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ごはんですよ、魔王さま  作者: 雲鈍
little things
6/11

夏だぜ魔王さ……ま? 新婚編

 どん、どん、と外から祭りの太鼓の音が聞こえてくる。……が、俺は布団の中から動けないでいた。風邪をひいてしまったらしい。頭はぼうっとして動かないし、目をとじるとくらくらする。こんな時回復魔法で治るはずだったのだがーー、レイラは俺に魔法をかけずに会社に行った。曰く「あまり魔法に頼ると、体の免疫が弱っていくから」らしい。この世界にきてずいぶんと難しい言葉を使うようになった。

 とにかく、何かを食わねばなるまい。俺の居た世界では病人にはシカの生き血が良薬とされていた。この世界にシカは――居るにはいるが、射止めるのは簡単ではない。しかたなく俺はスーパーで買ってきた豚肉を口に含み、そのまま寝ることにした。



 耐え難い苦痛で俺は目を覚ます。

 腹痛?

 いや……。


 俺はそのままトイレに駆け込み、内容物をすべてぶちまけた。

 ああ、そうか。もはや俺にはものを消化する力さえ残っていないらしい。

 このまま、死ぬのだ。

 こんな状態になっては治癒魔法も効果がない。

 ……だからレイラも何もしてくれなかった――否、何もできなかったのだ。


 俺の中にどんどん悲壮な考えが浮かんでくる。まだ若くして死ぬ。子供にも会えずに、こんな部屋の便所の中で。第一発見者は妻である。彼女は夕食のない部屋を見て不審に思い、トイレを覗き込んで絶叫するだろう。俺の心の中で謝る。すまなかった。だが、こっちに来てからの暮らしも悪いものじゃなかった。便所で憤死というかっこのつかない最期だが、許してくれ――。

 そして俺の意識は闇に包まれた。



 俺が目を覚ますと。

 女神が俺の前に立っていた――。


 と思ったが、女神ではない。見知ったレイラの顔だった。

 俺の額に手を当てている。冷たくて気持ちがいい。

「ど、どうして……」

 仕事は?

 という俺の質問に、レイラは苦笑して。

「早退してきたよ。部長に「旦那が倒れた」と言ったら、目を白黒させて、早退させてくれたよ。「結婚してたのかね!」ってさ。そういえば言ってなかったかもな」

 そして俺を見つめる目線は穏やかだ。

「……すまない。俺は死ぬかもしれない」

「気弱になるな。腹が減ってるだけだ。

 帰りがてら食べれそうなものを買ってきたから、好きなのを口にしろ」

 ごそごそと、袋から乳酸飲料や――ゼリーなど柔らかいものを勧められる。

 俺はこのまま起き上がれないのだろうが、

 レイラの顔をつぶすわけにもいかない。

 とりあえずそのうちの1つを口にする。

「あ、そのプリンは私が食べようと思って買ったやつだから。

 残してくれ」

 そりゃないぜ魔王さま。

 ま、文句は言えないけどさ。

「なんだ、その目は」

「……いえ。ありがとうございます」

「そうだ、ありがたいだろ。こ、恋人っぽいだろ!」

 そんなことを顔を赤くしながら言うもんだから。

 こんな時でなければ俺はすぐさまーー。


「そういえば、レイラって治癒魔法使えませんでしたっけ」

「ん? 使えるよ」

「使ってください」

「ヤだ」

「いやって、あなた……」

 けれど俺の不満などどこふく風。彼女は涼しい顔でこちらを見ている。

「したい。看病」

「……」

「したいんだ」

「……」

「看病! 頼むよ!」

「分かりましたよ!」

 三回も言わなくてもいいだろう、と俺は思ったが。それはこれ、彼女なりの真剣さなのだろう。目まいがするし苦しいし、吐き気がひどいし節々も痛いし、正直勘弁して欲しいと思ったが、目をキラキラさせてる自分の彼女(魔王さま)には何も言えないし、仕方ないと諦めてる俺も居る。いいよ、別にヘタれと言われたって。……いいよ、別に。

 俺の返答に満足したのか、彼女は意気揚々と台所へと向かう。「看病と言えば、料理だな!」と意識の狭間から彼女の声。簡素な部屋着に着替え、薄青色のエプロンの姿を眺めながら、思う俺。「あれ? あいつがエプロンしてるの初めてじゃない?」。



 獣。

 そう、例えるなら獣だった。欲望をむき出しにして、理性で自分の力を抑えることもしないで。「わがまま」を全面に押し出して。その「わがまま」で全てを押し通して、並み居る「魔物」を押しのけて、彼女は「王」になったのだった。

 赤(血)と紅(魔力)と朱(髪の色)。

 彼女を主張するそのカラーリングでもって、右手に持つ「獲物」をズタズタに染め上げて。

 笑顔というにはあまりにも攻撃的で。

 恐喝というにはあまりにも魅力的すぎるその顔で。


「さ、ごはんだよ」と俺に、内蔵をむき出しになった魔王ザメの刺身を――。





「ごはんだぞ」


 レイラの声で、目が覚める。

 西日が差し込む室内。外からバタバタと子供の走る音。遅れて聞こえる笑い声。柔らかい風がカーテンを揺らし、その先に居る魔王さま。いつもと変わらない日常。魔王さまが居る俺の部屋。黄昏色にそまった彼女は、柔和に笑ってみせた。

「ん? どした。怖い夢でも見たか?」

「夢、そう、夢ですね……」

 とても言えない。

 目の前にいる自分の彼女が、「血まみれだけどとてもおいしそうに見えない魔界産のナニカ」を笑顔で持ってきた夢を見た、などと。

 だから俺は咳をするフリをしてごまかした。

「風邪を引くと人間は内蔵が弱るらしいからな。

 消化にいいものだって、後輩が言ってたぞ。

 だからお粥なるものに挑戦してみた」

 俺は涙を流すほど、その後輩に感謝した。

「ありがとうございます」

「なに、元気になったらまたごはん作ってくれ」

「元気じゃなくたって作りますよ」

「それじゃ私のために、元気になってくれ」

 この子は。

 ……また臆面もなく、そういうことをいう。

 風邪じゃなかったら――。

「いただきます」

 俺が皿を受け取ろうと手を伸ばすと。

 ……なぜか伸ばした右手は宙を切る。彼女は頭上に、俺の手の届かない場所まで器を上げて見せて、しかめつらしい顔でこちらを見ていた。

「したい」

「イヤです、恥ずかしい」

「看病がしたい!」

 このくだり、二回目だな。


 仕方なしに俺は口をあけて「あーん」と彼女がお粥を運ぶのを待っている。まるで親鳥から餌を待つ雛鳥のように。相手に全幅の信頼を寄せて、無防備に口をあけて。



「そうそう、コメだけだと栄養が少ないと思ったからスーパーで売ってたサメを入れてみた! お前も魚は好物だったよな!」



 俺の期待はずたずたに裏切られ。

 夢だけど夢じゃなかった、というお話。




 蛇足。

 魔界サメというのは魔界に生息し、水中ではなく待機中に漂うサメの一種で、肉食ではなく「魔素」なる微粒子を食べて生きている。魚というよりは精霊に近く、人間界に現れた時には神聖視されるほどだが、なにせ見た目がグロイ。目とか口とか牙とか背びれ尾びれ、「これでもか、これでもか、」とご存知の鮫を魔界らしくデフォルメしたような造形をしている。目玉は前に突き出て巨大、牙は顎をつきやぶるほど、おびれはところどころちぎれて無駄に不気味。そして非常に――美味「らしい」。俺は食ったことがない。というか、食欲がわかなかった。魔族には好んで食べるものもいるらしい。貴重なタンパク源だとレイラは主張していたが――。

 当時、レイラが鮫を捕食するシーンに出くわしたことはない。……ないから、俺の悪夢は完全に俺の偏見と妄想の塊であるが、あながち嘘であるとも否定できない。我が妻のことながら否定できないのが、悲しいところでもある。


「サメはダメ。サメはダメ。サメはダメ」


 夏布団を蹴飛ばし、肌着も乱れたレイラ。彼女の布団を整えてやりながら、俺は彼女の寝顔に「サメハダメ」の魔法をかけ続ける。うん、暗示も魔法も単純なほど効果が高い。もう二度と我が食卓にサメが乗ることはないだろう――そして、レイラが台所に立つことも。



 ……さ、ごはんですよ。

 早く起きてください魔王さま。



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