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2番目の魔法少女[4](終)そして結末へ  作者: 秋乃 透歌
最終章 そして結末へ

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10

 自ら〈闇の魔法少女〉を名乗るクロミには、夏の出井浜海岸で初めて襲撃されて以来、いくつもの謎がありました。

 地平世界の魔法使いでありながら、王位継承試験を妨害する理由。

 複数の属性の魔法を操るカラクリ。

 本来の彼女の属性。

 そのほとんどが、玖郎の思考によって解明されてきました。

 残された謎の一つは――。

 クロミに対する狙い澄ました必殺の一撃が、必ず回避されてしまう、ということ。

 クロミは、本来の属性である『雷』を使い、衣装として身につけた金属のアクセサリーを磁力で動かすことによって、音も反動も予備動作もない移動を実現します。違和感を覚えるほどに不自然な――まるで魔法のような移動です。

 当初は、その移動によって、目を疑うような回避が実現されるのだと考えていました。

 しかし、それだけでは納得できない場面がいくつもあったのです。

 あの玖郎でさえ、十分に接近してから放ったデコピンを当てそこねたことがありました。

 先程の茜の火球もそうです。間違いなく着弾したように見えました。移動による回避が間に合ったとは思えません。その違和感は、〈保護魔法〉(プロテクト)による魔法消滅を連想させるほどです。しかし、クロミは魔法を使う地平世界の人間で、〈保護魔法〉(プロテクト)には守られていないはずです。

 だとすれば――。

 そこにはカラクリがあるはずです。

「あなたが止まれないというなら、私があなたを止めて見せます」

 私のその言葉に――。

「やって見せろ――!」

 クロミが叫び、地を蹴って飛び掛かって来ます。

「――」

 私は、魔法に集中します。

 先程クロミが召喚した大量の水は、私の魔法で消滅したかのように見せていますが、当然この空間に存在しています。

 それが雷の扉の向こうから取り出されたものであれ、実際に水が存在するのであれば、その質量も、エネルギーも、確かにそこに存在するのです。たとえ魔法を使ったとしても、簡単に消えたりはしないのです。

 私が使った魔法は、その大量の水を目に見えないほどの小さな粒に細かく分解した後、勝手にくっついて霧になったりしないように、整然と空間に展開し――並べた状態を維持するというものでした。

 激流に押し流される珊瑚くんを助けるための魔法。

 それには、思わぬ副次的な効果がありました。

 空間に並べた水に意識を集中させることで――水が押しのけられている空間が分かります。逆に言えば、その空間に存在する全ての物体の輪郭が、手に取るように分かるのです。

 まるで、電波の反射で距離や方向を把握するレーダーか、音波を使って水中や水底の状態を知るソナーのように。

 もし、この瞬間に視力を失うことがあっても、色彩の情報が抜け落ちることを除いて、困ることなく行動できるでしょう。シーナタワー五階の床面と手すり、コンクリートの小屋、天を目指すアンテナ――身構える茜、倒れたままの珊瑚くん、もちろん私自身――そして、攻撃体勢のクロミ――その全てが認識できます。

 だからこそ、気付くことができたのです。

 クロミの謎――その不自然な回避のカラクリに。

 視覚が教えるクロミの位置と、魔法が伝えるクロミの位置とが、ずれているという事実に。

〈操作〉(オペレート)

 私は、魔法を唱えました。

 水の弾丸が何もない空中を打ち抜いた――と見えたでしょう。

 意味も脈絡もないように見える私の魔法。

 その実態はこうです。

 魔法のレーダーが捉えた、クロミが『本当に』存在している位置を、打ち抜いた。

 その結果として、疾走していたクロミが額を打ち抜かれたようにのけぞり――倒れる動作の途中で薄れて消えました。同時に、私が水の弾丸を放った位置に、別の姿が現れたのです。

「あなたは魔法で、自分の位置と、自分の姿が見える位置をずらしていたんですね」

 私の言葉に応える訳でもなく、彼女はゆらりと身体を起こし、立ち上がりました。

 それはクロミよりも年長の――常盤さん達よりも年上に見える女性の姿でした。

 黒い革と金属のアクセサリーで構成された、クロミが身につけていたものと同じ、黒い魔法少女の衣装。

「さらに――あなたは位置だけではなく、その姿も変えていた」

 私の魔法は、クロミの回避魔法を打ち破るものでした。

 それと同時に、クロミに残された最後の謎に至るものとなったのです。

 クロミの最後の謎。

 それは――クロミの正体です。

「そして、その仮面こそが――魔法を実現する〈魔方陣〉だったのです」

 彼女が押さえていた仮面から手を離すと――。

 額から鼻筋へと、一筋の赤い血が流れて。

 仮面が二つに割れて、落ちました。

「っ――!」

 茜が、息を呑みました。

 それは、声にならない悲鳴でした。

 現れたクロミの顔は――。



「香苗さん……」



 呆然とつぶやく、茜の声。

 そうです。

 それは、私達の良く知る人物――天童香苗さんのものでした。

「あなたが、クロミだったのですね」

 私の確認に。

「そうよ」

 短く、クロミが――香苗さんが応えました。

「え? どうして……なんで……香苗さんが、クロミ? そんな……」

 茜の声は、ショックを隠しきれないものでした。

 信じられない――信じたくないという響きが、隠れもせず声に現れています。

「一緒に遊びに行ったよね。お店でお買い物もしたし、香苗さんのバイト先で何度もサービスしてくれて。クレープとか、ハンバーガーとか、かき氷も、おだんごも、鯛焼きも。……親切にしてもらったことも数えきれないのに……楽しい思い出もいっぱいあるのに」

 茜は、言いながら、ふらふらと身体を揺らしました。

 膝をつかずに立っているのがやっとという様子です。

「瑠璃ちゃんは、驚かないんだね?」

 その声は、言葉遣いは、私が大好きな香苗さんのものでした。

 彼女の質問に、私は首を横に振りました。

「そうでなければ良いと、思っていました」

 玖郎と別行動をとったあの日――クロミに『救われたことがある』と言われた時、私は、彼女が『あの女の子』ではないかと思いました。地平世界の貧民街で出会った――私が助けることができなかった、『彼女』ではないか、と。

 クロミの姿であれば、年格好も丁度同じくらいでした。彼女の身の上を想像すれば、革命を志す人達の仲間になっても不思議はありません。他にも納得できることがいくつもあります。

 それで、真実を得たつもりになっていました。

 しかし、その考えは、私の希望を反映した身勝手なものでした。

 もしも彼女が生きていてくれたなら、あの出会いで救われたと思ってくれたのなら――そうであれば、どれだけ良いか――そんな勝手な考えでした。

 クロミを助けたいという考えを持ち続けているのも、そんな勝手な思いがあったからかもしれません。

 しかし、願望による思考は、真実にはならなかった。

 間違っていたと思えたのは、つい先程、クロミ本人から『救われた』内容を聞いたからでした。

 そうであるなら、クロミは『彼女』ではない。

 その瞬間に連想が働き、玖郎の顔が浮かびました。

 玖郎は、クロミの正体を知りながら、誰かを教えてはくれませんでした。彼が教えてくれたのは、クロミ本人から口止めされているという事実。つまり、その口止めを、玖郎が守ろうとする相手だと言うこと。

 条件に合う人物の顔が浮かびました。金谷(かなや)薫子(かおるこ)先生、意外なところでは琴子さん、そして――香苗さん。

「私の正体、小泉くんから聞いてた?」

 少し寂しそうな顔で、香苗さんはそう聞きました。

「いいえ。玖郎は、絶対に教えてくれませんでした。香苗さん――」 

 香苗さんは、深く息をつくと、天を仰ぎ見ました。

 夜の闇につつまれた上空に、何を見たのか――。

「違うよ、瑠璃ちゃん。いや、水のお姫様」

 彼女は――。

「クロミが本名よ。大嫌いな私の本当の名前。天童香苗の方が偽名なの。天を動かすような願いを叶える、そんな適当な意味で名付けた、偽の名前よ」

 やはりそうなのだ。

 だとすれば――。

 私は確認せずにはいられません。

「春に、クレープ屋さんで玖郎に紹介された時――近所に住んでいる高校生だと言っていました。その情報を、玖郎は疑ってもいませんでした。なぜなら、玖郎が今より小さい頃から、本当に近所に住んでいたからです。――あなたは、何年前から、この世界に潜伏していたんですか?」

「――そんなの、忘れちゃったわ」

 クロミの答えは、重みを感じさせるものでした。

 そんなやり方で実現しなければいけない革命など、間違っています。

 クロミは、一体どれほどの思いで、その長い時間をこの世界で過ごしたのか。どれだけの覚悟を持って、私達の前に立っているのか。

 それは、想像することができないほどの――。

「クロミ、もう止まって下さい。仮面を失った今、私達の攻撃はあなたに当たってしまいます」

 私は、無駄だと思い知らされることを承知で、再度言いました。

「あなたが、止めてくれるんでしょ?」

 彼女の応えが意味するところは、またしても否でした。

 クロミが『彼女』でなかったとしても、香苗さんだったとしても、助けたいという思いは変わらないのに。

「私は止まれない。どうしても止まって欲しければ――」

 クロミがかざした右手に、紫電が爆ぜました。

「ここで死んでよ!」

 襲い来る雷光。

 一瞬にして迫る死の矛先を見ながら――。

 それでも。

 そう、それでも。

 私は――。

「――させないよ」

 私の行動よりも早く、茜の声と炎が、その電雷をはじき飛ばしていました。

「茜……」

「誰も殺させない」

 茜は、必死にその場に立ち、持てる全ての意思の力で、クロミに向けて顔を上げているようでした。

「もちろん、私の命もあげられない」

 決然と発せられる茜の決意。

「それでも――小泉くんにも言われたし、クロミのおかげで痛いほど思い知ることができた」

 茜の言葉は、彼女の決意とともに、大気を振るわせ、響きました。

「だからこそ私は――私の世界をこのままにして、女王にならずに死ぬことなんてできない!」

 叫びとともに、茜から炎が発生した。

 感情の発露とともに放出される、彼女の激情のかけらです。

「お前にできるものか!」

 対するクロミも、周囲に稲光を放ち、雷鳴を轟かせました。

「あの世界を!」

 雷の龍が荒れ狂い――。

「あの地獄を!」

 凶悪な牙を向いて、茜に食いかかる。

「良くすることなど、できるものか!」

 その雷撃が茜の肌に触れる寸前に、吹き上がる炎に掻き消されました。

「できる。――私がやる!」

 熱が壁となって押し寄せるようでした。

 茜の意志が、その無尽蔵の魔力に宿り、燃焼を加速させているかのようでした。

「あの子達は、死なせない!」

 対して、クロミの意志も、周囲の空間を全て電化させ、轟雷を呼んでいました。

「地平世界の全員が、笑うことができる世界を作る!」

 炎と。

「この命が燃え尽きようと、守って見せる!」

 雷が。

「――!」

「――っ!」

 二人の叫びすら掻き消す轟音を立てて――。

 衝突しました。



 激しすぎる音は、やがて無音に。

 強すぎる光は、やがて全てを白に。



 そうして、認識の限界を振り切った衝突を制して――。

 立っていたのは、茜でした。



 衣装のあちこちから煙を上げて。

 赤い髪の端を焦がしながら。

 肩で息をしながらも。

 茜は立って――勝っていました。

 一方のクロミは――。

 爆発に吹き飛ばされたのか、後方、設置された手すりに引っ掛かるようにして、倒れていました。

 駆け寄って確認しない限り、この位置からでは息があるかどうかも分かりません。

 シーナタワー五階の床には、茜とクロミの激突の激しさを示すように、二人が立っていた中心部分から放射状に、破壊の跡が見えました。魔法の加護があるのか、ターゲットジュエルの台座と、シーナタワーの構造自体は無事ですが――後は、見るも無残な状態です。

 そこに立つのは――。

 茜と、私だけです。

「瑠璃――」

 ゆっくりとこちらを向き、茜は私を呼びました。

 そうですね。

 どうやら、クロミへと駆け寄ることはできないようです。

「茜――」

 私は、名を呼び返しました。

 茜の視線を受け、足を踏み締めて立ちます。

「香苗さんに――クロミに勝った以上、私は絶対に王位を譲れない。だから、こうして、ここに立ってる」

 茜は、決然と言いました。

「でも、瑠璃もそうだよね? 譲れない願いがあって、ここにいる」

 続く茜の確認に、私は頷きます。

「茜の、先程の決意と覚悟は素晴らしいものだったと思います。これまでの王位継承試験であれば、女王の資質十分だと判断されたでしょう。でも、今回は違います。私の願いは、茜の願いより、ずっと先を見ています」

 私の隠さない敵意に、茜は苦笑しました。

 私は、茜から見せられたその余裕に、今すぐ魔法をぶつけたい衝動に駆られます。

 茜とクロミの決戦に介入せず、温存しておいた魔力と水だと言うのに。

 冷静にならなくてはいけません。

 目的を見失うな。

 思考を止めるな。

「一つだけ聞いてもいいですか?」

 どうしても確認しなくてはいけないことがありました。

「――玖郎は、どうしたのですか?」

 私の、その質問に――。

「私と珊瑚を足止めしようとしたから、脱落してもらったよ」

 茜は、そう答えたのでした。

 やはり――。

「お得意の関節技と〈保護魔法〉(プロテクト)で、同じ体格くらいの私達二人を押さえ込んじゃうんだもの、凄いよね。こちらの抵抗も全部封じられて、階段を上ってたから体力もないし、珊瑚も押さえ付けられて苦しそうだったし」

 だからね、と茜は続けました。

「小泉くんと〈契約〉(コントラクト)したの」

 ――。

 今、何を――。

「瑠璃には、この意味が分かるよね? 〈契約〉(コントラクト)は、〈保護魔法〉(プロテクト)を超えて、地球世界の人間に唯一影響を与えることができる魔法だよ。それを利用して、私の魔力を直接体の中に流し込んだの。もちろん不意打ちでね。さすがの小泉くんも倒れちゃった」

 茜の表現が、挑発だと分かっていても――。

「魔力が強すぎるせいかな。私の火の魔力が体内で暴れ回って、高熱が出ちゃうみたいなんだよね。火に耐性があるはずの珊瑚ですら、丸一日は起き上がれなかったからね。小泉くんなら、三日くらい? 寝込んじゃうかもね。寒い外階段の踊り場に置いて来たのは可哀相だけど、点検の人とかにきっと見つけてもらえるよ。大丈夫」

 私は――。

「ジャッ爺にも怒られちゃった。珊瑚を〈騎士〉(ナイト)にしているのに、他の者と〈契約〉(コントラクト)をするとは何事か、って。ルールはちゃんと守りなさい、って。もっと慎みを持ちなさい、って」

 ――。

 それだけは――。

「瑠璃、泣いているわ」

 茜の一言で、踏み止まれました。

 怒りに我を忘れ、無意味な攻撃を仕掛ける一歩手前でした。

「……」

 言われて頬を拭うと、確かに涙が流れているようでした。

 その涙がどうして流れたものなのか、私には分かりませんでした。

 悲しいのか、悔しいのか、怒ったのか、絶望したのか、ただ玖郎を想ったものなのか。あるいはその全てなのか。

 いずれにせよ――。

 ああ。

 今日の〈試練〉(トライアル)が終わるまでは、泣かないでいようと決めていたのに――。

 私は拳を握って涙をぬぐいました。

 その拳を、ぶん、と振り払います。

 涙の雫が、風に吹かれて舞いました。

 一瞬の後には、どこかへ飛び去ってしまいました。

「茜」

 私は、静かに彼女の名を呼びました。

 私達の目的に立ち塞がる最大の障害にして、私の親友。生まれた時から一緒で、大好きな女の子。

 現女王の娘であり、次の女王に最も近いと言われる〈女王候補〉(プリンセス)

 私とは比べものにならないほど強大な魔力を持ち、王位継承試験を通してその目的も、意志も、思考も、磨かれ研ぎ澄まされて、正に女王に相応しい者へと成長した〈女王候補〉(プリンセス)

 私は、彼女に――。

「茜――決着を付けましょう」

 勝ちたい。

 私は、全身全霊を持って、宣言しました。



「私が勝って、女王になります。茜、あなたが二番目の〈魔法少女〉(プリンセス)になって下さい」



「その言葉、そっくりそのまま返すよ。瑠璃」



「――〈生成〉(クリエイト)!っ」「――〈操作〉(オペレート)!」

 二人の叫びは同時でした。

 刹那の後に衝突する炎と水。

 茜の魔力により無尽蔵に生成される業火。

 クロミが召喚した水の全てをぶつける激流。

 拮抗する間もなく、優劣が傾きます。

 茜の炎の前に、水が一瞬で蒸散し、減らされてしまいます。

 私は、右手だけで放出を始めた魔力を、すぐに両手で支えなくてはいけなくなりました。

 ――思考を止めるな。

〈操作〉(オペレート)っ!」

 ぶつける水流を操作します。

 表面の水と奥の水を高速で循環させ、温度上昇を可能な限りおさえます。同時に水流全体をドリル型に形成し、炎の勢いを周囲に拡散させます。水流に回転を与え、文字通りドリルを回します。

 瞬時の工夫で、水と火の勢いが拮抗しました。

 両手で空中に掴みかかるように、前へ、前へと両手を押し出します。

「あああっ!」

 気合いの声とともに、一歩を踏みだしました。

 確実に一歩分、茜へと迫りました。

 茜が魔力を増したのか、圧力が倍加します。

 ひるまず水流を加速、ドリルの先端を鋭角に調整し、突破力を上げます。

 そして、もう一歩。

 茜の炎が、さらに激しさを増しました。先程の増加が手加減をしたものであったと言わんばかりに、一瞬で水流内の温度が上がります。

 まだこんなに余力があるなんて。

 それでも、一歩。

「あああっ!」

 叫びとともに、一歩。

 玖郎が教えてくれたこと。

 一歩。

 彼との思い出。

 一歩。

 大切な時間。

 一歩。

 私の願い。

 一歩。

 約束。

 あと、もう少し――。

「おおおおっ!」

 茜の叫びが聞こえました。

 瞬間、魔法を支える全身に、これまでとは比較にならないほどの重圧がかかります。

 踏み止まれ――。

 右足から力が抜け、膝をついてしまいました。

「まだですっ!」

 再度立ち上がり、魔法を込めようとして――。

 水のほとんどが蒸発して消えてしまっていることに気付きました。

 激流のはずの螺旋は薄くなり、その向こうに炎が透けて見えるほど。

 ――思考を止めるな。

「まだっ! 〈操作〉(オペレート)おおおぉぉっ!」

 水は蒸発してしまいました。

 しかし、消滅した訳ではありません。

 クロミとの戦いで気付いたのです。

 水は、形を変えただけで、まだそこにある。

 ならば――。

 私は、操作できる。

「――っ!」

 思考が焼き切れそうな集中。

 茜の炎が散らした水の、その急激な挙動をとらえ、把握し、全てを操作し、再び水流に戻す。戻す。戻す。戻す。何度でも、何度散らされようと、何度蒸発させられようと。

 水蒸気から水へのリサイクル。

 無限ループの攻撃。

 激流を、激流のまま、操作しつづける。

「ああああっ!」

 圧力が軽くなりました。

 一歩、二歩、三歩と前に進みます。

 水蒸気から水へのリサイクルが可能なら、茜の炎から叩き付けられた熱を全て空気中に放熱して置いてくることもできます。

 ただ吹き出すだけの炎など――恐れるに足りません!

 もはや、勢いは完全にこちらにあります。

 炎を散らし、水を操り、あと少しで、茜に――。

〈生成〉(クリエイト)おおぉぉっ!」

「遅くなった――〈操作〉(オペレート)っ!」

 茜の声に、珊瑚くんの声が重なって聞こえました。

 彼が目を覚まして、茜の危機に駆けつけたのだとしたら――。

「――っ!」

 瞬時に激増する炎の圧力。

 これが――二人が力を合わせた攻撃。

 私の足が、床を踏み締めたまま後方へとひきずられます。

 どれだけ体重をかけても、押し負けてしまいます。

 ただ放出するだけの茜の炎が、珊瑚くんの〈操作〉(オペレート)で収束した。

 たったそれだけのことで――。

 その協力で、私の優勢も、わずかな拮抗も、崩されてしまう。

 茜の炎は、無駄に放出されていた熱を螺旋上に巻き込み、私の水流と同じように一点にその熱量を集中させはじめているのです。

 ならば、私も。

〈操作〉(オペレート)おおぉぉっ――!」

 後方へと引きずられながらも、水流へとさらに魔力を編み込みます。

 より鋭く。

 より速く。

 ようやく止まった両足から、意地を持って一歩踏み出します。

 水と炎の螺旋の動きは鋭く研ぎ澄まされ、円柱のビームがぶつかり合う様相になりました。

 水は激流を一点に集中させ、運び、削り、衝撃を蓄積します。

 その一方で炎は激しく、触れる先から熱量で水を断ち切り、空中へと散らし続けます。

 私は、気体となって飛び去ってしまう水分子を操り、再び激流へと戻して送り出します。

 決して減らない、無限の流れ。

 やがてはあらゆるものを穿ち、削り、運び去る攻撃。

 それでも――。

 茜の炎は、彼女の魔力とともに、気迫とともに、声とともに、何度も、何度でもその量を増やし続けます。

 変わらぬ量のまま叩き付ける水。

 瞬く間に量を増やし、加燃する炎。

 それがぶつかり続ければ――。

 勝敗の行方は明確。

 だから――。

 私は――。

「――玖郎」

 呼んだはずの彼の名は、ぶつかりあう魔法同士の轟音に掻き消されて、私の耳にさえ届きませんでした。

 地球世界で、私が頼った人。

 〈騎士〉(ナイト)になって欲しいという願いに、私自身を差し出す覚悟を求めた人。

 契約と約束は、彼を私の協力者にしました。

 それでも、彼は最後まで〈騎士〉(ナイト)にはならなかった。

 その思考で先を見通し、地球世界の協力者として、私を守って――助けて――支えて――隣に、共に立ってくれた人。

 彼は――。

 今、この場にはいない。

 駆けつけてもくれない。

 だから――。

 私は――。

「――」

 玖郎は、〈騎士〉(ナイト)にならない理由は三つだと言っていました。

 一つは、〈保護魔法〉(プロテクト)を利用することで、王位継承試験を有利に戦い抜くため。

 一つは、地球世界の人間が悪意と害意を持って立ち塞がった時、これに対抗するため。

 そして、最後の一つは――。

 ああ。

 玖郎――。

 あなたは、このメリットが発揮されない方が良いと言っていましたね。個人的な希望だけど、と。

 だから――。

 答え合わせはできませんでしたけど。

 これで、良いんですよね――?

 きっと、これが、正解です。

 ――私は、魔法を唱えました。

〈開門〉(オープンゲート)!」

 茜との攻防を維持しながら。

 水の扉を、魔法で開きます。

「水の〈女王候補〉(プリンセス)、清水・セルリアン・瑠璃の名において命じる。我が召喚に応じよ。――来て下さい」



 最後の理由。

 それは――。

 玖郎と〈契約〉(コントラクト)しなければ、別の誰かと〈契約〉(コントラクト)できる。



「私の〈騎士〉(ナイト)、霧島朝美――!」



「瑠璃! ――〈盾〉(シールド)!」

 水の扉の向こうから現れた朝美は、事前の打ち合わせ通り、全力で〈盾〉(シールド)を唱えました。

〈操作〉(オペレート)っ!」

 朝美が生み出す水は、全て余さず、私の激流へと加勢させます。



 あの日、全てを打ち明けた私は、話を聞いてくれた朝美と〈契約〉(コントラクト)をしたのです。

 王位継承試験も終盤であり、私達は相談をして、朝美の存在自体を切り札として使うことを決めました。

 水の〈騎士〉(ナイト)の存在を秘密にして。

 玖郎にも伝えませんでした。

 一緒に〈仕事〉(タスク)をすることもなく、朝美には、ただひたすら〈盾〉(シールド)の練習をしてもらいました。

 イメージと、魔力の使い方。

 その目的は――。

 防御ではなく――。

 大量の水を、私の代わりに生成すること。

「はああああああっ!」

 私が操る激流は、一瞬で、朝美の炎と拮抗する勢いになりました。

「――っ! 〈生成〉(クリエイト)おおぉぉっ!」

〈操作〉(オペレート)! おおおおっ!」

 水の渦と、炎の渦。

 その向こうで、茜と珊瑚くんが、気迫の声を上げています。

 炎は一瞬で猛り狂い、水の魔法を食い破ろうとして――。

〈盾〉(シールド)おおっ!」

〈生成〉(クリエイト)おおおぉぉぉっ!」

 朝美の気迫に後押しされ、私も叫びます。

 さらに一歩、前へ。

 水流は茜達の気迫に一度は押し返され――次の瞬間、その流量を果てしなく増加させ、収束し、渦となって炎を押し返し、突き通して――。

 炎を全て掻き消して。

 茜と珊瑚くんに到達し――。

 二人を、はじき飛ばしました。



 決着です。

 ついに、茜に――勝利しました!


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