プロローグ
『───誰か、この通信を聞いているだろうか』
『誰かが、聞いていてくれる事を願って、私はこの通信を続けよう』
『あの病が蔓延してから、どれだけこの通信を繰り返しているかは、私には分からない』
『だが、この船に記録されている始まりを、送信し続ける事が役に立つ事を願っている』
『航海日誌:No.058』
『西暦2028年7月14日』
『明確な場所は記録されていないが、アジアの何処かであったとされる』
『人類は、突如発生した謎の病によって最初の犠牲者を出した』
『同年7月15日』
『全世界的に、謎の病が感染爆発を起こし、各国が対応に追われる事となる』
『メディアは様々な予想を書き立てるが、まともな内容の物は無かった』
『政府の陰謀論、大国の細菌兵器の漏洩、敵国による侵攻。 中には死者が蘇る、と言う物やエイリアンの攻撃である、などと言う荒唐無稽な物すら現れたのだ』
『同年7月16日』
『各国政府は、落ち着いて対処するよう布告を出すが、暴動が頻発。 対処に追われる事となる』
『医療機関、治安維持組織の対応容量を超える』
『謎の病による死者は6桁を超えた』
『………この頃、おかしな情報が溢れ出した』
『死者が………蘇ると言うのだ。 馬鹿馬鹿しい』
『同年7月18日』
『謎の病による死者は8桁を超えた』
『同時に、荒唐無稽が現実になった』
『謎の病に感染して死亡した人間の内、8割の人間が蘇ったと言うのだ』
『彼らは、心臓も停止し、呼吸もしない、体温も無い』
『バイタルサインが全く無い』
『だと言うのに、立って、歩き、物を喰らう』
『死者に、強制的に次の地獄を与えるこの病は、いつしかこう呼ばれる様になった───ネクスト、と』
『おお、神よ………この世の地獄が───』
『それとも、終末の時だとでも───』
『同年7月21日』
『各国が非常事態宣言や戒厳令を出している中、某核保有国が暴走』
『事態の原因は、先進国が開発した生物兵器であるとし、全世界の先進国主要都市に対して先制核攻撃を行ったのだ』
『大陸間弾道ミサイルによる核攻撃は、ほぼ失敗した』
『ほとんどのミサイルは、墜落、または迎撃されたが、ごく一部の………いや、正確には4発のミサイルが、同時に空中で炸裂した』
『アメリカ合衆国ペンシルベニア州ハリスバーグ市上空』
『ロシア連邦オリョール市上空』
『中華人民共和国石家庄市上空』
『ドーバー海峡上空』
『中華人民共和国はともかく、それ以外の3箇所に同時に届く攻撃能力を持っていない筈の某国だったが、事実その4箇所で同時に強烈な爆発を観測した』
『そして………一説では爆発一箇所につき1000kmにも及ぶ広大な範囲が、強烈な電磁パルスによって襲われた』
『結果、範囲内に存在する対抗策の施されていない電子機器は、全滅したと思われる』
『同年7月22日』
『主要都市との連絡が取れなくなった、各国の独立報復攻撃部隊が行動を開始した』
『仮想敵国に向けて、報復の核攻撃を行ったのだろう』
『空を破滅の使者が飛び交う光景が、様々な場所で見られた』
『が、少なくとも私が搭乗した船のセンサー、情報網によって確認出来る範囲では、地上で核の爆発による破壊は観測出来なかった』
『訳が分からない』
『確かにこの目で、飛び交う大量の大陸間弾道ミサイルを見たのだ』
『だが、それらは一発たりとも地上では爆発しなかった』
『爆発しなかったのだ───』
『何故───最初の4発の様に、世界各国の上空で───』
『同年7月30日』
『指令センターと連絡がつかなくなって、もう1週間だ』
『クルーの皆も、ストレスが限界に達している』
『幸いにも、食料や消耗品に関しては、補給船が来たばかりなので当分の間は大丈夫だ』
『だが………私も、いささか疲れている気がする』
『神よ………今が………審判の時なのでしょうか』
『同年8月4日』
『地上との連絡は、全くつかない』
『他国の電波も受信できず、夜の地上に光は見えない』
『宝石を散りばめた様な、あの景色は………もう2度と見る事は出来ないのかもしれない』
『○○○○、×××………どうか無事で居て欲しい』
『同年8月10日』
『食料は当分持つが、このままでは他のクルーの精神が持たない』
『使いたくは無かったが、〈冷凍睡眠〉装置を使わなくてはならないかもしれない』
『同年8月14日』
『クルーの半数である3人が、地上への帰還を強行に主張した』
『私と、他2名は状況の分からない地上に、下手に戻っても危険だと説得しようとしたのだが』
『彼らは聞き入れてくれなかった』
『どうすれば良い………』
『同年8月16日』
『迅速に準備を整えた彼らは、地上に向けて2機しかない往還船で出発すると言う』
『これ以上引き止めても、下手をすれば争いになる』
『私は彼らの要求を呑み、食料の一部と資材を提供した』
『ただ、私からも提案をしてみた』
『地上の情報をこちらに送信する事と、付き添いとして自立型人工知能を搭載したアンドロイドを連れて行くことだ』
『当初は渋ったが、役に立つという事を強調した私に、最後は彼らも了承してくれた』
『同年8月17日』
『地上に戻るクルーの出発を見送った』
『後は………定期連絡の際に起きる様にセットしたベッドに、私も横になろう』
『他の二人は、既にベッドで長い睡眠に入っている』
『………運命の日から、世界は大きく変わってしまったが………まだ希望は、存在する筈だ』
『地上へ向かう彼らの前途に、どうか希望があらん事を』
『そして、この通信を聞いている誰か』
『どうか、我々にあなた達が生きている事を伝えて欲しい』
『この青い世界で、最早生きているのが我々だけではないと、照明してくれる事を………切に願───』
『───誰か、この通信を聞いているだろうか───』