夕日の中の静寂者
高校生活といえば人生の中でも全盛期と言っていいほど夢、希望に満ち溢れていて、カラフルに彩られた毎日という概念が一般的かも知れないがその考えに当てはまらない人間が存在しても良いのではないかと俺こと三河蒼衣は思う。俺が入学した県立東星高校は「進学率がそこそこ高く、部活動も盛んな文武両道の学校」で知られている。校風も良いとのことで地元の中学生にとっては人気の高校だった。そんな人気のある高校に俺が入学しようと思ったのはそこが唯一自宅から徒歩で通学できる程近かったからだ。入学して特別やりたいことはも無く、自分の理想とする「静寂生活」が滞りなく送れればそれで良し。まあ、他人から見れば何も起こらない日々はつまらなく感じるだろうがな・・・
と、取り留めのない話を津上裕也は既に知っていると言わんばかりの嘲笑の表情で聞いていた。
「相変わらずだね、蒼衣は。だけど今の話を聞いて蒼衣が自分の主義を寂しく感じているっていう新たな発見をすることができたよ。」
「俺は自分の主義を寂しいと感じたことはない。」
夕日の光が差し込む教室には俺達二人しか人はいなく、窓が少し空いているからか外からは運動部の掛け声がよく聞こえてくる。
「そんな静寂生活主義者の蒼衣がどうしてすぐに帰らずに教室で寂しく読書に勤しんでいたんだい?」
裕也は体を少し前のめりにして質問を投げかけてくる。
「帰れるならとっくにそうしている。だが、上級生達の部活動勧誘がまるで戦場のように激化している。それが鎮静化するのを待つためにこうして時間を潰している。お前こそ入部を決めた部活があるなら行かなくていいのか?」
言っておくが俺は寂しく読書に勤しんでいた訳ではない。今日持ってきた小説はなかなか面白く、本に意識を集中していたら裕也が俺の教室に攻め込んできたのだ。
「今日は活動がない日なんだ。だからこうして静寂を好む蒼衣と語っているんじゃないか。」
「ただ邪魔しに来ただけの間違いじゃないか」
「まあそう言うなって、昔からの仲だろ」
裕也は小学校のときからずっと俺と同じ学校に属してきた。昔から暇なときは俺のとこに邪魔しに来て、たまに新しく得た知識の発表をしてくる。一言でこいつの性格をまとめるとお調子者だ。
「まあいい。そろそろ外も落ち着いた頃だろ、帰るか。」
「そうだね、ホームルーム終了から一時間だし、多分大丈夫だと思うよ。」
二人で帰り支度を始めようとしたとき、教壇近くの教室のスライド式開閉ドアがゆっくり開いた。
「あっ、三河君。よかった、まだ教室に残っている人がいて。」
教室に入ってきたのは男性で俺のクラスの担任教諭の新井だった。淵の黒い丸めの眼鏡をかけ、体は骨のラインが見えるほどとにかく細い。
また数学教諭なのに白衣をいつも身に纏っているので俺の中で印象に残っていた。
「何かご用ですか、先生」
俺は帰り支度をする手を止め、新井に用件を尋ねた。
「実はこれを第四職員室に持って行ってほしいんだけど、いいかな?」
新井は教卓に十冊ほどの小説の単行本を置いた。SF、ミステリー、恋愛物語・・・見る限りジャンルは様々だ。
「本当は僕が持って行くべきなんだけど、この後会議が入ってね。」
第四職員室は今いる教室から距離がある訳ではないない。それに年上の頼みというのは断り難い。
「分かりました。届けます。」
「ありがとう、助かるよ」
新井は安堵の表情を浮かべた。会議の時間が迫っていたため新井は少し急ぐようにして教室を後にした。
「残念だったね。帰る前に案件が入っちゃって。」
帰り支度を済ませた裕也が楽しそうな顔をしながらこっちに近づいてくる。
「人の厄介事を喜ぶな。」
外も確実に落ち着いた頃だろう。さっさと片付けて帰路に着くとしよう。
俺も帰り支度を済ませ、案件の小説を持って教室のドアを開けて廊下に一歩を踏み出した。