Episode:05
「で、ここが仮に違う世界だとして。あたし帰れるの、帰れないの?!」
「そ、それは帰れる」
師匠が断言して、おばさんのトーンが下がる。下がらなくていいのに。
「なんだ、そうならそうと言ってよ」
「言う暇なかったじゃろうが……」
師匠が愚痴るけど、当然ながらおばさんは聞いてない。
「お茶なんか飲んでる場合じゃない、早く帰らなきゃ。ほらそこの二人、急いでよ」
おばさん、横柄なことこの上ない。向かうところ敵なし、って感じだ。
でも師匠は動かなかった。
「ちょっと、何してんのよ!」
「何と言われてもな。帰れるは帰れるが、今すぐというわけにはいかなくての」
言って師匠、ずずっとお茶を――なんでいつもの不味いのじゃなくて僕のお茶――をすする。
「じゃから少々お茶を飲んでも変わ――」
「いいかげんにしてっ!」
おばさんがついにキレた。
「あたしすぐ帰って、子供たちの夕食作んなきゃなのっ!
こんなとこで、ぐずぐずしてるヒマないんだから!」
子供たちの夕食ってとこが、現実味がありすぎる。
そしてあの散らばった食べ物らしきものは、今夜の材料だったんだなーと今更ながらに思った。
おばさんの降り注ぐ火矢みたいな言葉は、まだ続いてる。
「さぁ! とっとと立って!
じゃないと、どんどん帰るのが遅くなっちゃうじゃない!」
どうもこのおばさんには異世界へ来たっていうことも、その辺へ買い物に出たのと大差ないらしい。恐るべき肝っ玉の太さだ。
「あたしね、明日ヨジハン起きなの! 今から帰って急いで夕食作って食べさせて、少しでも早く寝ないと辛いんだから!」
ヨジハンっていうのがなんだか分からないけど、重大な事なんだろう。で、そのせいで帰るのを急いでるみたいだ。
一方の師匠は、相変わらずのんびりしてた。
「あんたねぇ!」
「まぁまぁ。いつこちらを発っても、戻る時間は同じじゃよ」
今度はおばさんが目を丸くする。
「どういうこと?」
「どういう、と言われても。なんというかの、あんたが来た同じ場所には、ほぼ同じ時間にしか繋がらんのじゃ」
初耳だ。というか師匠、そういう重大なことは、やる前に教えてください。
師匠の言葉が続く。
「この異世界に繋ぐ陣はの、最初はどこへ繋がるか分からんが、繋がってしまえば座標を取れる」
それは確か僕も前に聞いた。
なんでも「世界座標」とかいうものがあって、それが分かるとどの世界のどの位置のどの時間かっていうのが特定できるって言う。
それを師匠、さっきとっさに取ったんだろう。
というかきっとその作業中だと思ったから、僕もおばさんが師匠に、話しかけるのを止めたんだし。
おばさんの方は思案顔だ。
小首をかしげてるのが妙に可愛くて、なんか癪に障る。
「つまり……座標が分かってるから大丈夫ってこと?
でもじゃぁなんで、時間が過ぎないの?」
おばさん、案外鋭いかもしれない。
喜んだのは師匠だ。何しろ師匠、こういう鋭い質問が大好きだったりする。
「時間はな、繋ぎっぱなしだと過ぎるんじゃ」
「あぁじゃぁ、今は繋がってないんだ」
おばさん、なんでそんなあっさり理解するんですか。僕でさえ、理解するのに一週間はかかったのに。
師匠の方は満足げにうんうん頷いてる。
「さっき座標だけ取って一旦切ったからの、今度やった時に繋がるのは、そうじゃの……あんたが来た一瞬か二瞬か、ともかくそのくらいしか過ぎていないところじゃよ」
「そういうことね。驚かさないでよ」
誰も驚かしてなんてない……って言いたかったけど、言ったらヒドい目に遭いそうだから、言わずに言葉を飲み込んだ。
話の方は、僕に関係なく続いてく。
「で、今すぐ大慌てじゃなくていいとして、いつ帰れるわけ?」
「んー、五十日くらい後かの」
「何でそんなにかかるのよ」
間髪入れずのおばさんの抗議。
でもこの状況に慣れてきたらしい師匠――なんか悔しい――は飄々と答えた。