する返事がまだだったな」
玖郎は、最後の敵――世界そのものと言える存在である、椎名の化け狐を見据えて言った。
「――当然だ」
決然と。
「僕には願いがある」
自らの意思を言葉に込めた。
「時間をかけて準備を整え、自ら決断したタイミングで攻勢に出た。思考は既にあらゆる状況を想定し尽くした」
そして、宣言する。
「あらゆる条件を整えた。あとは、思考通りに実行するだけだ」
「――行くぞ、瑠璃」
「はい。玖郎――」
(『2番目の魔法少女[4](終)そして結末へ』――完)
(『2番目の魔法少女』――完)




