Episode:07
――夕飯、どうしよう。
僕と師匠の夕飯は、いつも隣の家が作ってくれる。師匠が言うには、なぜかここの領主が、そのお金を出してくれてるんだそうだ。
でもそれは当然二人分で、おばさんの分は入ってない。
そしてあのおばさんの勢いだと、夕飯が無いなんて許さないだろうから、きっと僕の食べる分が無くなる。
それは絶対にイヤだった。
大食らいの師匠のせいで、ただでさえ僕の夕食は少なくなりがちだ。
だからいつもお腹いっぱいなんて食べられなくて、朝ごはんの直前とか夕食の直前はフラフラしてるのに、全部とられたら絶対飢え死にする。
夕食ナシという最悪の事態を避けるために、僕はやむなくやり取りに口を挟んだ。それにもしかしたら、今思いついたすばらしい作戦が上手くいくかもしれない。
「あのですね、大事なことが」
「なによ」「なんじゃ」
二人から同時に答えが返ってくる。特に師匠の声はあからさまにホッとしてて、僕を後悔させた。
でも飢えをしのぐためには仕方が無い。父さんもよく、メシのためにはイヤなことも我慢してやるしかないんだ、って言ってたし。
ひとつ息を吸って、口を開く。
「おば……じゃない、イサさんにここに居てもらうのはいいですけど、師匠、食事どうします?」
師匠が眉根を寄せて思案顔になった。やっぱりおばさんの食事のこととか、まったく頭に無かったみたいだ。気づいてよかった。
「食事といわれても、何かあるじゃろう?」
「無いですよ。隣に頼んでるの、二人分じゃないですか」
そして僕は思いついた作戦を実行した。
「だから明日からはともかく、今日はどこかで食べたらどうでしょう?」
「むぅ」
師匠が顎に手を当てて考え込む。でも即効で却下されてないから、かなり勝算アリだ。今日はきっとご馳走だ。
ステップ踏みたくなるくらい嬉しい。
何しろ師匠ときたら、食べるものは量さえあればいいって人で、ここへ来てからご馳走なんて食べたこと無い。かなり味に難点があったけど、それでも特別な日にはご馳走を作ってた、実家のほうがまだマシだった。
それが今日、やっと――。
「だったら隣の飯炊き女に、増えたと言えばいいかの。よく見たらまだ明るい時間じゃから、まだ間に合うじゃろ」
「え……」
師匠がそんなことに気づくなんて予想外だ。というか時間なんて気にしたこと無いのに、今日に限って気にするなんてヒド過ぎる。
しかもそこへ、おばさんまで口を出してきた。
「何よ、隣に頼んでるなら大変じゃない。すぐ言わないと向こうだって困るわ」
「いや、ですから……」
せっかく今日はご馳走が食べられると思ったのに、なんか話の方向が違いすぎる。
「イヤも何も、すぐ頼んでらっしゃい! 急に作る量が増えるのって、ほんっと困るんだから。ほら急いで急いで!」
「スタニフ、この人の言うとおりじゃ。とっとと行ってこんか」
二人に言われて、僕は泣く泣く立ち上がった。
いつも夕食を頼んでる隣の家は、幸い快く引き受けてくれた。あのおばさんの言うとおり、早めに言ったのが良かったらしい。
「作り始めてからだったら、どうにもならなかったよ」とは、隣のズデンカさん――召喚されたイサさんに負けず劣らずおばさんだ――の言葉だ。
ともかく僕は今日のところは、夕食ナシという最悪の事態を避けることができた。それだけは素晴らしい。
――他が頭痛いけど。
おばさんが帰れるのは、少なくとも五十日は先だ。
ということはあのおばさんはその間、たぶんこの家に居ることになるんだろう。
そうなると僕はずっと、あのおばさんに振り回されるわけで……考えるだけでも憂鬱だ。
これで言ってることが分からなければ聞き流すこともできるけど、きっちり理解できて、聞き流せないのがまた辛いところだ。
師匠が言うには、魔法陣のある地下は他の世界と繋ぐ関係で、ある程度両方の世界が混ざり合うらしい。おばさんがこっちの言葉が分かるのも、そのせいだそうだ。
ただこれが曲者で、部屋を出ると言葉が通じなくなる。けどそうなると、てきめんにおばさんの機嫌が悪くなる。
これほど始末に負えないのは、部屋中にはびこって退治できなくなったカビくらいだろう。